2013年3月29日金曜日

[IS-REC] 三瓶恵子著『人を見捨てない国、スウェーデン』で次世代の幸福を想う

ここ数年、少子高齢化による過疎地域拡大、医療に象徴される生活基盤崩壊が取り沙汰され、先進国・日本は足下から大きく揺らいでいる。そしてその日本に2年前の3.11、東日本大震災が襲って人心は一挙に明日をも知れない不安な時代となった
“減災”目的ながら、大規模災害を想定した日本沈没のCGが公共放送で頻繁に流され、今にも国土全体が沈みかねない恐怖と悪夢が多くの国民の脳裏に染み込んできている。
そしてつい先頃、国立社会保障・人口問題医研究所から公表された今後30年間の日本地域別将来推計人口のデータもその深刻さを改めて浮き彫りにした。


子や孫、次世代・次々世代に残す“しあわせ”な国を求めて

私自身も実際目の当たりにしてきた、“国民総幸福”を実践しているブータン。『ブータンしあわせ旅ノート』でも紹介したが、その国民の厚い信仰心、国王を慕う立憲君主制の国柄、輪廻転生を信じ、生あるものすべて大切にする国民性、・・・・これら国民の精神性はチベット系のブータン仏教をもとに、その歴史背景や地理的条件と深く関わっており、現在の日本やそのほかの先進国とは大きくかけ離れ、これはまさに別種のユートピアであろう。


福祉先進国、スウェーデンは“人を見捨てない国”

三瓶恵子さんの書かれた本書は岩波ジュニア新書に入った一冊。青少年向け図書としてつい先頃出版された。著者は日本から現地ウプサラ大学留学後、当地で結婚、1981年からスウェーデンに30年以上在住している。本書の「はじめに」では、スウェーデンが教育制度や家庭生活のスタートとなる結婚制度、そして社会に出てからの職業も「一発勝負の国ではない」ことを強調する。「就活」も「婚活」もない。まさに日本に住む我々には想像しがたい現実である。その後の各章では、こういった日本の現実とあまりに違うある種の理想郷がどう実現されているかをスウェーデンの普通家庭で生活する身近な若者達にインダビューする形で紹介している。
国民の高負担で成り立つ大きな政府によるセーフティーネット充実。その人を見捨てる事のない国のしくみを利用できる一員として、家庭の中にあっても、その青少年の早い時期から精神面と経済面での自立が教育されている。男女とも社会で働くのが当然で“専業主婦”のない国、結婚形態は多様であり、従って家族構成も様々。男女の結びつきはあくまで愛情第一で決まり、離婚しても児童福祉制度の充実で子育ての心配も少ない。こういった社会のあり方の結果として、女性の合計特殊出生率は1.9以上である。


どうやったら先進国スウェーデンのイイトコ取りができるか?

人口減少が急速で、世界一の超高齢化社会・日本。30年後の日本はこのままで推移すれば、間違いなくその4割以上が高齢者で、地域崩壊はどんどん進むだろう。近未来も今のままではインフレ・ターゲット、経済成長戦略という国民生活とは無縁な政治の方針でますます暮らしにくい現実が待ち構えている。贅沢な消費生活は誰も望んではいないはず。せめて、子や孫の世代、次世代・次々世代へ戦争のない、豊かな自然と原発災害のような人災ない日本をバトンタッチして行きたい。高福祉・高負担の国スウェーデンは国民の政治に対する関心は非常に高い。そして著者がインタービューした若者達の意見や国の年次報告書をみても国の現在の諸制度に対する満足度は高く、将来不安もずっと少ない。この本を読み終えて、日本人の我々もせめて次の世代のために、先進国にしてひとつのユートピアでもあるスウェーデンをもっと学び、そのイイトコ取りが出来るように、今こそ真剣に考える必要を強く感じた次第である。


2013年3月19日火曜日

[IS-REC] 近藤 誠著『医者に殺されない47の心得』・・もっともと思う所も多いが、読者の誤解も危惧

今朝も新聞広告に、“51万部突破“、”全国書店で続々第一位”などと本書を宣伝する記事が大きく掲載されている。

センセーショナルなタイトルで目を引くが、ほかの同業者の批判を多少なりともかわす意図があるのか、副題には、「医療と薬を遠ざけて、元気に、長生きする方法」と書かれている。

“47の心得”には、確かに頷けるものも多いが・・・・

第一章「どんな時に病院へ行くべきか」には、最近流行の“未病”をホンモノとしないための、「とりあえず病院へ」を「医者の“おいしい”お客様」として、受診そのものを戒めている。老化に伴って起こりえる様々な身体不調、病院に行けばたくさんの精密検査を受けさせられ、もっともらしい病名を付けられる。そしてたくさんの薬を処方されれば皆何となく満足し、納得して帰る。これがどこでも誰でもどんな病院でも受診できる皆保険制度下の日本というのである。生活習慣病のマーカーである、血圧・血糖・コレステロール、その異常値の決め方に問題あり、その治療はかえって副作用による様々な問題を引き起こす。ガンの早期発見も誤診多く、早期発見されても決してラッキーではない。著者の主張の背景には、一般の医者という“同業者不信”もある。しかし、それ以上に日本人一般にありがちな体の不調や病気を疑うと、“先ず病院へ”という医者や病院に対する過度の信頼、あるいは自分の体でありながら、医者や病院への過度のお任せ主義を戒めている。

生活習慣病罹病者の“三次予防”担当医として

第二章以後も、「患者よ、病気と闘うな」、「検診・治療の真っ赤なウソ」とけたたましいタイトルが続く。その後の元気に生きる「食」の心得、「暮らし」の心得には、従来の「食と暮らしの健康法」に照らして一見、相(あい)反することが書かれている。しかし、確かにいい加減なサプリが全く無効であることなど、著者の主張に賛成する点も多い。また特に最近、看護や介護で強調される、「手当て」(医療者のスキン・シップ、スキン・タッチ)の有効性は私自身も感じており、大いに賛成したい。しかし脂血異常や高血圧の降圧治療は一概に否定されるべきものではなく、また免疫力(病気に対する体の抵抗力や健康体力)を高めるさまざまな工夫をすべて一緒くたにして「医者のガン詐欺」としてしまうのはあまりに乱暴すぎる。本書が未病を防ぎ、病気や障害の悪化を防ぐ治療行為の必要性すべてを否定してしまう誤解を読者に与えかねないことを危惧する。特に脳卒中や心筋梗塞などに罹患した既往のある方は、血圧や体重のコントロール(肥満予防)、血糖・脂血異常のコントロールが再発や障害悪化の面から欠かせない。やはり何でも相談出来、信頼できる“かかりつけ医”を持つことも大切な長生きのコツと心得て欲しい。

[IS-REC] 太田成男著『体が若くなる技術』はわかりやすい一般向けの好著


瀬名秀明・阿部成男共著『ミトコンドリアのちから』(新潮文庫)は科学的読み物として内容濃い力作であった。しかしこの本を読みこなすにはある程度の基礎学力がないと、とても読み切れたものではない。それに比べ本書は、突っ込んだ説明が幾分不足に感じるところはあるものの、健康志向の一般大衆向けに良く書かれた一冊である。

 

“スキル・テクニック”ではなく“技術”

本書のエピローグで著者も断っている。残念ながら“体が若くなる”、あるいは“体を若くする”のに、決して誰でもどこでも簡単・容易に達成できるテクニックやスキルがある訳ではない。書籍タイトルというものは本屋で手に取ってみる者がこれは読んでみたいと食思がのびるタイトルとするのが出版社の常である。本書もそういった要望から付けられたものと想像する。しかし決して“看板に偽りあり”ではないようだ。著者は本書を“スキル・テクニック”ではなく“技術”書であると強調している。体を維持し新陳代謝を行う細胞生物学的単位、ミトコンドリアは好気的エネルギー代謝の場であり、不可避的に活性酸素(ラジカル)を発生させる。ラジカルは遺伝子を傷害して老化を進める第一の原因。我々の手に届く所にあるもっとも有効な“体を若くする”技術は、このラジカル対策なのだ。

“エネルギッシュに生きる”には

“体が若くなる”とは、基礎代謝・活動代謝が上がり、日常生活がエネルギッシュとなる状態である。ヒトの体のエネルギー産生機構とは基質である糖質や脂質を消費して、それをエネルギーに換える細胞内解糖系と細胞内ミトコンドリアの好気的エネルギー産生系のこと。その産生効率は、後者が圧倒的に良い。しかし好気的エネルギー産生には酸素という諸刃の剣を使うため、エネルギー産生過程で不可避的に活性酸素(ラジカル)を生じてしまう。ラジカルは細胞障害を引き起こし遺伝子を傷つけ老化やガンの原因となる困りものである。著者はこういったエネルギー産生のしくみを理解すること、さらにヒトの日常行動のみならず、生きて行く上で最低限必要な行為、すなわち食行為やその結果必要となる消化吸収、呼吸など、すべてエネルギーが必要であること、急激な酸素需要と供給が変わる状態で活性酸素の生じやすいことを理解すること、以上二点が大切と説く。これらを知れば、活性酸素の生じにくい状態を技術として手に入れることが出来るというわけだ。

「老いる仕組み」にラジカル関与

体を構成する組織は核とミトコンドリアにある細胞内遺伝子の遺伝情報によって絶えず新陳代謝されている。この遺伝情報がラジカルによる遺伝子の傷(根拠不明だが1日10万カ所と書かれている)によって撹乱される。また遺伝情報発現時のコピーミスによって新たに再生されるアミノ酸などが変化する。これら組織再生ミスが老化の主な原因となるのだ。一方、ヒトの体にはこういった変化やミスを修復する機構も備わる。すなわち、老化は加齢によって起こる不可避的現象とばかりは言い切れないのだ。また、発がんや血管の老化として認識される動脈硬化、これらも加齢に伴うネガティブな現象である。これらもその多くの原因がミトコンドリアで発生するラジカルにあるのだ。

ラジカル、特に“悪玉”ラジカルを発生させない工夫、退治する手段が“若くなる技術”

「若くなる技術」とは、ヒトが生きてゆく上で必要となるミトコンドリアでの好気的エネルギー産生、それに伴うラジカル発生を極力抑える工夫である。発生したラジカルを無毒化する機構(スカベンジャー)がある一方で、ラジカルはさらに電子を吸収して反応性の高いヒドロキシラジカルに変化する。著者は体の酸素要求が急激に変化する行動を極力避ける工夫がラジカル発生を少なくする鍵と説明する。またラジカルはそのすべてが悪さをするのではなく、発がんや感染制御上、有効な働きをする場合もある。加齢に繋がる活性度の高いヒドロキシラジカル(悪玉ラジカル)を特異的に阻害・無毒化するものとして、体内のどこにでも入りうる水素ガスが有効であるという。著者はこのために水素を加圧溶解したり電気分解して作製した水素水、水素バブルを発生する浴槽装置の利用などを提案している。ご承知の方も多いと想われるが、水素水はアルミパックにはいって既に市販されており、そのニセモノ・ホンモノについて先頃某週刊誌でも話題となったようだ。

“不老”や“若返り”技術はホントにあるのか?

テロメアという遺伝情報に基づいた組織再生を有限にコントロールする機構を知れば、活性酸素発生量をコントロールしても、“不老”や“若返り”を実現する技術のハードルは高いと誰しも考えるだろう。しかし本書はバイオサイエンスの情報に基づいて、その可能性を夢ではない現実のものとして語っている。「それは本当か?」という疑問を自分なりに解消するには、やはり本書のみならず「ミトコンドリアのちから」までの一読が必要”というのが私の結論である。

2013年3月11日月曜日

[IS-REC] 内藤眞禮生著『ミトコンドリア・ダイエット』を書名に惹かれて読む

最近、私の関心事キーワードのひとつは、“ミトコンドリア”である。瀬名秀明・太田成男の『ミトコンドリアのちから』(新潮文庫)を読んで俄然、“ミトコンドリア教”となった。内藤眞禮生の本書も、たまたま検索に引っかかって来てその書名に関心をそそられて、“ポチッと”クリック・購入してしまった。新書版の本書は活字も大きく、強調したいセンテンスは太字となり、『ミトコンドリアのちから』に比べたらずっと読みやすい。二日とかからず読んでしまった。

著者実践の生野菜・果物ジュースをベースにした酵素食とその実際を紹介

第一章の“脂肪はミトコンドリアでしか燃えない”に始まり、ミトコンドリアの代謝回転を良くして活性化するには食事で補う食品中の酵素を上手に利用し、体内で作られ加齢で産生能力が低下する酵素を節約するのが大切と説いている。酵素食は植物由来の消化酵素や代謝酵素、補酵素を提供するもので、生野菜・生果実を低速圧縮絞りタイプのジューサーで作る。

三大栄養素の摂り方、朝昼夕食の配分と酵素食、砂糖や悪玉油脂のカット、玄米は浸水・発芽させて摂る、空腹や低タンパク食が良い、などなど

代謝ヂカラを増やすためとして、動物性蛋白や乳製品の制限、悪玉油脂のカット、精製砂糖摂取を控える、玄米は活性酸素発生の原因となるアプシジン酸やフィチン酸を除くため12時間以上浸水させ発芽玄米として利用する、過食と加工食品は酵素の無駄遣いとなる、など主に食事・食品内容の注意を列挙している。また体内での酵素生成には睡眠が大切なこと、ミトコンドリアを増やす代謝のいい食べ方として、三食と酵素食の配分が大切なこと、低タンパクや少食のすすめなども書かれている。

活性酸素を退治する水素水、激しい運動はしなくていい・・・

コラムの形でミトコンドリアで発生する活性酸素消去法として水素水が有効なこと、活性酸素が肌の老化を進めること、などにも触れている。最終章は運動の種類とミトコンドリアの関係など。酵素食はやや面倒だが、確かに著者自身が実践しているダイエットはこれまで言われる健康維持と矛盾なく進められるオーソドックスなダイエット法と思われる。結果的に脂肪を燃やしミトコンドリアの好気的エネルギー代謝を盛んにできるかと思われる。“ミトコンドリア・ダイエット”は上手な命名だがその内容の割にはやや大げさな印象が拭いきれなかった。



2013年3月10日日曜日

[IS-REC] 瀬名秀明・太田成男著『ミトコンドリアのちから』(新潮文庫)を読んで、バイオサイエンス基礎から臨床知識の整理ができた

文庫本423頁の小さな活字を老眼で読み通すのは辛かったが・・・

をようやく読み切った。本書を読むそもそものキッカケは、高齢者と障害者の心血管疾患・脳卒中再発予防リスク管理や抗加齢ドック検診を担当するリハビリテーション科医師として、あれこれ参考書を漁っている中で是非読まねばと思ったからだ。アマゾンでみた書評で興味引かれ、また文庫本表紙のイラストもなかなか良い出来。何か著者の一人、瀬名の書いたサイエンスフィクション、「パラサイト・イヴ」のようにワクワクしながらすぐにも読んでしまえそうな錯覚で早速注文した。しかし読み始めると、その内容は濃く、また老眼の入った眼で243頁におよぶ文庫本の小さな活字を追うのに疲れ、なかなか一気呵成には読み進めなかった。さて、本書は日本のミトコンドリア研究第一線にある二人の著者が分担して書いた、細胞生物学的にはミトコンドリアという細胞内器官、生理・生化学的にはエネルギー代謝と様々な臨床医学と関わり深い活性酸素の病態生化学を縦横に解き明かした読み物となっている。

本書は老化や生活習慣病を病態生理・生化学の基礎から理解するのに役立つ一冊

脂質管理におけるスタチンの位置づけ、肥満や糖尿病治療でのカロリー制限や糖質制限食の評価など、加齢現象や生活習慣病を管理するとき、自分なりに納得して理解を深めるにはどうしても今一度バイオサイエンスや病態生理・生化学の基礎知識に眼を通す必要性を頓に感ずるようになった。学生時代に教科書として読んだ「ハーパー生化学」の最新版も、イラスト入り翻訳版を最近購入。昔と違って、そのカラー版はイラスト豊富でとても読みやすい。しかしやはり教科書だけにその本の厚さや内容に圧倒され最初から最後まで読み通す気力はない。

ヒトは生き、活動し続けるために三度の食事をする。食事から得られた栄養成分の一部は体組成の新陳代謝素材となり、残る多くは生命維持に必要な基礎代謝エネルギーと日常行動に必要な活動エネルギーとして消費される。このバランスがうまくゆかなかったり、食習慣や飲酒・喫煙を含む生活習慣の乱れ、加齢による新陳代謝やエネルギー産生系の機能低下・不全が起こると体調不良からさらに疾病発生へと繋がる。この生命維持に必要なエネルギー産生の中心がミトコンドリア。そして脳卒中・心血管疾患発症の引き金となる活性酸素もこの酸素を使ったエネルギープラントであるミトコンドリアでもっとも多く産生されている。

障害の原因となったそもそもの動脈硬化、大血管病である脳卒中・心筋梗塞もこのミトコンドリアの機能抜きに語れないとしたら・・・・これまで担当する高齢者やドック受診者、あるいは脳卒中後遺症の障害患者に対して高血圧や糖尿病、動脈硬化、脂質異常、認知症などの背景病態を自分なりに十分理解したつもりで説明してきた。疾病発生とその再発予防、機能障害に対するリハビリ継続のアドバイスなどを主に臨床的知識にのみ則って行ってきた訳だ。本書を読んで、加齢や生活習慣病は勿論、ガンや自己免疫疾患、さらにミトコンドリア病に分類される疾患も含めて、分子細胞学的レベルからこれら病態の全体像を俯瞰して臨床知識の整理ができたように思っている。すなわち、ミトコンドリアで不可避的に生ずる活性酸素、活性酸素による細胞障害とその結果起こっている様々な臓器障害がバイオサイエンスの基礎から臨床に繋がる形でよく理解された。今後はこういった問題を扱う臨床医として、活性酸素による細胞レベルから臓器レベルの傷害をどう上手にコントロールするか、それが学習と臨床スキルを高める鍵だと考えている。

運動時の過剰な活性酸素発生を防ぐクールダウンの意味、ヒドロキシラジカルを処理する水素水、等々日常生活や臨床にすぐ役立ちそうな知識も

懐かしい“パスツール効果”をたどった乳酸菌や酵母による発酵と腐敗の問題、ヒトの老化や寿命に関わるミトコンドリア、母系由来のミトコンドリアDNAからわかる人類の起源や進化、等々ミトコンドリアに関わる科学読み物として、本書は多方面に渡る話題を提供している。そういった中でも日常生活や臨床に関わる情報としてすぐに役立ちそうなことは、これまで運動時の注意点として言われる本運動前の準備体操や終了後のクールダウンの意味(激しい運動による酸素需要が急速に不要となるとき活性酸素が発生。クールダウンはその予防に必須)、あるいは細胞障害性が最も強いヒドロキシラジカルの無毒化に水素水が有効、などはすぐにも役立つ情報で大いに興味をそそられた。それにしても“ミトコンドリア研究の基礎と臨床”は日進月歩であり、特に生活習慣病や栄養、治療手段としての運動(リハビリ)を考えるわれわれリハビリ臨床医には今後も眼を離せない領域のようだ。



2013年3月4日月曜日

[IS-REC] 2013年3月 私の運動記録から

201303月運動実績

Annoyed年度末3月、多忙な毎日続き、夜間のFitness Club通いは月の半分ぐらいで散々な成績

上のオムロン歩数計walking Styleによる運動記録をみると明ら。夜の Fitness Club “出勤“ないと、1日歩数は6000歩前後以下。職場でデスクワーク多く、日中はほとんど歩数が稼げません。日中、ハードワークが続くと時間あっても家に帰ってグッタリ。とても走りに行く気力が起きませんでした。そして3月は学会出張や行事も多かった(仙台出張2回、東京出張1回、小生主催の集会1回・・・)。

4月新年度に入ってもこんな調子の毎日が続いています。4月は自然を愛する会(NLC)の山行も始まるというのに運動不足と体力低下を危惧しています。ただ幸いなことに何とか体重60kg未満をキープしています。ただ、私の目標とする理想体重は56kg。この目標体重程度となれば、普段の動作がとても軽やかとなるのを実感しています。やはり食事と運動が健康の基本です。

2013年2月の運動状況と先月実績を比較してみます。3月は1日平均歩数8452歩、しっかり歩数(運動歩行ないしジョッギング)4400歩、月間歩行距離170㎞。3月は2月に比べて月日数が多いに関わらず、いずれの数値も低下しています。月間歩行(走行とジョギンク含む)距離目標が3月も160kmを超えたのは、目標値自体が低いせいのよう。4月実績を伸ばすのは、現在の状況だと更にきつい。でも、何とか1日平均歩数10000歩以上、総歩行距離180km以上を次の目標に頑張りたいですね。



2013年2月25日月曜日

[IS-REC] 藤田紘一郎著『50歳からは炭水化物をやめなさい』(大和書房)を“糖質制限食信奉者“の私、早速読みました

広く一般向けに書かれた「食と健康」本「アンチエイジング」本が雨後のタケノコのように次から次へと出版されている。糖質制限を信奉する小生も新聞・雑誌の大々的宣伝に乗せられた訳ではないが寄生虫博士で有名な藤田紘一郎先生の本書を早速購入した。







体験的視点と新視点の提供、演繹手法による作文技術で、本書は説得力ある「食と健康」本の一冊に


健康維持の基本は、食と運動を含む生活習慣であり、健康オタク向けに出版される多くのハウツー本を含めてこういった類の本を貫くテーマは一貫している。しかし健康を労せずして得られるハウツー本は科学的根拠に基づかない、まやかしが大半で全く読むに値しないし、著者の経歴からそれを見破るのも決して難しいとは思わない。一方で、“糖尿病食事療法として糖質制限食に問題あり”と権威を傘に一方的宣言を賜る学会や何処かのメーカーと結託した利益相反ミエミエの本・文献・広告を大学教授・“医学博士”の肩書きつけて公表するものも信用おけない。藤田先生の本書は、(1)糖尿病である先生の体験に基づいている、(2)「50歳という年齢を境に、人のエネルギー供給は“糖質エンジン”優位から“ミトコンドリアエンジン”優位に切り替わる」という一般向け解説にはまさに新しい視点を採り入れて、糖質制限食の妥当性を説明している、(3)「糖質制限食」、寿命の回数券「テロメア」、「長寿遺伝子オン」、「腸と心の充実」という広いテーマを扱い、そのすべてが藤田先生の研究領域でない事は明らかだが、山のように集めた文献を枕に語るのではなく、最近語り尽くされた感のあるこれら話題の本質をうまく捉え、透徹した寄生虫学者の眼と頭で良くかみ砕き説明するのに成功していることだ。特に如何に説得力ある文書が書くかという点で最近読んだばかりの一文(原 優二の風のかなたへ「理科系の作文技術」から考えること 風の旅行社・風通信・特別増刊2013年春号巻頭)に記された通りの文章展開で、さすが“理系の藤田先生”と感心した次第だ。


自分の健康を守るために読むべき本は?


不安の時代、不確実な時代を生きて、今我々にもっと必要とされるなものは何だろう?・・・・人と人とのつながり・信頼?宗教?哲学?・・・少なくともお金ではないだろう。挙げればきりはないが、これだけははっきりしている。人に迷惑かけず自立して生きるため自分の健康を先ず自分で守ること。無論、現に病者や障害ある者にとっては自分の身体のことをいつでも相談出来る指南役、“かかりつけ医”がこのために欠かせない。しかし仮にも健康寿命を享受している我々は、自分の健康を守るため、日々努力し続ける必要がある。そしてその食や運動、生活習慣の身近な指南は自分が正しいと信ずる先達が書かれた書物の数々である。私が最近読んで実践を志すに至ったこの類の本を挙げると、藤田紘一郎先生の本書のほかに、山田 悟著『糖質制限食のススメ』(東洋経済新報社)江部 康二著『「糖質オフ! 」健康法 主食を抜けば生活習慣病は防げる! (PHP文庫)』伊藤 裕著『腸! いい話 (朝日新書)』大櫛 陽一著『間違っていた糖尿病治療―科学的根拠に基づく糖尿病の根本的治療』など、だろうか?


「人生は何歳になっても楽しい」


歳をとると身体の不調や老化現象が重なって身体のあちこちを臓器単位で意識するようになる。しかし食や運動・生活習慣に気を配っているとこういった愁訴を意識しないで生活することも可能である。本書、藤田先生のおわりのことばは、「足るを知り、今を大切に生きれば人生は何歳になっても楽しい」である。また「山川草木国土悉皆成仏」と仏教の一節を引用して何事にも感謝の心が大切と説く。健康にはほかへの感謝の気持ちも大切な要素である。これは、井上 敬先生の『健康方程式365』(木楽社)にもあり、納得のゆくところである。
やはり本書はただのハウツー本との違いがよくわかる一冊であった。

2013年2月21日木曜日

[IS-REC] 時には『ブータンしあわせ旅ノート』(岸本葉子著)

2011年、すなわち一昨年の夏期休暇を目一杯利用して念願のブータンを旅行した。ブータンは空港のあるパロ、首都ティンプー近郊の西ブータンを巡るのがやっとの日程だったが、さらに東へドチャラ峠を超え、チミ・ラカン、ブナカまで足を延ばすことが出来た。駆け足旅行で地元ブータンの方々との交流はほんのわずか。しかし1日がかりでタクツァン寺院に登ったこと、またブータンの方々の暖かい眼差しや親切心を知り、人なつっこい子供達との交流、その笑顔をカメラに収めることも出来た旅行だった。

岸本葉子著『ブータンしあわせ旅ノート』が2012年春改題出版

1999年出版の旅行記改題だから、岸本さんの旅行から 私の旅行まで10年一昔の歳月が経っている。この度の出版で著者はそのあとがきで、「変わるもの、変わらないもの」と題し、この間の時代変化、当時のしあわせ一杯旅ノートが描いた『幸せの国、ブータン』の有り様を批判的に語っている。

岸本さんの旅ノートに描かれたブータン~敬愛される国王、厚い国民全体の宗教心、大家族でつましく生活しながら当然のしあわせを享受する人々~

本書で触れられるブータンはすでに10数年前のこと。しかし一昨年私自身が旅行で垣間見たブータンの国情・旅行事情、現地の人々の生活に大きく変わった印象はない。東日本大震災の地を昨年ワンチュク国王夫妻が新婚旅行先に選んで来日して以降、日本でもすっかりブータン”ブーム”が起った。そして現在のブータン国情についても再三テレビなどで放映され、近代化の波が押し寄せ、その国情や国民生活が大きく変わろうとしていると報じられた。携帯電話やテレビ・インターネット普及など、国民の消費生活を含む生活文化も確かに大きく変わりつつあるのだろう。しかし岸本さんが訪れ、私が旅行した10数年の間でも良い伝統や生活文化は変わらず続いてきたのもと確信する。国外から押し寄せる消費文化を批判的に受け止める教育水準や厚い宗教心、狭い山岳国家、農業主体の大家族母系社会、立憲王制国家に移行しても厚い国王への信頼と宗教と政治が上手に一体化した国家体制、これらの要素が一体となって小国ながら強い独自性と文化国家としての矜持を持ち続けている。国民一人一人の生活レベルは現在も決して高くはない。しかしこの国を訪れる異邦人に対して決して笑顔を絶やさない彼らは自分の国に誇りを持ち、その生活に自信を持っていることは間違いない。

「ブータンは今でも幸せの国でした」が私の印象


この本を読んで、私のブータン駆け足旅行に欠けていたブータン国民の生活事情がしっかり呑み込めた。そして私が垣間見たブータンは今でも間違いなく「幸せの国」。健康もお金も時間も必要!! だが、ますますブータン再訪を期する気持ちが高まった次第。今度は余裕持って東ブータンを訪れ、またそのトレッキングに挑んでみたい。
s-ブータン旅行スナップ
s-ブータンの子供達


2013年2月16日土曜日

[IS-REC] ウォルフレン『いまだ人間を幸福にしない日本というシステム』を読む

アルジェ人質事件で日本政府が敢えて欧米と共同歩調を取ると宣言したのが良かったのか否か、批判的論調が続いている。特に米国との共同歩調はアフガニスタンで医療や農業分野で地道なNPO活動を続けてきた邦人を危険に陥れたと同様に、アルジェにおいても、いわゆるテロリストの表だった標的に現地日本人を曝す危険な宣言であったと思われる。現在、大国アメリカの国内状況はわれわれが理想とする平和国家でもないし、民主主義国家からもほど遠い状況にある。格差や貧困が固定化され、軍・治安機関の高度市民監視社会であり、度重なる銃乱射事件にみるように、安全・安心のない社会である。また対外的にも絶えず仮想敵を必要とする軍産複合経済界に牛耳られ、事実や正義に基づかない政策がノーベル平和賞受賞・オバマ大統領のもとでも大手を振ってまかり通っている(朝日新聞付け2013/02/14、クルーグマンコラム@NYタイムズ)。

国民を幸福に導く舵取りは誰が?

2012年暮れ,角川文庫の一冊にカレル・ヴァン・ウォルフレン著、井上 実 訳『いまだ人間を幸福にしない日本というシステム』が出版された。巨大地震や津波、原発事故という災厄からそろそろ2年が経過しても一向に進まない復旧や復興、特に原発事故という人災については誰も責任を問われも取ろうともしない国家や政治に対して、首相官邸や関係機関を取り巻く、“原発NO!”の示威活動が多くの組織化されない市民によって今も続いている。しかし現実は少しも変わろうとせず、政権交代後には再び“原発再稼働”の動きが表面化している。
人口高齢化や貧困問題、格差社会が進んで老若男女問わず日本も不安社会となって、国民全体の幸福や今一度安全・安心な社会を築くのに必要な処方箋が求められている。ウォルフレンの本書はしかし、“いまだ人間を幸福にしない日本というシステム”というタイトルが示す通り、国民一人一人がその英知を集めて議論し、意思表示しても米国一辺倒、経済拡大至上主義という自動操縦装置に繰られた日本の舵取りが続くのではと危惧している。高齢化やその人口構成からモノに関する国内需要は飽和しており、際限ないものづくり経済の拡大は結果的に海外に向かわざるを得ない。“ホントに経済拡大は今後とも必要なのか?今後われわれが目指すのは定常社会なのでは?”また、日本全体が未だ米国の植民地同然に多くの基地を抱え、しかも地域の総意として基地撤去を訴える沖縄の現状に耳を貸さない日本政府は“国民主権の政府”といえるのか?こういった積み重なる疑問に、ウォルフレンの本書が筋道立てて答えている。

自動操縦装置を支える官僚集団

国民と実際に日本を動かしている司法や行政府役人を仲介するのが政治家である。ウォルフレンは、政治に志すには莫大な資金を必要とし金権政治がある種、必要悪となっていること、日本は“官僚独裁国家”であり、これを突き崩して国民の望む国家に変貌させることが可能なのは唯一国民に支持された政治家であるはず。しかし自動操縦装置を手動に切り換える試み(例えば、米国依存からの脱却や経済拡大至上主義を改めること)をする政治家は経済界や主要マスコミ、官僚独裁集団の総力によって悉く潰される運命にあることを喝破している。私自身を含めて好感持ち得ない政治家、小沢一郎氏をその例に挙げているが、ウォルフレンの指摘は確かに当たっているのかも知れない。首相時代の鳩山由紀夫やその後の鳩山の行動に対する大げさな批判も彼の説明で納得がいったところである。

日本社会は『空気の社会』

本書最後の解説で孫崎 亨は、“日本社会は『空気の社会』”であり、ものの見方、考え方、行動の仕方はこうあるべきだというものが社会全体を覆っていると述べている。ウォルフレンのいう“偽りの社会”は社会の空気であり、それから外れる者を極端なまで排除する。社会の空気に逆らってはならない、社会の空気に従わなければ無視されるか生きてゆくこと自体が困難となる。政治家もこの例外ではない。しかしウォルフレンは言う。日本にとって吃緊の課題は“大きな危険を回避するため米国依存から脱する事”、そして経済拡大至上主義という自動操縦を是とする官僚独裁を打破すること。

ウォルフレンの主張と共通する主張は?

“知ることは力なり”とウォルフレンは言う。日ごと世界は動いており、われわれは事実を知る努力を惜しまず、正しいと信ずる歴史感や正義感に基づいて事象を解釈し行動してゆかねばならない。国の舵取りは代議制国家である日本に住む以上、我々は政治家に委ねる。政治を語るのは社会の空気に反する行動と映る事も多い。しかし一億総評論家ではウォルフレンが指摘するように日本人は自身の幸福も目指せないことになりかねない。最後に一つ本書で気になる点があった。彼は政治家や政治家が属する政党を一派一絡げで述べている。
しかし彼の本書で触れられた日本社会と政治の現実は、日本共産党の主張と頗る共通している。科学的社会主義による現状分析とウォルフレンの永年の事実に基づいた分析が共通してくるのはある意味で当然なのかもしれない。



2013年2月9日土曜日

[IS-REC] 暉峻淑子『社会人の生き方』を通して、不安時代の生き方を考える

 “社会の豊かさ”につながる“社会人の生き方”とは?

   読売新聞2013年1月19日記事、“編集委員が迫る”「生活経済学者・暉峻淑子」氏が掲載されている。かって読んだ、『豊かさとは何か』、『豊かさの条件』とともに昨秋、『社会人の生き方』が上梓され、先の2冊の具体的処方箋として本書が執筆されたことを知った。すなわち本書は80代とは思えないアクティビティーを今保ちながらも暉峻先生の岩波新書三部作最後の完結本に当たるものと思われる。

 

   この読売記事では安倍内閣で掲げられる緊急経済対策が雇用拡大を通して、果たして今の日本に希望や活力を呼び戻せるのか?という観点から暉峻先生に問いを投げかけている。そして暉峻先生の結論は“No”。既に社会の土台が相当崩れ、日本が内側から自己崩壊を生じていると指摘する。

 『方丈記』からみた鴨長明の生き方に共感

      2012年は鴨長明『方丈記』が書かれて800年、節目の年であった。またここ数年、東日本大震災や福島原発事故で自然災害・人災による不安な重苦しい空気が日本を覆うと同時に世界的構造不況の影響もあって、方丈記への関心が高まり、大きなブームともなった年である。方丈記は昨年熱暑が続く初秋時分から

をテキストにNHKテレビ教養番組でも取りあげられた。私も方丈記を通して鴨長明の人物像に大いに惹かれた。彼は表向き物事への執着を断ち、隠者として方丈の庵で仏道修行に励む生活を理想としていたが、実際には悟りきれずに琵琶に興じ、童子と遊び、時に遠方に旅行を楽しんだ。そして何よりも方丈記に記した五大災厄は自分の足で子細に調べ上げたものであり、それは記録文学として今に見劣りしない内容となった。鴨長明は同時代の藤原定家などとは異なり、当時の社会状況について非常に高い関心を持ち、そのために自ら行動した。その記録が方丈記であり、方丈記は決して隠者の随筆ではない

   方丈記の世界に通じる不安社会と、現代の不安社会で知識人・社会人はどう生きるのか? その処方箋を求めて、この『社会人の生き方』を読んだ。

自己肯定感育てない競争教育、貧困自己責任論、そして労働の意味変容

   本書には“社会人”イメージに始まり、現状からその“社会人”になれない、あるいは就労という社会参加機会の与えられない多くの若者の事例、その際の自己責任論の台頭、背景にある自己肯定感を育てない競争教育とゆとり教育の否定などが語られる。また就職難が社会人としての出発や社会参加を困難としていること、社会的つながりがないか薄弱による飢餓感が、“個人化社会の不安”として多くの国民にあること。人生のリスクに対応出来ない“貧困生活”が数的に増大していることが指摘される。また、製造現場への派遣が2003年に小泉内閣により解禁され、一気に非正規労働が増えて労働が充足や喜びを産む手段から、生きる最低限の保障すらないものに変容したことなど、厳しい現状が再認識される。

不安社会の中で考える社会人・知識人の生き方

   “今は市場に政治も人間生活も乗っ取られて経済の植民地にされてしまっている”(本書186頁)、そこそこのGNPで豊かさを享受出来るはずの日本でありながら、私が実際に行って感じた“国民総幸福”の国、ブータン国民に感じた笑顔と暖かい目線が日本人にはもはや感じられない。この日本の現状に抗して将来を見据えた社会人・知識人の生き方は?社会全体の有り様に関した処方箋は政治家や経済学者の仕事である。私を含む一社会人、一知識人はどういった社会を指向し、どういった生き方をすれば良いのか?暉峻先生の処方箋は、身近な処からの社会参加であり、助け合いだと説く。そして自分以外の他人を思いやる心と想像力が必要であり、社会的無関心や不幸をみて“自分でなくて良かった”とだけ感ずる心の貧困を断ち切ろうと説く。この『社会人の生き方』を読み、鴨長明は“世捨て人”ではなく、当時の立派な“社会人”であり、自分のお手本となる生き方が出来た人であると、再確認した次第である。

2013年2月3日日曜日

[IS-REC] 櫻井 武『食欲の科学』(講談社ブルーバックス)を読む

 

食欲とは何とも悩ましい


ヒトの基本欲求で最も大切な食欲。肥満や生活習慣病を恐れて食をコントロールしたいと思う者は多い。かく言う私自身も若い頃からの生活習慣で早食い、大食傾向が未だ治らず、今や年齢的にもその是正に悩んでいる。
      櫻井先生の本書は彼の睡眠に関するオレキシン発見物語である『睡眠の科学』(同ブルーバックス、2010年)に続くものであり、前著の出来が良かっただけに、正直なところ、「柳の下の二匹目の泥鰌」をねらったものではないかとあまり期待はしていなかった。しかし新聞書評に動かされて購入し、読んでみるとその中身の濃さに圧倒された。まず食欲の根源的役割として、ホメオスタシスの一つでもある体重恒常性と食欲の関係、その仕組みを支える中枢である視床下部での食中枢について解説している。飢餓と飽食によって食欲が二相性にコントロールされるのであれば話は単純であったはず。しかし食欲調整の仕組みに限らないのだろうが、身体機能コントロールはほんとに複雑だ。

「レプチン発見物語」で話は進む


   たまたま発見された肥満マウス(ob/obマウス)や肥満を呈する糖尿病マウス(db/dbマウス)系列を利用した肥満メカニズムの研究から食欲制御因子が想定され、幾多の苦労と様々な技術の進歩によりながら、1994年それはレプチンとして発見、報告。しかしその働きは当初想定されたほど単純ではなく、レプチン血中濃度上昇で食欲が直接抑制されるものでないことがわかる。適度なレプチン濃度は身体が十分エネルギーを蓄積していることを知らせ、痩せてレプチンレベルが低下すると、強力な食欲を惹起するという。すなわち広い意味での食行動と連動した長いスパンでの働きがレプチンにはあるというのだ

レプチン発見から食欲と食行動の脳内機序が解き明かされた

   

食欲の昂進と抑制、栄養状態という長いスパンはレプチンが情報源となり空腹というより短いスパンでは血糖レベルがその情報を視床下部(弓状束)に伝える。情報に答えるニューロンは様々で、さらに線状体にある側坐核という報酬系にその情報は伝わり、食行動が惹起される。これだけでも複雑だが話はもっと複雑で、なかなかついて行けない。

食欲と食生活

本の後半三分の一が神経性食思不振症や大食症、生活習慣病の話、肥満は遺伝する、肥満者をみていると大食となるなど、エピソディックに語られ、最終章は「食欲に関する日常の疑問」となる。全体バランスを考えた章立てなのだろうが、最後の二章は蛇足に近い。

全体としては食欲に関するサイエンス読み物として読み応えあり

食欲の根元に始まり、レプチン発見から様々な食欲に関わる脳内物質が落とすことなく網羅され、内容は複雑で素人がすべてを理解するのを困難にしている。しかし食欲のサイエンス本としてはしっかりした内容で最後に引用文献も記載され、本書は先生の前著『睡眠の科学』同様に手元に残したい一冊と感じた次第である。



[IS-REC] 2013年1月 私の運動記録から

201301月運動実績

暮れから正月にかけた期間中Fitness Clubが休業することや積雪で屋外散歩がままならないという思いが幸いしたらしい

   オムロン歩数計walking Styleによる運動記録から2013年1月の運動状況を振り返る。1日平均歩数9530歩、しっかり歩数(運動歩行)5200歩、月間歩行距離160㎞以上という予想外の目標を上回る成績だった。特に後半の週はつらい気持ちを押しながらほぼ毎日夜半のfitness Club通いを続けた。

fitness Clubジムでのトレッドミル走行は、軽音楽を聴き流し、その曲数を数えながら時速10㎞以上のペースで走る事としている。耳にする軽音楽10曲以上、15曲を目標に走ると、1時間オーバーとなり、トータル10㎞以上の走行距離となる。オドメーターで距離を確認しながら走ると途中で辞めたくなる誘惑に駆られるので、曲を数えて走るこの方法が私に合っているようだ。

   2月は28日と短い。このペースでできる限りfitness Club通いを続け、月間距離を維持したい。今月の成績は、自分に“御苦労様”の心境で眺めました。

2013年1月24日木曜日

[IS-REC] 岡本 卓「薬がへらせて、血糖値にもしばられない糖尿病最新療法2」読了メモ


前著「インスリン注射も食事療法もいらない 糖尿病最新療法」は一般的糖尿病治療の問題点を鋭くつき、インスリン治療や血糖降下薬による低血糖に悩まされている患者に正しい糖尿病治療の知識と勇気を与える好著であった。
表題の本書は前著に引き続いて出されたもので、その後の糖尿病治療の最新事情を踏まえ、また前回の内容を更に吟味して一般臨床医や糖尿病に関心持つ読者に一線の開業臨床医である著者が考える糖尿病治療のベストを提案した本である。

この4年間で世界の糖尿病治療は大きく変化


   前著で血糖を下げすぎない治療を強調した著者の主張通り、最近の糖尿病治療方針は厳密な血糖コントロールから穏やかで血糖を下げすぎない治療に変化してきている。それは糖尿病治療予後の結果から「高血糖は確かに困るが低血糖はなおさら悪い」という事実に基づく。
本書ではさらに糖尿病患者にうつや認知症が多く、その頻度と血糖値は相関せず治療自体との関連が疑われること、日本の糖尿病治療の現状は未だ血糖値至上主義であり、その結果に基づいて厳しい食事制限が課されることの問題を鋭く追求している。

HbA1c基準でみた血糖コントロール

   英国と比較した日本はHbA1c基準でみても血糖コントロールが厳しすぎ、低血糖リスクが高いと警告する。英国は慢性疾患に対する開業医向け臨床指標が決められ、糖尿病コントロールに関わる血糖基準値は国立最適保健医療研究所(NICE)のガイドラインに定められ、その糖尿病治療基準はHbA1c6.5~7.5、低血糖リスクを最小限とするよう勧告しているという。また糖尿病治療指針として血糖値やHbA1c値のほか肥満度や禁煙指導、入中微量アルブミンなどの測定と記録が保険点数の加算ポイントとなっている。

インスリン治療とうつの関係


   第二章では重症糖尿病でインスリン治療中患者にうつ発生が多く、インスリンとの因果関係が疑われていること、うつと糖尿病が合併する場合、死亡率は両者のない対照群に比較して3倍以上になると報告されていると述べている。また韓国の大規模研究では糖尿病で自殺リスクの関連が指摘されこれには血糖値との関係は認めず、背景に糖尿病治療が関わっている可能性が高いという。

糖尿病と認知症

   最近、糖尿病と認知症の関係・関連が取り沙汰されている。著者は低血糖の影響ものさることながら、インスリン抵抗性による高インスリン血症とアルツハイマー病との関係について言及し、アルツハイマ-病は3型糖尿病とも言える病態が背景にあると指摘する。衝撃的事実として脳内にもインスリン産生機構があり、その働きで神経細胞の栄養が賄われ、その分泌不全や抵抗性がアルツハイマ-病の引き金になるというのだ。著者は 元来アルツハイマ-病研究者であり、こういった情報も本書で書かれていることは特に興味深い。

私の読後感


   「糖尿病治療の目的は合併症の予防、小血管症や大血管合併症である心筋梗塞や脳梗塞を起こさないこと、その指標として血糖値至上主義に陥らず大病院にあっても患者さんのQOLを考え、家庭医マインドが必要なこと」著者が終章近くで強調したことである。

   いわゆる生活習慣病についての情報は専門書を含めて巷にあふれている。本書は私にとって製薬メーカーとの利益相反に目配りしながら糖尿病治療の情報真偽を見極める良い指南書となった。



2013年1月23日水曜日

[Med-REHA] 脳卒中重症後遺症患者HKさんのCureとCare・・・・何をなすべきなのか?

左麻痺と劣位症状を後遺して在宅ケア開始したが・・・

点滴1301[7]

   HKさんは6年前までタクシー運転手。ある日、歩行障害に気付かれ症状進行、急性期病院でアテローマ血栓性内頸動脈閉塞による皮質域含む右半球脳梗塞の診断であった。

   急性期治療後、我々のセンターに紹介。昼夜逆転・失見当加わり、約3ヶ月のリハビリ入院で在宅ケア準備を行い、歩行不能、介助での車椅子レベルで自宅退院した。麻痺と失見当、注意障害や落ち着きのなさ、など劣位症状、麻痺下肢痛など、訴え多く、自宅介護する妻の苦労は相当であったようだ。しかし、その後外来に定期的にやってくる本人や家族(妻)は意外に明るかった。妻は病院での訓練と指導で多少なりとも本人が意欲的に対応する様子をみること、主治医にそれなり状況を聴いてもらえる、そして何よりHKさん本人が病院のレストランで焼き肉定食を食べるのを楽しみに、積極的に受診していたこともその理由だったらしい。

キーパーソンの妻倒れ・・・

   しかし3年前、キーパーソンの妻が病に倒れ、ショートステイを利用しながら長男・次男が交互にケアを担当するようになり状況は激変した。週日のステイ利用で本人の口数が少なくなり、食事の影響か体重減少も目立つようになった。元々大柄であったHKさんだったが、体躯は一回り小さくなり車椅子の姿勢障害も目立つようになった。月1~2度程度の外来受診と指導ではどうにもならないことだったが・・・

微熱が続き・・・

   先回受診から正月を挟み来院したHKさんは、さらに焦燥し微熱あり、採血検査では炎症反応強陽性、栄養障害と消耗による貧血が認められた。胸部レ線で気管支陰影が増強して誤嚥性慢性気管支炎の所見であった。外来で抗生剤点滴静注と脱水に対して補液を実施したが、誰しも治癒(Cure)はし難いと判断される状況であった。

キュアからケアへ

   家族介護が限界を超え,施設利用でも手に余る状況。思わず社会制度改革国民会議での副総理の発言(麻生失言に賛否 終末期医療への言及メディアは否定的だけど… - 政治・社会 - ZAKZAK:)が脳裏を過ぎるが、夫婦愛故にケアに熱心だったHKさん奥さんの顔を思い出すと頭の中は真っ白で次になすべき事が思い浮かばない。しかしやはり冷静に考えるとキュアからケアへのパラダイムチェンジhttp://amzn.to/10KRJCnが必要である。

HKさんの快復力に掛けることとして、施設宛てに現在の身体状況を記して帰院していただく事とした。

2013年1月21日月曜日

[IS-REC] 毎日新聞・風知草(山田孝夫)をみて、鈴木孝夫『人にはどれだけ物が必要か』を読む

大晦日の新聞に掲載された記事に心を動かされ、すでに初版から20年近い歳月を経過した言語社会学者・鈴木孝夫の本を取り寄せ、読み終えた。

風知草:人にはどれだけ物が必要か=山田孝男- 毎日jp(毎日新聞):
'via Blog this'

風知草の中で目を引いたのは鈴木孝夫の本書前書きで引用される、トルストイの民話「人にはどれほどの土地がいるか」である。この民話の引用の前書きから始まる本書を相当の緊張と、ある種の憂鬱さを覚えながら、現代社会の時代閉塞的状況に照らして20年前に書かれたものとは思えない達観した現在に通ずる認識に平伏して最後まで読み通した。

現在の不況は歓迎すべき第一歩

   なんとアイロニックな言いようだろうか。本書後半の1992年10月グリーンブルー(日本公害防止技術センター)創立20周年記念シンポ講演「国際化時代の環境問題」で発言された文章の一部である。今や自民党安倍政権となり、円高デフレ不況克服として無定見とも見える歯止めない国債増発をして経済活性化策が取られようとしている。記事「風知草」後半で山田はこの記事を書くつい数日前、著者鈴木に会って、彼の2012年歳末所感を記している。現実が鈴木の理想と逆方向へ動き、彼の警告通り、手遅れとなった全地球規模破壊がさらに進むのではないか?その不気味な足音は20年前とは違ってより明瞭に聴こえていると感ずるのは小生だけではないだろう。

金魚鉢としての地球に住んでいること

   人は自分を含めて快適で豊かな生活を求めて日々努力を重ね、切磋琢磨して毎日を送っている。そして人一倍の努力をすれば、それなりの報酬や待遇を得て、贅沢とまでは行かずともそれなり快適な生活が送られるのは当然と考えている。

   地球という規模でみたとき物資の循環では金魚鉢と同じ閉鎖系に我々は生活している。我々がこの金魚鉢の中で快適生活を願うとき、それは人間以外の種や自然の多くの犠牲の上に築かれていることを知っておく必要があるというのだ。

自然や環境がどんどん破壊されてゆく

   「日本野鳥の会」顧問でもある著者鈴木はみかける野鳥の種類が激減している事を当時から指摘している。地球温暖化、「神の火」原子力を手に入れた錯覚から原発を推進し、事故で制御不能に陥っている自然災害後の福島原発。神や自然という人知を超えた存在に畏敬の念を忘れた、経済万能、科学万能の考えは益々金魚鉢の中にいる我々をどんどん窮地に落とし込んでいっている。

   「高齢化に加えて未曾有の経済格差・貧困社会をどうするか?」という自分一人ではどうにもならない課題はともかく、以前読んで紹介した『免疫の反逆』、すなわち、ここ数年の自然環境や生活環境悪化から自己免疫疾患急増の警鐘を鳴らした好著を引用するまでもなく、自己の健康管理・維持も困難となってきていることを実感する。本書で書かれた鈴木の予言、“地球はこのままゆけば確実に破滅する”が真実そして現実とならないように祈るばかりである。



2013年1月19日土曜日

[IS-REC] 江部康二著『糖質オフ!健康法』を読む

●大櫛先生の本に勧められ・・・

   糖質制限食について、大櫛陽一著『間違っていた糖尿病治療』に触発され、以前関連する著書を読んだことのある、江部康二先生の本を再び読んだ。彼の近著が表題の文庫本である。その内容は読む前から十分想像されたが、今回この本で強調されているポイントはその副題にある、「主食を抜けば生活習慣病は防げる!」ですべて語られている。その説明内容は経験的であるだけでなく科学的でもあり説得力がある。特に私の関心ある運動・スポーツと栄養の面で、大櫛先生同様にスポーツ栄養で推奨されている糖質負荷の弊害面がこの本でも強調されている。

●血糖値上げるのは糖質だけ

人類は元来糖質オフの食生活であったこと、炭水化物(穀物)が人類の食生活に利用されるようになった歴史は極く浅いことがまず背景として語られる。そして血糖値上昇の栄養素はこの炭水化物に含まれる糖質のみであることを、再三強調している。


●血糖上昇が何故身体に悪いのか?

江部先生、「人の体は穀物中心の食生活に適応していない!!」そして、「過剰糖質は万病のもと!!」と断言する。過剰糖質はインスリンにより脂肪となって肝や筋肉、内臓に蓄積される、反復する高血糖(グルコーススパイク)により動脈硬化の引き金である血管内皮障害が生じる、と説明(その通り!!)。江部先生自身が和食中心のヘルシー食生活をしていて糖尿病となってしまったと経験的に語り、糖質中心となる和食の弊害を説いている。そして糖質オフを実践して高血糖改善、良好な血糖コントロールに戻ったというのだ。

●脂質悪玉は間違い、グルコーススパイクによる血管炎がなければ高脂質でも動脈硬化は起こらない!!

著者は「糖質オフで脂肪が燃えやすい体となる」とも主張。そして大櫛先生も文献引用しながら説明しているように、脂質異常の是正が生活習慣病との関係で強調されるのはどうも製薬メーカーが関わった利益相反に原因があると批判している。肥満や動脈硬化の原因、高血糖による老化物質AGEsの蓄積、すべて糖質摂取が元凶というのは各種の傍証からも説得力がある。


●糖質制限でケトン体を使える体になる

    糖質制限で脂質を利用できる代謝系が活発となり、ケトン体を使える体となる。脳は主に糖質をエネルギーとして利用しているが、これが唯一のエネルギーという説明は誤り!! 糖質欠乏状態ではケトン体も十分エネルギー源となる。赤血球は唯一糖質エネルギーが必要。これは肝臓の糖新生で十分まかなわれる(という)。

●糖質制限食の合理性

以上、糖質制限食の合理性は大櫛先生や江部先生の説明で信頼足りるものと思ってしまう次第。私自身、これで糖質制限食信者になりつつある。

 

●糖質制限食批判

しかし糖質制限には糖尿病学会や臨床栄養学会が警告を発している(但しそのトーンを強くは感じられない)。従って糖質制限について、単なる信奉者ではなく科学性に裏付けられた確信に至るにはやはり「臨床栄養や生化学の基礎的勉強が欠かせない」というのがこれらの本を読んだ私の率直な結論である。

2013年1月18日金曜日

[IS-REC] 日体協公認スポーツドクター養成講習会基礎Ⅱ第二日目参加メモランダム


●講習二日目の朝(1月13日)も好天に恵まれホテルの窓から皇居方面に昇る朝日を拝み、簡単な朝食後、徒歩で参加。内堀通りを走る老若男女のジョッガーは相変わらず多い。コートを脱ぎバックを背負って速歩ないし半分駆け足で歩く。身を刺す朝の冷気が心地よい。

(1)いわゆる内部障害リハビリテーション

 

活動性が高いと生存率は向上する。心臓疾患・高血圧・糖尿病など、メディカルチェックの上、運動療法が推奨される。運動には心理効果もあり抑うつなどの一部精神疾患や認知症にも効果ありリスク管理のうえで行えばよいことずくめ。
但し心臓リハビリテーションの事前チェックやその後の管理は多職種包括的チームアプローチで


(2)運動器リハビリテーション

      器質的・機能的障害発生後のメディカルリハビリとアスリートの競技復帰までのアスレティックリハビリがある。特に後者は再損傷予防の観点から復帰までのプロセスに十分配慮が必要。

(3)保健指導

      保健指導は医師の義務であることが忘れられがち。食事内容や喫煙・飲酒・睡眠、うつや気分など精神心理的項目も大切。単なる生活習慣の管理や安易な言葉による指導ではなく、さまざまな行動変容の段階に応じた心理的支持や支援が必要。

(4)障害者スポーツ

パラリンピックは、現在オリンピックと車の両輪東京オリンピック誘致のみの強調は片手落ち。障害者のスポーツは心身の健康維持にきわめて有効だが、障害者特有のリスクや合併症も知っておく必要がある。

(5)ドーピング防止

ドーピングの知識はスポーツドクターとして必須だが、押さえるポイントが多く治療薬に多くのドーピング禁止項目にふれる薬剤あり、基本的事項に加えて十分新しい知識を吸収する必要あり。応用科目でも講義が用意されているのもこのため。


(6)スポーツ現場での救急処置

スポーツ現場に限らず、心肺蘇生法の現在標準的に行われる方法など勉強となる。蘇生はまず十分な胸骨圧迫による心マッサージ優先(BSLアルゴリズム)。

●講習二日間の感想

   今回の講習はスポーツドクター研修講義基礎科目Ⅱ。系統的にこういった講義を受けるのは、ベテラン・リハ医師である小生の立場でも新鮮で知識整理の上からもとてもためになりました。新年度実施受講予定の応用科目講義も今から楽しみです。


[IS-REC] 日体協公認スポーツドクター養成講習会基礎Ⅱ第一日目参加メモランダム

 

●上京して久し振りの屋外散歩を満喫

 

       2013年1月、表記講習会に参加。秋田は大雪で夜間出発便に多少遅れあったが、空路往復は何とかトラブルなし。帰り1日遅れると、関東の積雪トラブルで帰られない処だった。
   宿泊先の半蔵門から飯田橋まで徒歩40分、内堀通りから九段下経由で久し振りに心地よい散歩を楽しんだ。

●講習1日目はスポーツ外傷と障害など各論

SPORTSDR1

(1)脊椎・体幹

基本事項として頸椎・腰椎レベルの障害を知る上で、荷重が椎間板と左右椎間関節の3点支持でなされている点がポイント。スポーツよる脊損発生は水中飛び込みやアメフト、スキーなどで多く、事前の注意喚起やルール改正で以前に比して減少しているとのこと。個体要因としてやはり脊柱管狭窄のケースは要注意!!
   競技スポーツ経験者の慢性障害としては腰痛が多い事、スポーツをする小中学生の腰痛は椎弓疲労骨折が原因。脊柱・体幹のインナーマッスル強化で体幹安定化することで予防可能なこと。

(2)運動負荷試験


   負荷試験は、実施してもすべての突然死を予測できないことから安静時心電図所見で適応を選択して行うのが現在の趨勢。ただ6メッツ越える激しいスポーツを行う場合は実施すべきである。負荷時所見として要注意は負荷時無症候性心筋虚血や不整脈、異常高血圧。既存疾患の運動療法が目的の場合、リスク評価のため運動負荷試験を行い、運動処方を行うこと。運動負荷なしの場合、運動療法における負荷強度は安静時心拍+推定最大心拍×(0.3~0.5)などが参考となる。

(3)スポーツによる下肢外傷

 

下肢外傷は、いわゆる足関節捻挫が多い。靱帯損傷が伴うことが多く、不適切な処置は後遺症を残す(足根洞症候群など)。固定は足関節背屈位で行うこと。疲労骨折やアキレス腱断裂も多い。膝関節損傷では前十字靱帯(ACL)損傷が重要。膝関節腫脹、関節内血腫あればACL損傷が濃厚。


(4)スポーツによる頭部損傷

 

脳外科が関わる外傷では、一見軽微な脳震盪に注意!!
受傷後時間を経て症状が出現したり悪化する場合あり。またボクシングなどで反復する頭部外傷は高次脳機能障害や認知症の原因となる場合がある。スポーツ現場での脳震盪評価には簡単なバランステストや記憶検査が挙げられている。


(5)運動による内科的諸問題

急性障害として運動中の突然死と熱中症が問題。マラソンなどでの救護体制がポイント。熱中症は病態を知った上での現場対応と後方病院での治療手順を知っておく。


●第一日目の感想

結構、中身が濃かった。特にスポーツ整形外科的診断と治療で新たに知ったことも多く勉強になりました。


2013年1月3日木曜日

[IS-REC] 本田健著「60代にしておきたい17のこと」を60代の私が読んで感ずること




    本屋に行くと、新書版コーナーにハウ・ツー本があふれている。齢を重ねて還暦を過ぎても自分の生き方に納得して自信を持っている人間などそうそういるものではない。物事を知るにつけ、自分の無知に暗然たる思いに駆られ、今後の限られた時間をどう使うか、健康で体力と知力が続き、意欲のある間に何をなすべきか悩むのが凡人の常と思われる。
    もっとも社会・経済状況厳しく、明日の生活の糧をどうするかで精一杯の同世代も多い故、こういった悩みは贅沢なのかも知れない。

タイトルの魅力

    さて、本のタイトルは著者のシリーズものであり、特段工夫されたものではないだろうが、煩悩多き60代の普通人には魅力的タイトルに映る。手に取り購入した数冊の本の中で一番最初に読んだ。著者の挙げる17のことには自分が既に実践していること、これからやろうとしていたことなど、共感するところが確かに多い。一方まだ60代の気構えが足りないのか、あるいは仕事が現役のせいか、「9.親の死んだ年齢を数えない」とか、「14.子どもの人生に・・」、「15.男、女であること・・」、「16.未来に投資する」、「17.愛を伝える」など、まったく考えも及ばなかった項も多い。そして、その中にはそれなり納得する所もあり、この17項目で自分の60代にしておくべき事柄を整理することも確かに可能だろう。

物足りなさ残る読後感は何から・・・


    しかしこの本の読後感としてはどうしてもある種物足りなさを感じてしまう。人生80年時代でも60過ぎの普通人が出来ることは時間的にも社会経済状況からも限られており、可能ならば網羅的、羅列的ではなく課題に優先順位がつけられる何らかの思想性、一生を貫くミッションのようなものがほしかった。最近、自分の生き方、あるべき姿、平たくいえば「毎日の過ごし方」を考えるために仏教哲学に興味を持ち関連の書籍を読むことも多くなった。

残る人生をどう生きるかと結びつけて

    世界の人口の16%(11億人)は無宗教だという。死を考えるためではなくどう生きるかのために自分にも宗教性が必要と痛感している。本田氏の書かれた本書は60代の人間がなすべきことを網羅したが、後味の残らない無味無臭の本となっているのが残念だ。



[IS-REC] 佐藤優著「読書の技法」は「勉強の技法」




      「週刊東洋経済」連載、佐藤優の「知の技法・出世の作法」はいつも読み応えがある内容で、そのためだけにこの週刊誌を手に取り購入することも多い。
    本書「読書の技法」は昨年8月に第一版が出て以来、短期間にベストセラーの一冊となっているらしい。しかし本書を読み始め、難しげで明らかに自分の関心事とはかけ離れた多数の本の引用あり、小生すぐに拒否反応を起こしてしまった。挿し絵にある彼の書棚や書斎の写真も元々住む世界の違う天才肌の人間を映したにすぎない嫌らしさを感じた。

にもかかわらず読み進む

にもかかわらず、結果的にはまさにこの本で示される読書法を無意識に実践して目次やあとがきに目を通した。そして改めて身を構えなおし最初の部分、すなわち彼の生い立ちから現在の多読と速読の方を体得するに至る部分を読んだ。
    内容的には第一に、速読・超速読はなんといっても背景となる基礎知識の有無がその前提であるという当然至極の理が示される。第二に、速読・超速読は後で参照する必要が生じたときのインデックス作りであることと断っている。第三に、読書により自分が消化して自分の言葉や知識に血肉化するには時間をかけ、熟読し、メモノートを作る作業をしてはじめて可能となること(しかもその数ヶ月後に!!)と述べている。
    これらの記述は体験的に書かれ、非常に説得力がある。勿論単なるハウ・ツー本でないことは確かだ。
    小生に最も役立ったのは本のタイトルにある「読書の技法」ではない。「大人のための勉強技法」である。基礎知識、自分に不足する基礎学力をつけるために高校までの教科書やその参考書がベストという指摘、その内容を具体的に例証した記述もとても参考となった。
    確かにわからないところがあれば辞書を引くように、中学・高校の学生向け教科書や参考書に戻ると簡潔でわかりやすい納得ゆく記述に行き着くことが出来る。特に政治・経済・社会に関して巷にあふれる情報を的確に理解するには、自分の信ずる何らかの道しるべと、基礎知識・基礎学力(知的体力)が欠かせない。本書は、やはりそういった体力を養う「勉強の技法」を伝授する指南書として光っている。

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