「せめて朗らかでありたい」
今日は一日夏日の予報。いつもの時間に起きてトレッドミルランニングを行う。2日間、都合で運動しなかった事があり、その休養効果で今朝はややハードな運動となる。時間54分、速度9.27kmh、距離8.34km、平均HR124bpm、消費カロリー417kcal.(グラフ)、
汗を流した後の朝食はいつもの定番メニュー。
さて、自分自身が高齢となり、診ている患者さんも高齢でフレイルであり、認知症検査にも乗らないような知的障害を合併する方が多い。そういった患者さんを相手にして、仕事は非効率。無論、自分の能力低下もあり期待通りに事が進まないことが多くなった。一方世の中は、フェイクにあふれ、自分の行為・行動に責任を取ろうとしない政治家が国を操ろうとしており、将来への危惧と同時にこういった状況が不愉快このうえなく感じる。そういったとき、先日の新聞記事に載った後藤雅文の「朝からロック:せめて朗らかでありたい」が眼を引いた(冒頭・引用記事は朝日新聞、2018/06/06)。自分の内的世界・周辺世界が共に気がつかないうちに少しずつ悪い方向へ変わってゆくように思えてしまう。それに慨嘆しても始まらないがこの記事を読んで、せめて自分自身もやはり“朗らかでありたい”と思うこととした次第である。
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