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2025年7月21日月曜日

[IS-REC/ISSUES]~老熟~

 ●黒井千次「老い」のエッセイ



 2005年から読売新聞に連載された黒井千次の「老い」に関するエッセイ集、第3冊目に当たる「老いのゆくえ」(中公新書)が柄谷行人の書評で某新聞に掲載された.興味をそそられて早速本書を購入した.「老いのゆくえ」は80代半ばの黒井が、「老い」のさまざまを自身の体験をもとに綴っている.このエッセイ集シリーズ第1冊目は著者70代半ばのものである.自分の年齢に近い記述を期待してこのエッセイ集「老いのかたち」も合わせて購入した.著者の「老い」の歴史的・哲学的考察はさておいて、印象に残った言葉は今風の「老い」を遠ざける健康志向や抗老化思考の対極にある「老熟」という言葉である.生物的年齢に則して高齢者の社会的役割や所為、立ち位置が変わり、昔であれば隠居、近代であれば「定年」がやって来る.こういった時期には社会の一線から離れ、慎ましくも時間的ゆとりを得て小旅行や散策、釣りなど趣味三昧の生活か、孫と戯れる生活である.「老い」の連作で描かれるさまざまな身体・認知能力の低下があっても、時間的・経済的ゆとりがあればその一つ一つを自他ともに受け入れながら「老い」を迎える事が出来るだろう.それが「老熟」である.


●「時の記念日」セイコウの時間意識調査

 6月10日の時の記念日に合わせて時計のセイコウが時間意識調査を毎年行っている(セイコウ時間白書2024、https://www.seiko.co.jp/csr/stda/archive/2024/detail.html).現代人の多くは「タイパは社会に定着」し、「行動はタイパを意識し、無駄な時間を過ごしたくない」と考えている結果である.無論「コスパ」も大切である.「時間が制限された方ががんばれる」「スマホなしで考えるのは5分以内、考えるより検索」で、まさにいつのまにか自分自身もそういった時間感覚に毒されているのに気づく.この調査結果は若い世代ほど高い割合であるが、その一つ一つの数値をみると世代差によらず総じて高い傾向であった.


●タイパ・コスパとエイジレスを求めれる医療・介護職

 人口減少と少子高齢化で地域のスーパーや飲食業、公共交通機関などが立ち行かなくなり地域社会の機能縮少が進んでいる.青壮年労働人口が減って社会を支える労働者不足も深刻である.医療・介護の現場も例外ではなく、利用者(患者)の減少に加えて医師・看護師・介護職の欠員・減少から県内医療・介護施設の倒産や大幅赤字が報じられている.一方、医師一人の充足で経営が改善した公的医療機関の例も報道されている.現状、高齢者を対象とする医療・介護現場ではその担い手である医師・看護師・介護職というエッセッシャルワーカーが確保される限り当面の経営は成り立っている.しかし医療・介護現場の人手不足で職員は仕事上のタイパ・コスパを求められ、特に高齢化した職員も年齢にお構いないエイジレスな役割を求められている.この心身の負担は大きい.結果は利用者である患者にも大きく影響している.施設での経管栄養は1日2回で回されている.必要栄養量や水分量補給を考えると、回数・量とも1日2回は非生理的であり、1回量が多くなった結果、誤嚥リスクも増大する.しかし対応する職員数が限られ、解決策は今のところ見当たらないようである.


●老熟への夢想

 医者となってずっと時間的に目一杯な生活を送り、それは以前ほどではないが今も続いている.結果として家庭での役割を十分果たせず、家族にも負担を強いてきた.“定年となり、仕事が一段落したら、またドイツ・オーストリアをゆっくりバスや電車で回ろう”、“行ったことのない国内各地も旅行したいな”、“以前は自宅で犬を飼っていた.今度は少し大型犬を飼って毎日散歩したいな”、などと妻と話したり想像したりする.しかし未だその実現の目処は立っていない.そしてその目処が立たないうちに、ある日気づいてみると心身ままならない、“要介護老人・寝たきり老人”となっている自分がこわい.毎日そういったたくさんの実例をみながら、老熟の心境とささやかな夢の実現を夢想している.

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付記:

1.引用した黒井千次「老い」シリース第3冊目「老いのゆくえ」のあと、4冊目に当たる「老いの深み」(2024年5月刊)が出版されている.

2.本稿は2025年7月15日、由利本荘医師会報NO.613号記事『銷夏随想』に掲載した




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2025年1月1日水曜日

[IS-REC/ISSUES]~認知症が気になる・・

 ●親友K君が認知症専門書を出版

 親友K君はほぼ毎日のように診察室や往診先での出来事をエッセイ風にフェイスブック(Fb)にまとめている。日常臨床を手抜きなく行い、また新医協代表という要職に着きながら、まさに超人的に仕事をこなしているようだ。外来や往診で見聞きしたり体験したことを個人情報に注意しながら書き続けるのは、自身の経験からも容易ではない。まだこの本が手元にないのは残念だが、そういった苦労の結晶が、この認知症に関した一冊である。

今田隆一 (著), 阿部育実 (著), 𠮷田真理 (著)『認知症が気になるあなたへ──診察室から見たその備え』(新日本出版社、2024/11/23)

アマゾンの紹介記事には、「第一線の医師、看護師、社会福祉士が、病気の原因や特徴をふまえ、治療とケアのあり方、予防を解説します。・・事例も豊富で役立つ制度のガイドもあります。」とある。この本を手に取るのが楽しみだ。

●身近な認知症患者さんとリハビリ

 私自身も認知症のある高齢患者さんを入院や外来で毎日診察する。それは当初、認知症以外の身体疾患が原因でリハビリ科に関わった患者さん達である。そういった患者さん故からか、時に話を聞いていて、認知機能低下からくる話の堂々巡りについ声を荒らげてしまうことがある。またリハビリを通じて一定の信頼関係ができると、担当医を聞き役に止め処なく話を続け、時間に追われる身をイライラさせることもある。認知症の陰性症状や逆に陽性症状が強くなるともう対応が困難だ。認知症自体に対するリハビリは発症の早い時期であれば認知機能を改善させるさまざまな方法もある。一見関係がなさそうな身体的動作訓練やADL訓練が症状改善に有効とされる。精神科リハビリでよく行われるロールプレイを含む生活機能訓練も有効である。日常生活や職場での認知機能低下を補う手段として、記憶ノートやアラーム設定できるスマホの活用、生活場所に必要情報を張り出すなど、さまざまな補助的手段の導入を提案することもある。

●認知症になった夢

 認知症は一定水準以下の記憶検査成績や、日常の記憶力低下、物忘れの自覚だけで診断はできない。記憶であれば食事などの日常イベントそのものを忘れる場合である。そういった自身の経験はないが、ある日、学会発表のために首にネクタイを巻こうとして何度やってもうまく巻けずに焦る自分の夢をみてしまった。そして、“これは認知症の症状だ”と確信し暗然とする夢だ。認知症になった自分が夢に出るのは、やはり認知症になる自分が恐いのだ。

●認知症リスクと私の認知症対策

 最近の新聞記事(2024/11/20付け朝日新聞アピタル「認知症に14のリスク要因」)には、英国医学雑誌専門委の報告を引用して、”(14)すべてのリスクを取り除けば(認知症は)45%予防可能“と書いている。その14のリスクとは若齢期から中年期、高齢期と人生の時期により異なっている。若齢期の教育の不足、中年期の様々な生活習慣やそれに起因する罹病、高齢期の社会的孤立や大気汚染、未治療の視力低下が項目として挙げられている。それぞれ項目の重みは異なるが、多少認知症診療に関わる者として、また高齢期にある自身の体験としてこの14リスクは宜(むべ)なるかなである。特に自身の問題として気になのは情報の窓口、感覚器の機能低下である。視力低下や聴力低下(難聴)がそれで、特に最近進んできた緑内障による視力低下を気にしている。視力が低下すると、患者さんの顔など仕事で遭遇する他人の印象(顔の認知)を1回でできなくなる。さらに書類を読む折、その書面全体を一塊で短時間把握することができない、などの影響がある。また生活上の自覚はなかったが、職場健診で聴力低下を指摘され唖然とした。聴力低下には思い当たることがあった。長時間イヤホンを利用することだ。ウォーキングや交通移動時にイヤホンを常用する。調べると、“イヤホン難聴”という言葉があり、その対策としてイヤホン利用は1時間を限度、ノイズキャンセリングイヤホンを使用することとしている。そしてイヤホン使用に限らず環境音の音量を含め、身近なは音のレベルは60db程度までで70dbを超えないように注意している。認知症リスクの多くは若齢期から中年期の成育や生活環境に関わっており、現在まさに高齢期にある自分にできる認知症対策は限られている。新聞記事にあるように、しっかり持病や生活習慣病の管理をし、加えて“脳へのダメージ”を減らし、身体運動で体も脳も鍛え続けることが肝要である。また認知症リハビリで有効性が高い、記憶力低下の積極的代償手段(スマホやスマートウオッチのメモ機能やアラーム機能)導入で同僚や患者さんに迷惑をかけずスムーズに日常業務をこなすことも職業人として必要だと思っている。

(本稿は2025年1月、由利本荘医師会報NO.607(202501号)『新春随想』に掲載した)


2018年9月2日日曜日

[IS-REC/MyLIFELOG]■2018年09月02日(日)晴れ

池井戸潤著『下町ロケット』を聴き続ける

昨夜は今朝方まで、audible.comからダウンロードした池井戸潤著『下町ロケット』(写真1)を聴いていた。午前6時半過ぎ、寝不足のためすっきりしない頭で起床。今日は久し振りに天気が良く、眠気覚ましに玄関先に出ると、ここ数日雨降りで花の開かなかったアサガオが一斉に咲き出している(写真2)。いつも定番の朝食を取り(写真3)、一息ついてから涼しいうちに散歩に出る。

写真1

写真2

写真3







午前、涼しいうちのウォーキング

コースは本荘大堤から水林運動公園、国道7号線を渡り本荘大橋の下をくぐって子吉川沿いに駅方向に向かうコース約7.3km、1時間24分(組写真4)。ウォーキング中も『下町ロケット』を聴き続ける。帰宅後も昼食を挟んでこれを聴き続けて午後3時過ぎにようやく11時間余りのオーディオ小説を聴き終えた。池井戸の作品は前もっての取材がしっかりしている上に、難解さのない耳に届きやすい文章であり、いつも最後まで飽きさせる事はない。
写真4

夕食はサンマの初物

夕食は午後6時。今年根室沖の海水温が低くサンマが豊漁との事とで今年の初サンマをいただく(写真)。

2018年8月7日火曜日

[IS-REC/BOOKs]広井良典『持続可能な医療』(ちくま新書」を読む

“超高齢化”の現状とその意味

人口減少と高齢化で医療・介護・福祉すべてが危機に瀕している。医療の現場は治療効果が余り期待できない多病を抱えた超高齢者が戻る先も覚束ない状態で入院し、ベットを埋めている。週刊医学界新聞第3284号(2018/08月)の『連載:高齢者の「風邪」の診かた(8)』で高齢者の急性感染症の実際的治療指針が解説される。その中で、高齢者感染症の落とし所として、標準治療から“治療しない(緩和治療)”まで選択があり、“元々ADLに問題なく認知症もなければ基本的に標準治療をめざす”、“それ以外の場合は個々の患者の病態やそれまでの生活背景から落とし所を考えた方針を立てる”としている。超高齢者で、ADLに問題あり認知症もあるケースが大半を占める我々のようなリハビリ病院では、しばしば入院前後に起こる急性合併症治療のあり方をなかなかこうはっきりとは割り切れない想いである。

広井良典『持続可能な医療』

さて、広井良典先生の標題の本を先週末からかけてようやく読み終わった。“人口構造の超高齢化は母数となる子供や現役世代の減少の裏返しであり、超寿命の結果ではない”。米国の医学医療への財政配分を例にとりながら、“現状、日本では医学研究費も医療費にもあまり金をかけず、国民の寿命延伸に成功している。米国のように医療技術革新に大きな予算を配分しても、今後はその費用対効果は慢性疾患や老人退行性疾患が圧倒的に多い現状で著しく低下せざるを得ない”と医療費の配分は基礎的医学研究よりもますます高齢者介護や福祉に回されていくだろうと予測している。

「持続可能な医療」を指向する

「持続可能な医療」を指向する上でそれは「持続可能な社会」とも共通する。それには米国の大量生産・大量消費そして大量廃棄という生活スタイルからの脱却が必要であり、「持続可能な医療」にあっても必ずしも医療費の規模縮小の問題ではないとしている。また有限な社会保障費・医療費の使われ方として、その是正が様々な点で必要であると述べる。社会保障費の規模は全世界的には小さい部類なのに高齢者関係支出(年金)の規模が非常に大きいこと、あるいは歴史的・政治的背景があって、日本では病院より診療所に医療費配分が傾斜し過ぎており、これを是正する必要があること。医療・介護・福祉全般では陽の当たらない周辺部分に配分を厚くすることが求められていること、などなど。また社会保障全体の問題として、各人が人生の初めにおいて“共通のスタートライン”に立てるという状況が大きく崩れている事が問題だと指摘している。一方、高齢者の孤立の問題とも関係して、コミュニティーの再構築、一言で言えば“共助”を地域コミュニティーに再構築する重要性を説く。本書を通読しておおまかにその主張をまとめると、その内容は現状の社会保障や医療政策の批判的検討というよりは、個々の考え方(“超高齢化”という人口構造のとらえ方、ポジティブ思考、死生観など)のパラダイムシフトを促す内容に重点を置いており、問題の難しさ解決の道筋、方向性を一定示してはいるが、その多くを個の責任に帰された感じが強い印象を受けてしまった。

2018年7月16日月曜日

[IS-REC/MyLIFELOG]“頭位眩暈"その後

“激しい運動は控えるべき”?!

7月11日水曜日、自己診断だが、“良性発作性眩暈症”を朝の運動直後に経験し、しばらく“激しい運動は控えるべき”と判断した。但し、“良性発作性眩暈症”が正しい診断とすれば、その原因は必ずしも運動とは関係がないはずであり、またこの疾患の治療手技で結構激しい頭位変換をするぐらいだから運動を控えるべき根拠は特にないようにも思われた(私の勉強不足かも・・)。ただ同じ事を繰り返せば職場の迷惑にもなるので週末連休まで運動はストップとした。

もっぱらaudible.com

体調は悪くないので、この間、TV番組を観たり、読みかけの本を読んだり、またもっぱらaudible.comを寝ころんで聴いたりして過ごした。facebookも何となくお休みとなった。audible.comは、長編小説2冊を続けて読んだ。

一つは小川洋子著『やさしい訴え』。著者の読者を引きつけて離さない文章力には感心させられるが、この本では初めてチェンバロという楽器の魅力を教えられた。
もう一つは角田光代著『坂の途中の家』。角田光代の本は初めてだったが、この小説のメインテーマでもあるのだろうが、主人公の心理描写のすごさにただただ感心させられた。

2018年7月1日日曜日

[IS-REC/MyLIFELOG]■2018年07月01日(日)晴れ

山本一力著『だいこん』を聴き続け

audible.comからダウンロードした時代小説、山本一力著『だいこん』(写真)をここ数日前から聴き続けていた。夢中になると、いつものスケジュールそっちのけで聴きいってしまう。このaudible.comプログラムを聴くように夢中にならないと、仕事でも読書でも、なかなか終わらないし最後までやり通すことができず、中途半端になることが多い。だからほかの予定そっちのけで、気に入ったaudible.comプログラムを聴くのも悪くはないと思っている。29日[金]はこの影響でトレッドミルもブログも休業した。土曜日はトレッドミル途中で電話が入り、運動を中断させられたこともあって、もっぱらaudibleを聴いて終日過ごし、この日もブログ休業となった。

audibleを聴きながらの屋外散歩

本日は久し振りによい天気となった。朝食後(写真)
一休みした午前中から、audibleを聴きながらの屋外散歩に出かけた。山本一力著『だいこん』は田沼時代頃の江戸を舞台にした幼くして飯炊きの腕と商才をみせる娘「おきく」の商売繁盛記。極貧の幼少の頃、飯屋「だいこん」を起こしてからの大江戸大火罹災など、様々な困難を乗り越えていく様子が著者の確かな時代考証を元に繰り広げられる。audible.com全てで14時間半の長編大作である。




今日のウォーキング(写真コース)は、本荘大堤から本荘高校裏の野球場脇、水林運動公園、国道7号線を横切って、子吉川沿いに歩き、由利橋を渡り、芋川橋、105号線から東バイパス、さらに108号線から踏み切りを超えて自宅に戻る、約12kmのコース(途中景色組み写真)。東バイパス通りで靴屋に寄り、ウォーキングとランニングを兼ねた運動シューズを買った。昨年購入し現在使用中のシューズはサイズを誤って小さく、足先が痛くなるからだ。audible.comの『だいこん』をこのウォーキング中にやっと聴き終えた。帰宅後、簡単な昼食をすませてシャワーを浴びたら居眠り。夕方、雑用を済ませて午後6時から夕食。今日は“信州そば”とアジのマリネ(写真)である。
さまざま仕事上の宿題もあるが、『だいこん』をやっと聴き終えたので今度は仕事に注力する予定である。

2018年6月25日月曜日

[IS-REC/BOOKs]津川友介著『世界一・・究極の食事』(東洋経済)

津川友介著『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』を読了した。

本書はこれまで読んできた健康関連の食品や食事、サプリなどの情報に比べて最も確からしい情報を提供する本である。すなわち、著者の専門である医療情報学・情報経済学・公衆衛生学の知識とスキルをベースとして、最新のEBMに基づいた情報を、“世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事”として紹介している。その引用文献もすべて巻末に網羅しており、内容的になかなか反論や異論を挟む余地を許さない、与えない内容となっている。巻頭の「はじめに」「謝辞」「本書の読み方」で、食事・食品に関する健康情報の正当性について指摘がある。“医師や栄養士が言う情報だから”、“国が示すガイドラインだから”、などの理由でも正しいとは限らないと述べる。また普段、信頼に足りる疫学的治験を様々提供している東北大公衆衛生学の辻一郎教授はじめこの分野の日本の泰斗のチェックを受けており学術的価値も高い書籍となっている。

健康に良いかどうかで食品を5つのグループに分類

本書では、健康に良いかどうかで食品を5つのグループに分類する。グループ1は「健康に良いということが複数の信頼できる研究で報告されている食品」で、更にエビデンスレベルに従って、グループ5「健康に悪いことが複数の信頼できる研究で報告されている食品」まで5段階に分類されている。

ダークチョコ・コーヒー・納豆・ヨーグルト・酢・豆乳・お茶は「ひょっとしたら健康に良いかも食品」

私がこれまで各種健康情報で良いと信じて摂ることが多い、ダークチョコ・コーヒー・納豆・ヨーグルト・酢・豆乳・お茶は、グループ2に入っている。グループ2とは、「ひょっとしたら健康に良いかもしれない食品」で、「少数の研究で健康によい可能性が示唆されている」グループである。

魚・玄米(十割蕎麦)・オリーブオイル・

ナッツ類

グループ1の食品例としては、魚・野菜と果物・茶色い炭水化物・オリーブオイル・ナッツ類、が記載される。果物をはじめ、できるだけ加工せずに丸ごと食べるのがベスト。加工ジュースはたとえそれが野菜ジュースであってもバツとなる。ちなみに私はある医学情報から1日複数個以上の卵を摂るのが認知症予防やサルコペニア予防に良いと信じていた。しかし本書では1日複数個の卵摂取で糖尿病発症リスクが42%高く、また特に糖尿病患者では心筋梗塞や脳卒中発症リスクが69%高くなると指摘しており大いにショックを受けた。


個人の運動量や健康的取り組みにも関連

ただ、本書を読む上で留意しなければならない点は、「白い炭水化物」が糖尿病やガンのリスクを上げるのは疫学的事実、しかし“普段激しい運動をする場合(個人)にはこういった事実はない“とも書かれており、一般的に受け入れるべき事実と別に、運動やその他の健康的取り組み次第で例外となる場合もあることを知っておくと、あまり厳密過ぎる“エビデンス”に振り回されずに済むのではないだろうか?

2018年5月29日火曜日

[IS-REC/MyLIFELOG]■2018年05月29日(火)晴

昨日と同じペースのきついランニング実行できた!

梅雨前の好天が続いている。今日も気持ちよい目覚めで、早朝トレッドミル(写真)・ランニング実行。昨日と同じペースのきついペースだが、記録に使用している“polar flow”で“テンポトレーニング”と評され、HRを一定枠内に収めた効率よい走りとなった。運動時間54分、平均速度9.05kmh、運動距離8.15km、平均HR125bpm、消費カロリー419kcal(グラフ)。
昨日より平均HRと消費カロリーを上げずに同じ距離を走っている。汗を流した後の朝食は鯛の刺身がメインディッシュとなる(写真)。蒸し野菜・パセリ入り玉子焼きとミズ、アンキモタレの納豆、玄米食と味噌汁はいつも通り。今日の屋外は暑さを感じる程で、出張先のリハセンも日差しがまぶしい(写真)。

外来では、「田植えが厳しくやせたー」とTさん。歳を取る程、農作業は厳しいのだろう。湯沢から通院するWさんは、自慢のダルマアジサイの写真を大きな印画紙に焼いて持ってきた(写真)。
日常生活に根ざした会話をしながら診療を進められるのは、診察時間にゆとりがあるからだ。週1度はこのような外来があっていいとつくづく思う。午後、胃瘻造設1件。由利本荘の自宅に戻り、ここ数日手にとっている、牧田善二著「医者が教える食事術 最強の教科書」を引き続き読む。私の今の食事療法はまさに彼も唱する“ローカーボ食”であり、この最新の本でも反省したり教えられたりすることが多い。午後6時に夕食。夕食はアジのマリネ、ほか。夕食は主食を抜いて、代わりに大豆を入れたセオリー通りのメニュー(写真)
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2018年4月25日水曜日

[IS-REC/BOOK]私の読書録から:平岩幹男著 『自閉症・発達障害を疑われた時・疑った時』(合同出版)

その後の人生の「生活の質」を上げるために

小児の発達障害や自閉症の評価やトレーニング、経過観察を診る機会が多くなった。リハビリスタッフSTのMさんが以前から小児の発達障害、特に言語発育遅滞を長年扱っていた関係で秋田県内でも少ない小児の発達障害を評価・訓練してもらえる施設を求めて、由利本荘・にかほ地区に限らず、秋田市内からもしばしば患者さんが紹介されてくる。私が赴任する以前は直接紹介元の医師からSTのMさん宛に紹介状が来ていたようだが原則、医師が最初に診察し、医師の診察と指示の元に評価訓練が開始されなければならないため、赴任した直後からその役目が私に廻ってきた次第である。

紹介状があればその紹介状に基づいて簡単な診察を行ない、診断名を入れて指示を出すのだが、自治体の3歳児・5歳児検診の結果、担当した保健師から紹介されるケースも多い。そのような関係で、急遽、小児の機能性言語障害や発育遅滞・自閉症などを勉強することとなった。
最初に読んだ、一般向けに書かれた中川信子著『発達障害とことばの相談』(小学館101新書)はその入門書として、またそういった子供のアウトラインを知る上でとても役に立ったが、医師、特にリハ医の立場からはやや物足りなさがあった。上京した折など大型書店でそういった類の本を物色し、これぞと思ったのが本書である。著書の平岩先生も多くの子供やその親たちと関わる中で自分なりの発達障害関連の対処法を会得していったと述べており、十分な体験に裏付けられて書かれた本である。“ただ愛情を持って接すれば良い”ではなく、具体的に出来る方法・技術として、“ライフ・スキル・トレーニング(LST)”を実践すること、これは問題を抱えていない子供にも応用可能である、としてその具体を書いている。そして“発達とは”から始まり、“LST”、“運動発達”、“言語発達”、“日常生活”、“発達障害の医療的・療育的対応”と小児のリハ医療に沿った話の展開があり、療育から就学の問題、就学後の問題と章立てを進めている。また本書の中でも、診察医が疾病や障害を十分理解できない時に用いる、“経過観察・様子見”の方針は何もしないことと同じと、そういった態度を厳に戒めている。一般の方々にはやや難しく感ずる所もあるがこういったケースを扱う小児科医やリハ医には優れた教科書である。


2015年11月9日月曜日

[IS-REC/BOOK]高橋幸枝『小さなことの積み重ね』(マガジンハウス2015年9月 )~元気な超高齢者の生き方から学ぶこと~

独り暮らしする98歳の現役医師

本書の著者、高橋幸枝さんは、独り暮らしする98歳の現役医師(精神科)。私は以前から健康長寿やアンチ・エイジングに関心を持ってさまざま本を読んできた。

しかし私が知っている長寿やアンチ・エイジングの知識は、超高齢者で障害のため寝たきりで、多かれ少なかれ認知症も併発している患者さん、フレイルを診る上で余り役立ってはいない。

フレイルを如何に元の生活、あるいはそれに近い生活に戻すか、その多くは介護・ケアの問題ではある。と同時に、超高齢者の考え方、生き方を知ってリハビリに対する意欲・動機付けができれば多少なりとも機能回復が図れるのではないか、そんな仕事の悩みを解決したいという思いで本書を読んだ。

「たまたま丈夫で長生きしただけ、秘訣はない」

本書の著者は頭を明晰に保ち、記憶力を保つために、日常生活の中で様々な出来事を思い出すようにしている。また80歳で絵を描くことを覚え、その楽しみを知った。「新しいことを学ぶことは人生の視野を広げてくれる」 そのように述べる一方で、「たまたま長生きで、その秘訣はありません」とも書いている。

毎日、階段の上り下り、食事はいつも腹八分目、よく噛むこと

3階の部屋に住み、エレベーターなく毎日階段の上り下りをしている。80代で歯のインプラントをやり、好きなものをしっかり噛んで食べる。食物で必ず食べるものはなく、唯一決めているのは、食べすぎないこと。また80歳過ぎて晩酌を楽しみとするようになり、日本酒を冷やで1日150ccほど飲んでいる。

昔とあまり変わらない生活をする、毎日規則正しい生活をする

週一回の精神科外来担当を現役で続け、その生活パターンはずっと変わらない。設定43度とした熱いお風呂が好きで、部屋も「常夏の国」のようにしている。世間の常識にとらわれずあくまでもマイペースである。

92歳で骨折、どうしても家に帰りたいという執念

92歳の時、自宅内で転倒し大腿骨を骨折。接合術を受けてリハビリ。“筋肉は92歳のものではない(ほど若い)”という主治医の言葉が励ましになった。骨折後も家をバリアフリーとせず、自分が十分注意することが肝心だという。

体の衰え、人とのコミュニケーション


体の衰えを自覚するが、「まだまだやればできる」と思うことが大切で、独り暮らしで必要に迫られれば98歳でもなんでもやるという。また、「頑張りすぎはいけないが、億劫で誰かに頼もうと、いったん他に依存してしまうとキリなく自分が崩れていく」 とも述べる。同世代が身近におらず、人と話すのは億劫だが、心の健康のために日々誰かと話すことを心がけ、どうしても話すのが億劫だったら何かを書くことにしている。

“脆弱老人、フレイル”にかける言葉とアクションは?


私の場合、患者が入院してくると、意欲やうつに関するスケールでテストする。多くの患者は前向きに返答するが、その病前生活自体が家に閉じこもりがちで、家庭内の役割もなくなり、生きがいを失ってみえることが多い。その彼らにかける言葉と依頼するリハビリ内容を吟味しながら治療を開始する。
本書を読んで、そのような時に共通して役立つ“何か”は必ずしも得られなかった。

病気・怪我の治療を終えて“リハビリ依頼”でやってくる患者すべてにトコロテン式にリハビリは強要できない。言葉一つで意欲や動機付けに成功するはずもない。体や心の衰えは人それぞれ。しかし判断力が保たれる限り、他人に迷惑かけない最期を迎えるため、自身の身の始末、心や身の回りの整理整頓ができるように今一度頑張ってもらおう、また時間の許す範囲で良い話し相手(主に聞き手)となってあげよう、本書から私へのメッセージはそんな辺りだろうか?

2015年1月29日木曜日

[IS-REC/BOOK]佐藤 優著『ズルサ』のすすめ(青春出版社)を“父が子に与えたい人生の処世術"として読む

現場で働き出した息子の悩みに・・
 
  

    息子が企業に就職、半年間研修後に現場で働きだしている。仕事に必要な資格取得に加えて、職場や顧客との人間関係でやはり相当ストレスがあるらしい。

定年間近な自分の場合、医者という職業柄や当時の時代状況を反映して、そういった問題であまり悩むことはなかった。というより齢を重ね、自分をより客観的に振り返えるようになると、当時は周囲におだてあげられて相当傲慢、顰蹙を買っていたのではと思わず赤面してまう。今の自分はこの歳にしてようやく謙虚、また対人関係、決め事、事の判断や決断をそれなり上手にこなすようになったと自負する。そして今を悩む息子や、親子ほど歳の離れた職場の同僚が様々な問題に当たり悩んでいる時、一言二言声をかけ、アドバイスしたい気になる。そうとは言え、今の世の中は意外にコミュニケーションする場や時間がないもの。

そんな想いの中で、佐藤 優の本書を手にとり通読、著者の主張に強く共感した次第。そして、自分と直接コミュニケーションする機会のない息子や若い人たちにも是非本書を読んでもらい、処世の術として本書に書かれた事を“代理経験”し、身につけて欲しいと感じ、紹介することとした。

正攻法でないところもあるが・・

     S.Covyの『7つの習慣』は職業人として家庭や職場でのあり方を正攻法で説く名著。教えられるところも多い。一方、佐藤 優の本書は外務省勤務からロシア外交官となり、政争に巻き込まれ、訴追・収監されるという彼自身のドラマチックな経歴、経験をもとに職場や現場での様々な想い、処世術を綴る。そのため、他から卑怯といわれそうな正攻法ではない決断、決定の先のばし、対処法も含んだ内容となる。「いかに負けるか」などは自然と対峙したり人知の計り知れない事の多さを知るほど「勝つこと一辺倒」のもろさを教えてくれる。

何を直視しするか? 疑似問題とは? 直感力を鍛えるには?


    事の困難さや恐怖などで解決すべき問題から目をそらす事は多い。そういったイヤな問題こそ直視する。またマスコミの宣伝に踊らされたり、本質的ではない“疑似問題”(問題設定自体に誤りを含む)に無用な時間を費やす愚を犯す事が多い。孤独となって自分を見据える時間が「賢者の時間」である。論理や理屈でない直感力を持つ。「賢者の時間」は、人を成功に導くその直感力を鍛えてくれる。

失言の二種類

   無知は失言を生む。もう一つは偏見からの失言。偏見は自分以外を理解しようとしない、相手の痛みを理解しない故に“失言を失言と理解しない怖さ”がある。結局は教養が失言をなくする。

相手の立場への理解

   相互信頼醸成の約束履行、相手の時間を奪わない配慮、など相手の立場に立った行動を念頭に置く事が大切。約束を超えた信頼を築ける品性や日常不断の行動が大切。

恩は忘れず、復讐は神に任せる

   人から受けた恩や思いやりは忘れがち。人から受けた傷は“倍返し”ではなく、その仇は“神に任せる”

経験知がさまざまな共通認識につながっている

   社会が複雑化し、また多くの解決困難な課題を抱える現代社会で若い社会経験の少ない者が生きてゆく辛さは、我々熟年者が想像する以上でなかろうか。本書は国際関係でのやりとりなども取り混ぜながら最後まで興味深く読ませてくれる、単なるハウツーものではない強みのある一冊となっている。また職業やキァリアのまったく異なる自分が著者の主張と共通した処世の術を感じるのは経験知のなせる技なのか? 若い方に一読を勧めたい。

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2015年1月24日土曜日

[IS-REC/BOOK]大澤真幸著『不可能性の時代』(岩波新書、2008年)を読む

戦後70年を社会思想的にどう区分するか、そのヒントを提供

      昨年暮れ、12月20日放送のNHK文化講演会で大澤真幸氏の講演をはじめて聴いた。タイトルは『ふたつの東京オリンピック~理想の時代から不可能性の時代へ』。    この講演では過去(1964年)と未来(2020年)、二つの東京オリンピックが日本社会、日本の人々にどう映ったかを比較する。その目的は彼が主張する戦後から現在までの時代を「理想の時代」、「虚構の時代」、「不可能性の時代」に3区分して考える合理性を訴えることだった。地球的規模で起こる自然災害や人災、世界・日本という国のレベルで生じている解決困難な政治・社会問題が山積し、その解決の糸口を見出せず不安一杯の現代。この現代社会を今日的にどうとらえたら良いか、それを知る何らかの道しるべが欲しかった。この講演はその道しるべとなる何かを語っていた。そして著者の主張を詳しく知りたい欲求にかられ、本書『不可能性の時代』(岩波新書、2008年)を手にとった。

「理想の時代」の「1964年東京オリンピック」に対して、現在の「不可能性の時代」がむかえる「2020年東京オリンピック」

    二つの東京オリンピックを素材とした講演では、「1964年東京オリンピック」はその後の高度成長期前哨に当たる時期開催で新幹線開通などに象徴される夢あふれ、人や社会にとって理想が明確な時でり、著者はこの時期を「理想の時代」と呼んだ。一方これから待ち受ける「2020年東京オリンピック」は開催決定まで招致反対世論が多く、また招致決定後も決して関心が高いとはいえず、開催に反対ではないが積極賛成でもないという雰囲気で、今も全体醒めた印象はぬぐえないという。そしてこの二つのオリンピックへの眼差しから、現在を「不可能性の時代」と呼び、戦後「理想の時代」から現在に至る日本社会の過去・現在・未来を俯瞰している。

本書『不可能性の時代』で語られたこと

    戦後70年に当たる現在について、さまざまな視点からマスコミが取り上げている。しかし本書「序」でも触れるが、この“戦後”という時代区分、言葉が未だ活きているのは日本のみである。そこには“先の大戦”をきちんと総括してこなかったツケが色濃く影響しているのは間違いない。本書の著者は敗戦という戦前・戦後の大きな断絶がこの日本では実際のところ精神史的に連続したものとなっていると述べ、柳田國男や小林正樹の述懐を引用している。戦後すぐから1970年頃までが「理想の時代」である。「理想の時代」では敵国であったアメリカを手本とし、またその価値基準についても第三者アメリカを審級とする時代である(これは今もあまり変わっていないように思える)。

    国民全体は貧しくとも映画「ALWAYS三丁目の夕日」に表現されたように明日を信じ、理想めざす人々であふれていた。1970年前後に安保改定や高度成長の終焉があり、「理想の時代」は終わる。次いで1970年以降の「虚構の時代」である。なぜ「虚構の時代」なのか? 著者は社会風俗や様々な少年の起こした猟奇事件、オウム真理教事件、「オタク」現象などを引用しながら時代の「虚構性」立証を試みる。

「虚構の時代」から「不可能性の時代」へ

    「虚構の時代」の終わりは1995年地下鉄サリン事件に象徴される。その後は現実への回帰と、逆に反現実への耽溺という全く相反する方向に分裂する。そして現在の「不可能性の時代」へと移行する。この「不可能性の時代」は「リスク社会」でもある。「リスク社会」は環境問題やテロなどの社会的レベルから家族崩壊・失業・貧困といった個人的レベルまでさまざまなリスクにとりつかれた社会である。その課題やリスク解決に先は見えていない。というよりそういった課題解決は不可能にみえる時代なのだ。著者はこのあたりの例証をさまざま試みる。しかし発刊2008年当時のレベルでは論点整理が不十分だったのか、正直なところ私には難解すぎてその説明についていけなかった。

    著者12月の講演は分かりやすかった。この戦後すぐから現在に至る時代区分はなかなか魅力的である。是非その社会思想史的背景をもう一度わかりやすく次作の形で解説・発表してもらいたいものだ。

2015年1月17日土曜日

[IS-REC/BOOK]苧阪満里子著『もの忘れの脳科学(ブルーバックス)』・・やはり、もの忘れが気になり出して読みました

“もの忘れ”には“ワーキングメモリー”が関係していました

   私も多少は記憶力に自信があった。しかし“ヒト(他人)の名前が咄嗟に出ない”、“処方するべき薬の名前が思い出せない”、“今さっき覚えた本の書名や言葉が出てこない”、などのもの忘れがここ数年目立つようになってきた。これもいわゆる加齢に伴う“良性健忘”だろうとタカをくくっていたが、“2階にモノを取りに行き、何を取りにきたのか忘れること”(本書に記載された事例)なども時々あって、本書を改めて読んでみることとした。これまで高次脳機能や認知・記憶については私自身が扱う患者さんも多く、そんな関係から一端(いっぱし)の専門家を気取って専門書をみたり関連学会参加で勉強することはあっても、最近非常に多くなった一般向けに書かれた本書の類はこれまでまったく読んだことはなかった。

  講談社ブルーバックスは医学や科学の最新知識を一流の専門家が一般向けに解説した自分の領域外の知識を学ぶには打って付けのシリーズである。本書も認知心理研究者の著者が記憶のなかでも“もの忘れ”に関わる“ワーキングメモリー”に焦点を当てて書いた良書である。用語が必ずしも十分かみ砕かれておらず、非専門家やほんとの意味で“一般の方々”にはちょっと難しい気もする。著者はおそらく、“自分の専門を語りだして自分の語り口に酔った”のではないかと思うほど。でも、ある程度の知識を背景にすると本書の語り口からその内容がとってもスムーズに頭に入ってくる。

“もの忘れ”はトレードオフ関係にある、“処理と保持”の総容量が不足して起きている

  日常のさまざまな活動をスムーズに行うためには、課題目標を達成するまでの間だけ必要な情報をすぐに検索できるように(長期記憶から取り出し)活性化しておくことが重要。“もの忘れ”とはこの総容量が加齢と共に不足して生じる(本書による)。そしてその基盤となる神経機構が1986年、バドリーが提唱した“ワーキングメモリ”モデルなのだ。本書ではより実際に則して“ワーキングメモリ”の中核となる“中央実行系”に入出力する情報の流れに沿ったサブシステムを加えて図式化して紹介している(上図2-2)。

“ワーキングメモリ”の神経基盤は脳内に広く分布するネットワーク

  “ワーキングメモリ”を測定するテストとして、本書では著者らが実際に研究やフィールド、臨床で使用しているさまざまな“スパンテスト”(代表的には“リーディングスパンテスト”)を紹介している。これは文章を読ませ、後で文章内の特定の単語(名詞)を報告させるテスト。関連のない複数の課題文を連続して行ったり、1課題ごとに数計算を行うなどの外乱を組み合わせるバリエーションが多い。研究としてはPETやfMRI(ファンクショナルMRI)で脳活性部位をモニターしながらテストを実行して“ワーキングメモリ”の神経基盤を探している。

  著者らの研究やそのほかの研究者の研究でわかったことは、“ワーキングメモリ”の鍵となる構造は前頭前野や前部帯状回などに中央実行系の基盤があり、情報口とその情報保持部分(サブシステム)は音韻同定と音韻リハーサル(音韻ループ)は左半球のブローカ野と左縁上回、視覚・空間的スケッチパッドは右半球の同等部位らしいということでまとめられている。すなわち、“ワーキングメモリ”の神経基盤は脳内に広く分布するネットワーク全体であり、加齢による全般的脳機能低下は“もの忘れ”に始まり、さらにさまざまな日常生活障害が重なってくることがよく分かる。

幼児の“心の発達”と“ワーキングメモリ”の関係がおもしろい

  本書の後半では「ワーキングメモリの発達」を取り上げている。幼児にリーディングスパンテストを行うと課題の量が増えるにつれて目標語の報告ができず、変わって目標語を含んだ“全文再生”現象が起こるという。乳幼児が言葉を覚える過程で親の言った言葉を全文まねて繰り返すことはまま経験すること。テスト課題を理解していても記憶力そのものの問題ではなく、“ワーキングメモリ”の発達自体と関連していると考えられている。興味深いのは、“ワーキングメモリ”が未発達だと目前から親が見えなくなると子は泣きだしてしまう。しかし目前から見えない場所に隠れても身近にいる親をイメージ出来るようになる(→“ワーキングメモリ”の発達)と親がいないと泣くことはなくなる。これはまさに子供の“心の発達”であり、“こころの理論”として研究が進んでいるという。

“ワーキングメモリ”は鍛えられる?

  本書最後の章は“ワーキングメモリ”強化法について触れている。さまざまな記憶術が有効なように、ちょっとした工夫で“もの忘れ”を防ぐ“ワーキングメモリ”強化術が書かれている。私も早速実践し始めている。“もの忘れ”に悩み苦しまれる方々は本書を是非一読して“ワーキングメモリ”を強化して欲しい。

2015年1月4日日曜日

[IS-REC/BOOK]矢部宏治著『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社インターナショナル)を読んで日本の戦後史を知る

「なぜ民主党・鳩山政権はかくも簡単に瓦解したのか?」この疑問が本書を知るきっかけだった

   WEB紹介記事でたまたま見かけた本書の著者、矢部宏治氏と鳩山友紀夫元首相の座談記事が本書を読むきっかけだった。 当時の鳩山首相は沖縄普天間基地移設について「最低でも沖縄県外」を主張、自民党にできない政策を実行する民主党首相として、多くの良心的国民各層からの期待も高かった。しかし、その期待むなしく、真相あいまいなままあえなく内閣は瓦解した。WEB紹介記事ではこの点も話題にして縦横に語られる。そしてこの謎を解きあかす矢部氏の本書を是非読んでみたいと思い、早速ネットで取り寄せた(後で確認したが、書店には本書が山積みされ、私が購入した本書は初版発行から2カ月弱で第5版だった。本書の反響大きく既に相当読まれているようだ)

日本の中学・高校でなぜか触れられない戦後日本現代史の謎が解ける本

  近隣諸国と友好関係を築けない日本。そこには国際的に共有できる“正しい歴史認識”が互いに持てない不幸が横たわっている。先般、韓国にてソウルの国立中央博物館を訪れた時、その近現代史から日本に併合された時期の展示がすっぽり抜けていた。戦前の日本軍国主義がもたらした不幸な歴史、“負の遺産”がここにあった。日本の中学・高校での社会や歴史教科書では戦前のこういった侵略国家日本の“負の遺産”について、それなり客観的に記述されている。しかし戦後史に到っては記述もわずかであり、また戦争放棄の“平和憲法”とは相いれないはずの全土米軍基地国家と化している日本の現状を的確に説明する記述はほとんど見かけない。

戦後70年の節目、様々不都合な事実に向き合う必要に迫られる日本

  矢部の本書では、日本の外国軍「基地」をなくし、また今の科学では制御できない危険な「原発」をどうして止められないのか、日本の敗戦前後に逆上り、様々な歴史的検証を加えて説明を試みている。現在の日本が未だ事実上、米国の従属国家ないし属国となっていること、そういった2国間関係を敗戦直後、天皇制存続や共産主義革命阻止と引き換えに日本から提案する形で積極的に受け入れてきた事実があること。ドイツと異なって隣国共に納得できる戦後処理を怠った日本が未だ近隣諸国から十分信頼を得られず、米軍が日本から去れば“日本再軍備”の危険もあるとした“瓶のふた”論を根拠に米軍駐留とその日本全土基地化が未だに許されていること。そして日本国民の側からは平和憲法を超越した仕組み(本書では、わかりやすく「原発村」・「安保村」と表現)が戦後史の過程で米軍と政府官僚組織の間で強固に構築され、時の政府でも容易にこの事態を換えられなくなっていること。

”日本の根本問題”を解決する方向性も

  本書は引用された資料や証言の出所を正確に記載し、誇張あっても偽りはないだろう。読者は敗戦から今に至る日本の道程が様々みるに耐えない事実の積み重ねで出来上がっていることを知り、幻滅と憂鬱を感じるだろう。

著者はしかしもつれた糸を解きほぐすように問題解決の方向性を示している。今の事態に密接に関係した現憲法のあり方、扱い方については異論もある。しかし本書は、“日本の根本問題”を解決して行く良心的道しるべとなっていることは間違いない。

2014年12月22日月曜日

[IS-REC/BOOK]斎藤 孝著『読書力』(岩波新書):数多くの知恵と気づきにあふれた一冊

「読書力」とは?

 最初は書店の新書コーナーで著者の名前と書名に引かれて何となく購入した一冊であった。以前に読んでいた『声に出して読みたい日本語』(1・2、草思者)、『三色ボールペンで読む日本語』(角川書店)はともに声や指先という身体運動伴う読書の勧めで、マスコミにもさまざま取り上げられた。『読書力』という言葉は奇をてらうことはないが、どんな事が書かれているのか目を通したくなるタイトル。そして結論から言うと、読みごたえあり購入は正解だった。
 本書の序では、先ず「読書力」とは何を指すのか、「読書力がある」の基準は何かを論じている。著者が示す基準は、“精神の緊張を伴う読書”内容の本であり、その対象として「文庫百冊」+「新書五十冊」を読んだという経験で「読書力」の一部を定義している。また本書後半では一冊の本を読み終えたときの全体を要約する力も読書力に含めている。
 読書は習慣。幼児期の絵本読み聞かせに始まり、学童期の児童書から少しずつ伝記や単行本に目を通すようになり、さらに中学・高校となって文庫本にステップ・アップしてゆく。しかし最近は高校生や大学生でも「読書力」はおろか、読書習慣のほとんどない者が増えている。「読書力」のある者、高い者は押し並べて「文庫本時代」を経験している。この時期がないと大人となっても「読書力」はなかなか身に着かないようだ。

自己形成と読書

    読書は知識の宝庫であるのみならず、自ら体験し難いことを追体験させる。さまざまな考え方を知り、複雑さを共存させる幅広さを持ち、辛い自己体験を乗り切る力にもなる。読書はこういった自己形成手段である。また教養とは一つのことを絶対視せず、幅広く総合的に判断できる能力。読書は自己形成や教養に欠かせない。

読書とテレビ視聴の違い

   読書やラジオを聴く行為が想像力をかき立て認知症予防に優れているとの指摘は多い。本書の著者も読書を通じて「自分と向き合う時間」は、時に辛いことも多いが貴重であり、特に優れた相手と内的な会話を繰り返す効果は大きいと強調する。

言葉と暗黙知

 読書でたくさんの言葉を知り、また語彙を増やす事ができる。上手に表現できなかった自分の心の内を言葉で表現できるようになる。

技・身体能力を鍛える読書

   声に出して古典を読む素読の効用、付箋を挟んだり、三色ボールペンで書籍の骨子となる部分に赤線や青線を引いたり、気になる一節に緑線を引く。すべて著者の出版済み書籍の主張にあるところだが、この本でようやく著者の脈絡全体が見えてきたようだ。
   読書は言葉を通じて教養の素材を提供する手段だけではない。声や指先なども使いながら身体全体で行うスポーツでもあり、それを体得できている者こそ「読書力がある」と言って良いのだろう。
 本書にはイメージ喚起に優れた宮沢賢治の本、明治から大正にかけた「素読派」と「教養派」の違いを論じた唐木順三の本、幼児への読み聞かせ絵本の大作「ギルガメシュ王」の三部作を紹介するなど、これまで知らなかったり認識を新たにする事柄も多く盛られている。是非読んでおきたい一冊である。

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2014年12月17日水曜日

[IS-REC/BOOK] 堤 美果著『沈みゆく大国アメリカ』(集英社新書)が記す“日本の医療・福祉・保険の近未来”

「無知が弱さになる」

堤

     総選挙結果が出て、自公政権による国政舵取りがしばらく続く。自身の加齢に伴う様々な将来不安はともかく、より大局的問題として、この政権が目指している日本の医療・福祉・保険の近未来を考える。この1年、消費税増税から振り分けされるはずだった社会保障費、それがかえってどんどん削られ、医療・介護・福祉分野のサービス後退が目につく。“社会保障と税の一体改革”、“申し出療養”など、聞き触り良い言葉やフレーズで矢継ぎ早に社会保障関係法制が変わる。情報過多と国の指示で右往左往する現場。漠とした不安ばかりで今後状況はどう変わってゆくのかさっぱり見通せない。そんな中で、日本がすり寄り、同化すらしようとしている“超大国アメリカ”の実情をアメリカ在住の著者が、“オバマケア”導入前後のルポとして本書を上梓した(あとがきによると、本書は2巻構成の上巻)。本書の一節にあった、「無知が弱さになる」というフレーズを噛みしめつつ本書を読み、特に本書後半で話題となる、“狙われる日本の皆保険制度”については本書が指摘する様々な事実に瞠目し、また自分の知る他の情報とを合わせてその危機感を更に強く感じた。

 アメリカ医療大崩壊

  世界一の医療水準と先進的医療をリードしているはずのアメリカ。その医療を米国民は等しく享受しているのだろうか? 皆保険制度によりどこでも誰でも比較的安価な負担で医療アクセス可能な日本。アメリカでは企業が提供する民間保険が基本であり、民間保険に加入できない無保険者が医療機関を利用せざるを得ない時、その医療費の高額負担で容易に“医療破産”する現実が待っている。

こういった問題を解決する切り札として、“オバマケア”が提案され、実行に移されてきたはずだった。しかし、“オバマケア”を渇望し諸手を挙げて成立を喜んだはずの多くの中間層も貧困層も決して勝ち組ではなく、更に医療アクセスから遠のいた現実が示される。

良心的に“オバマケア”に対応する限り、その膨大な事務量と患者の集中で病院もかかりつけ医も疲弊を余儀なくされ、“オバマケア”を受け入れる医療機関はごく限られてしまっているという。

“良かれ”と見えたオバマの“皆保険制度もどき” がこういった現実となる背景、そこには政策決定にあたるブレインと関係企業のロビィストが“回転ドア”よろしく相互に往き来をして、企業(この場合、グローバル製薬企業や民間保険企業)利益を最優先して政策の詳細が決まっていく(ないしは歪められる)現実があるにほかならない。

本書の帯にある「アメリカ医療大崩壊」は誇張ではなく、米国の現実である。これまで出版されている堤の本から、オバマ民主党が率いる現在のアメリカは“1%の超・富裕層”に買われたグローバル企業国家であり、崩壊しているのは医療のみならず民主制度そのものが崩壊しているようだ。

“次は日本?!“ は本当か?

   クローバル企業の世界戦略として自由貿易協定がアメリカを中心に進められている。アメリカ国内での反対を含め、その危険性に気づき始めた国や国民の反対が強くTPPは足踏み状態である。一方、Tisa(新サービス貿易協定)はアメリカ・日本・EUが加盟する50カ国以上の巨大な自由貿易協定。このなかには日本のインフラに関した諸制度を根本から破壊しかねない内容が含まれている。まさに「いのちの市場化」(アジア太平洋資料センター事務局長・内田聖子氏)が始まろうとしている。

我々は確かな知識や情報を持つ必要がある。民主主義や医療の機会均等アクセスが崩壊したアメリカの現実を反面教師として知り、考え、行動して日本の近未来を担う子の世代に悔いなく平和国家日本をバトン・タッチできるようにしたいものである。

2014年11月20日木曜日

[IS-REC/BOOK]聴き手を“腹落ち”させるプレゼン力を学ぶ・・・勝間和代著『稼ぐ話力』を読む

ヒト(他人)に臆せず、自分の言いたいことが言えれば幸せだが・・・

     ヒト(他人)との会話、人前でのプレゼンについてはどうも苦手意識がある。場数を多く踏み、年の功であまりあがらずに話ができるようになった今でもそういった類のノウハウ本やTV番組を見かけると、ついつい手にとったり、見たり聞いたりする。特に最近はNHK番組その他シリーズでプレゼン技術が取り上げられ、プレゼン技術を競う番組もある。これと関連してプレゼン力やその方法について書かれた本も多くなった。小生の経験で、プレゼン資料やスライドの作成については、ガー・レイノルズの『プレゼンテーションZEN』や同名で、そのデザインを扱った本の2冊がとても参考となり、後輩や同僚に勧めている。一方、人との会話の進め方、プレゼン資料やスライド以外のノウハウについて、これまでまとまった本を読む機会はなかったように思う。

この度読む機会あった、勝間和代の『稼ぐ話力』は、様々なセールス場面でのトーク、話力を勝間本人の自己成長過程をたどりながら、その体験や反省をまとめて非常に説得力がある。そして本書で書いているノウハウを本書の構成そのものにも反映して書いている。

会話とスピーチ技術の大切さ・・・読売新聞・論点、赤阪清隆氏の記事

スピーチ技術まず訓練

     2014年11月19日付けの読売新聞・論点の囲みに赤阪清隆氏の記事が載っており、眼を引いた。世界で活躍するには、“自分の意見や主張を相手にきちんと伝え、納得させるコミュニケーション技術”が必要。そしてこの技術習得のために国際機関でさまざまな研修コースが設けられているという。知識や英語力だけでは駄目で、言葉づかいや身振り・手振りまで訓練する必要があるというのだ。

勝間の本書でもまったく同様のことが強調されている。しかしその主張、“教える所の肝”は、どれだけ“相手の目線で話しているか(プレゼンしているか)”ということ。会話にしてもプレゼンにしても話し手が“思いの丈”すべて盛り込んだ話をしても理解可能なことは、その2割程度。特に会話は相方向性のものであり、相手の思いにも聞く耳を持たないと、“稼ぐ話力”にはならない。、“稼ぐ話力”の条件としては、“相手の聞きたい順番で話されているか?”、“相手に伝わるための言葉選びが適切か?”、プレゼンの全体として、“話し始めに話全体のアウトラインが示されているか?”、“聴き手に有益な情報が伝えられ、無駄がないか?”などなど、が強調されている。特にプレゼンで演台に立つとき、聴衆が演者に好印象を持ち、信頼を置く清潔感や落ち着きがみられるか?、また話のスタートに講演者に耳目を傾けさせる“つかみ”の話題を投げる技術も工夫をしているか?・・・など細かな配慮にも触れている。

本書を読んで、会話での話力、講演・講話でのプレゼン力を高め、さらに磨きをかけるには、そのコンテンツのみならず、これまであまり気にかけなかったさまざまなスキルも大切なポイントとなることを教えられた次第である。

2014年11月12日水曜日

[IS-REC/BOOK]〝アンチエイジング〟の立場から牧田善二の本を続けて読む

抗老化(アンチエイジング)は体内に発生する老化促進の敵、〝活性酸素による酸化ストレス〟と〝AGE〟をしっかり理解して、その対処法を知ること

牧田善二の本

   最近注目される、老化促進(原因)因子“AGE”(終末糖化産物)の研究者であり、糖尿病専門医の牧田善二先生がここ数年一般読者向けにとてもわかりやすく書いた一連の啓蒙書3冊を続けて読んだ。

●『老けたくないなら「AGE」を減らしなさい』 (ソフトバンク新書)

●『糖尿病は「生もの」を食べなさい』 (毎日新聞社)

●『糖尿病で死ぬ人、生きる人』  (文春新書)

である。センターの「抗加齢ドック」を担当し、普段からアンチエイジングに興味を持ち、さまざま勉強してきた。そんな中でここ数年、製薬MRのもたらす情報に降圧剤の臓器保護作用について、その臓器障害の原因となる “AGE”について小耳にはさむ機会が多くなった。アンチエイデジングの立場からは、活性酸素による酸化ストレスに加えて、この “AGE”による組織たんぱくの“糖化”の問題を十分理解する必要があると痛感していた。しかし “AGE”について総合的に解説した医学教科書は見当たらず、またわかりやすい解説書も知らなかった。

  そして最近たまたま読んだ本から牧田善二という”AGE研究の第一人者”がわかりやすく一般向けにたくさんの本を書いていることを知った。牧田先生は上の三冊のみならず糖尿病関連本として多数の著書を出版していた。その一冊を手がかりに、2012年に書かれた、『・・・「AGE」を減らしなさい』まで逆上って読んだ三冊の本の内容を自分の“備忘録”として順次整理し紹介する。

“酸化ストレス”と”AGE”は組織脆弱化因子として相互に密接な関係のあることがわかった

  “AGE”は、高血糖の条件下で体内に大量発生する。また体外からも食品として取り込まれているのだ。“メイラード反応”という学生時代に聞かされた、加熱による糖とたんぱくの反応は、“AGE”を大量に発生する。したがって加工食品や調理された食材に多く含まれる結果となる。あのこんがりこげ茶色になって食欲をそそる食品に大量の“AGE”が含まれている。食品からの“AGE”吸収は通常ごく少量。しかし高血糖状態にあると体内に取り込まれる量も、また体内で新たに産生される量も急激に増えるという。他方、酸化ストレスは組織構成たんぱくの膜脂質を変性し脆弱化する。そんな状態では組織たんぱくの“AGE”取込みも増加する。すなわち、酸化ストレスも “AGE”も組織脆弱因子として相互に密接に関係しているのだ。


『老けたくないなら「AGE」を減らしなさい』 で加齢にみられるさまざまな病的老化とAGEの関わりを説明

  我々の身体の大部分を構成する体たんぱく。組織や器官を構成し、たえず新陳代謝を繰り返し、生成から消滅までの一生、その過程に関わる機構や傷害発生時の修復については、ブルーバックスの竹村政春著『たんぱく質入門』や、水島 徹著『HSPと分子シャペロン』に詳しい。しかしこれらの本には老化に伴う組織たんぱくの変性、その原因物質である“AGE”についてはまったく触れられていない。牧田先生はAGE研究を永年手がけてきたが、あくまで疾患治療を目指す臨床家として、疾患から体構成要素(たんぱく質)の劣化・老化を眺めてきた。一方、竹村氏や水島氏は基礎生物学の立場でたんぱく質そのものを眺めているので相互の接点や手法が異なっている。これら竹村・水島氏の書籍はまさに力作でとても勉強となるが、組織たんぱくの加齢や老化を含んだ知識の整理には不十分。誰かこれらのテーマ全体を俯瞰して解説してほしいところだ。

  さて、牧田氏の「老けたくないなら・・」では、糖尿病患者に限らない一般向けに老化促進因子としての“AGE”を取り上げている。“AGE”が食品から体内に多少なりとも吸収され、また体内でも作られる。いずれ毎日の生活にも関わることだから、“塵も積もれば山となる”のだ。“AGE”は様々な臓器傷害の原因となる。それは糖尿病患者の合併症で有名。そのほか、変形性関節症や肌の老化(シミ・シワ)とも関連深く、その詳細なメカニズムについて触れており、興味深い。

  本書や二冊目に紹介する、『糖尿病は生ものを・・』には、主にどんな食品に“AGE”が多く、また同じ食品でもどんな調理法をすれば“AGE”が増えてしまうかを解説している。そしてこの二冊目の表題にあるように、できる限り糖とたんぱく(食品)を一緒にして煮たり焼いたりして“メイラード反応”を起こすことなく食品を口にする工夫を書いている。この結果が、“糖尿病は生ものを・・”なのだ。

  『糖尿病は生ものを・・』には、また、体内の“AGE”取込みを減らす食品や成分についても述べている。ビタミンB1、B6やカテキンなど。したがって抗老化対策として茶葉と豆乳の組み合わせて飲むことを勧めている。

ごく最近出版され、目に留まった本書、『糖尿病で死ぬ人、生きる人』は、糖尿病治療医として、何が大切かを教えてくれた。本書で主張される「糖尿病者でもその合併症をうまくコントロール出来れば長生きできる」は、糖尿病医であれば十分わかっているはずの事柄。しかしややもすれば患者と一緒に血糖値やHBA1cの値に一喜一憂していることが多い。糖尿病診療の最近の話題として、“高血糖は記憶される”という事実。過去に高血糖の時期が続けば、たとえ現在の血糖値が正常でも合併症は進行するのだ。そのメカニズムに “AGE”が関与している。したがって今々の血糖値にとらわれることなく、「合併症対策を主に考えて糖尿病治療しましょう」というのが本書の主張だ。幸いなことにある種の降圧剤が腎症の発症予防や腎症の治療に有効であることがわかってきた。こういった合併症治療のノウハウを知れば糖尿病でも長生きできるというわけだ。

これら三冊の読後感想は、 老化因子としての“AGE”は体たんぱくの糖化によってさまざまな老化現象を生ずること、特に高血糖が促進因子となること、糖化の結果起こった臓器傷害にも治療の手だてがあること、などが新たな知識として整理されたことである。老化メカニズムや糖尿病に関心ある方には是非、牧田先生のこれらの著書を読んでいただきたいと思った次第である。

2014年11月8日土曜日

[IS-REC/BOOK] 勝間和代『人生確率論のススメ~ 運でなく、確率を支配しよう~』(扶桑社新書) 主張に納得できた一冊

勝間のハウツー本、久々に“タメニなる”

勝間和代の本が今年再び立て続けに出版されている。自分と同じ“親指シフター”である著者に親近感を覚えて、2007年初版発行の『無理なく続けられる・・・』シリーズを読み始めたのが著者本との出会い・きっかけであった。これらの“勉強法”、 “時間投資法”は、著者自身の経験に基づく細かなハウツーが語られており、自分の仕事や生活に直接活かされる内容で、大いに役だったように思っている。

そしてその後も次々と著者本が書店に並んだ。しかし出版間隔が短くなればなるほど、“柳の下の二匹目のドジョウ”の感あり、その内容に幻滅を感じて著者本から離れる結果となってしまった。この時期、著者自身も息切れしたらしい。しばらく出版が途絶えて燃料補給の期間に入った(但し、この間もブログや勝間塾で様々な主張や情報発進はしていたらしい。小生は著者の“追っかけ”でないので詳細は知らないが・・)。


さて、今年に入って『稼ぐ話力』そして本書『人生確率論のススメ』と彼女の本が再び書店の売り場を賑わすようになった。本書『人生確率論・・』は、そのタイトルからして共感するところがあり、早速購入して一気に読んだ。

“人生”とある以上、日常生活全般をどう考えて行動すれば良いのか、その著者なりの主張を期待した。運に左右されず、結果ハッピーとなるにはどう考え、どう行動し、それをどうチェックするのか、日常生活にどんなポリシーを持ったら良いのか、そういった類のことを分析して語られるのを期待したのだ。そして本書を読み終え、期待した通りのハウツー本となっており、久々“タメニなる”本を読んだ充実感を味わった。

 

運の良さ・悪さはヒト(他人)との付き合い方や自分の言動がつくり上げる

本書の内容に触れる。運をつかむ確率を上げるには?・・その第一は、人の輪を広げてチャンスを増やすこと。人の輪を広げる手法としては、自ら利他的態度で行動し、相手の充足要求を手助けする、邪魔はしない。ヒト(他人)や自分に対して完璧主義はとらない。相手の良い点を素直に評価し褒める、無益な揚げ足とり、非難中傷はしない。こういった姿勢を貫いていると、人間関係がうまく回るようになる。そうして結果的に運もよくなってくる。第二には、個々人が持つ特性や強みを理解し、その強みを足場に行動する。自分の足りない所は情報収集を通して環境適応で克服する。

 

確率でものを考える習慣が大切

日常仕事の現場で強調されるPDCAサイクル。このPDCAサイクルを普段の生活場面で活用する。日常生活での様々な意思決定、行動に数学や確率の考え方取り入れる習慣を身につける。時間やモノを最小単位基準で比較したり、“時間割引率”という将来利益を念頭に置いた判断を入れる。事の選択に役立つ“期待値”計算や、“ベイズ確率”を理解する。

本書はこういったさまざまな人生を成功に導く手法を著者自らの体験や仲間うち、知人の体験を通じ平易に語っている。今をアクティブに送る読者に様々な示唆を与える一冊である。

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