| 散歩コース途中のワンショット |
| 散歩コース:7km |
| 2018年4月の運動実績 6日の休みが入り、 1日平均5.94km |
| 散歩コース途中のワンショット |
| 散歩コース:7km |
| 2018年4月の運動実績 6日の休みが入り、 1日平均5.94km |
| 5 台の風車が心地よい風を受けて廻っている |

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| 写真1:活動量計OMRON WalkingStyle(上)、 HJA-403C(下) |
| 写真2:脈拍モニター付き 活動量計hr-70 |
| 写真3:hr-70による脈拍モニター(黒)と 脂肪消費率グラフ |
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| 写真4:LifeFitness T5 |
| 写真5:胸壁バンドの心拍プローブと リスト型活動量計POLAR m400併用に よる記録 |
| リスト型活動量計POLAR m400 |
先月から始めたDeltaGraph7.0Jを使った体組成と活動量の月間継時変化の“見える化”2カ月目の結果です。
iPhoneへ簡単にデータ転送できるいずれもオムロンの体重計(体組成計)と活動量計を使って毎日の体組成変化と活動量(主に歩数と消費活動量)を記録しています。記録する目的はリハ医として老化に打ち勝ちながら体力と運動能力を維持し続けること。結果として“肉体的・精神的健康を維持する”、この目標を達成するには、“進行度を記録して公開するのが効果的” (http://bit.ly/1SgCNmM)であり、“先ず隗より始めよ”ですね。
また普段扱う高齢患者さんを診ていると、その多くがフレイルで認知症であることから、自分がさらに歳をとった時、こういったフレイルや認知症にならないように自分なりの理想的生活習慣を持ちたいと思うこと。こういったことからウォーキングする時は必ずミュージック・プレイヤーにあらかじめ吹き込んでおいたさまざまな音源を聴きながら歩き、“コグニサイズ”も実践している。
毎日ウォーキングしてそれを記録する、この習慣自体はつらいと感じたり、面倒なことと思うことはまったくない。むしろとても楽しいことだ。しかし毎日、社会的役割としての仕事をこなし、時には時間外に食い込むさまざまな予定を抱えていると、このウォーキングする時間を確保するのはなかなか厳しい。それに屋外ウォーキングは、どうしても天候に左右されてしまう。特に気候の厳しいこれからの冬季間は自分にとってまさに試練の時だ。
11月は10月と同程度の運動ができた。しかしその後半は学会出張や悪天候でウォーキングに出られない日が多かった。このため体重は徐々に増加してしまった。やはり時間帯や天候に左右されずに運動できる屋内ジムスペースが欲しいものだ。
本書の著者、高橋幸枝さんは、独り暮らしする98歳の現役医師(精神科)。私は以前から健康長寿やアンチ・エイジングに関心を持ってさまざま本を読んできた。
しかし私が知っている長寿やアンチ・エイジングの知識は、超高齢者で障害のため寝たきりで、多かれ少なかれ認知症も併発している患者さん、フレイルを診る上で余り役立ってはいない。
フレイルを如何に元の生活、あるいはそれに近い生活に戻すか、その多くは介護・ケアの問題ではある。と同時に、超高齢者の考え方、生き方を知ってリハビリに対する意欲・動機付けができれば多少なりとも機能回復が図れるのではないか、そんな仕事の悩みを解決したいという思いで本書を読んだ。
本書の著者は頭を明晰に保ち、記憶力を保つために、日常生活の中で様々な出来事を思い出すようにしている。また80歳で絵を描くことを覚え、その楽しみを知った。「新しいことを学ぶことは人生の視野を広げてくれる」 そのように述べる一方で、「たまたま長生きで、その秘訣はありません」とも書いている。
3階の部屋に住み、エレベーターなく毎日階段の上り下りをしている。80代で歯のインプラントをやり、好きなものをしっかり噛んで食べる。食物で必ず食べるものはなく、唯一決めているのは、食べすぎないこと。また80歳過ぎて晩酌を楽しみとするようになり、日本酒を冷やで1日150ccほど飲んでいる。
週一回の精神科外来担当を現役で続け、その生活パターンはずっと変わらない。設定43度とした熱いお風呂が好きで、部屋も「常夏の国」のようにしている。世間の常識にとらわれずあくまでもマイペースである。
92歳の時、自宅内で転倒し大腿骨を骨折。接合術を受けてリハビリ。“筋肉は92歳のものではない(ほど若い)”という主治医の言葉が励ましになった。骨折後も家をバリアフリーとせず、自分が十分注意することが肝心だという。
体の衰えを自覚するが、「まだまだやればできる」と思うことが大切で、独り暮らしで必要に迫られれば98歳でもなんでもやるという。また、「頑張りすぎはいけないが、億劫で誰かに頼もうと、いったん他に依存してしまうとキリなく自分が崩れていく」 とも述べる。同世代が身近におらず、人と話すのは億劫だが、心の健康のために日々誰かと話すことを心がけ、どうしても話すのが億劫だったら何かを書くことにしている。
私の場合、患者が入院してくると、意欲やうつに関するスケールでテストする。多くの患者は前向きに返答するが、その病前生活自体が家に閉じこもりがちで、家庭内の役割もなくなり、生きがいを失ってみえることが多い。その彼らにかける言葉と依頼するリハビリ内容を吟味しながら治療を開始する。
本書を読んで、そのような時に共通して役立つ“何か”は必ずしも得られなかった。病気・怪我の治療を終えて“リハビリ依頼”でやってくる患者すべてにトコロテン式にリハビリは強要できない。言葉一つで意欲や動機付けに成功するはずもない。体や心の衰えは人それぞれ。しかし判断力が保たれる限り、他人に迷惑かけない最期を迎えるため、自身の身の始末、心や身の回りの整理整頓ができるように今一度頑張ってもらおう、また時間の許す範囲で良い話し相手(主に聞き手)となってあげよう、本書から私へのメッセージはそんな辺りだろうか?
ここ数年、医療の職場でもワークライフバランスを考える管理職研修や職員研修が多い。仕事の性質上、勤務時間に関わらず患者さんの状況次第で終日病院に詰めているのが当たり前のように何となく思い込んで仕事をしてきた。
自分がそういった行動を取るのはまだしも、管理職や上司として他の者にそれを強制するような思いもあった。しかしこのワークライフバランスが医療の現場にも普及して他のスタッフへ何気なく時間外の仕事・業務を強制してしまうことは勿論あってはならないし、自分にあっても仕事と私生活を割り切って考えるようになった。それでも、気になることがあれば仕事優先でつい最近まで家族に迷惑をかけることが多かった。
同じ医療の現場にあっても、歳を重ねた老齢医師の多い今の職場はさらにこのワークライフバランスを割り切って実践しないと、到底やってゆけない。高齢・重症者の多い病棟もあって、受け持つ患者は毎日のように最後の看取りが必要となる。また容易に合併症を起こして重症化する。こういった状態に担当医がつきっきりで対応したら、とてもやってゆけなことはわかっている。そして医師は皆すっかり割り切って時間内の仕事にのみ専念し対応している。最近は私自身もそれで良いのだと思うようになった。
欧州、特に私の知るドイツやスェーデンで生活すると、本書に強調されているように、企業で働く彼の地のサラリーマンはしっかり有給休暇を取る。医療の現場でもそれは徹底していて日本では考えられないような長期休暇を取っている。
本書では医療現場については全く触れていないが、ドイツのさまざまな生産現場や企業で働く労働者が有給休暇を当然の権利として消化している一方、仕事はそれなり十分回って、ドイツ経済は黒字続きの絶好調であることをことを述べている。日本人の勤勉さと日本経済の現状からその違いは何なのか?日本の労働者もドイツ同様のワークライフバランスを徹底して経済を維持・発展することが可能なのか?そういったドイツの現状の謎解きをしながら、日本の今後のあるべき姿を提案している。
ドイツもさまざまな試行錯誤を繰り返しながら、国の政策として労働者の権利を保護する政策が取られてきた。労働者の生活の安定と秩序の維持に、労働者もまたさまざまな形で経営に参加する仕組みを作り、結果的に個々の労働者自身の生産性も向上しているという。
スェーデンほどではないにせよ、ドイツ国民も手厚い社会保障や労働者の権利保護のため、税金や社会保険料は日本より高く、そのため彼らのサラリーのうち、可処分所得は相対的に少ない。一方でその貧困率は日本よりずっと低い。この結果でもあるが、いわゆるサービス業でのサービスに対する考え方の落差が日本とドイツでは相当違いがある。
週末には商店街がすっかり閉じ、またホテルやストアを利用したときの接客態度の悪さは日本でのそれと比較してあまりにひどい。細かいサービスよりコストの安い方が理に適っているのだ。
GDP至上の考えがそれとなく著者にはあるようで、それには賛成しかねる。
しかし高学歴の移民を以前から多数受け入れ、最近は労働力としての移民も多く受け入れるようになったドイツの積極的姿勢は同じ少子高齢化の問題を抱え、また経済が傾いてワークライフバランスを考えるゆとりもないように見える日本も見習ってしかるべきだろう。著者の言う、このドイツのいいとこ取りは、日本でもっと進めなくてはならない。
秋田市からさらにローカルな小都市に引っ越して私の生活習慣はすっかり変わってしまった。毎日帰宅後に通った午後11時まで利用できるフィットネスクラブなどというしゃれた施設もここにはない。唯一、市営温水プール「遊泳館」が安価に利用できるので、当初はここで連日水中ウォーキングをしていた。しかし、これだけでは運動不足となるし、水中ウォーキングの運動記録を客観的に残せないのも寂しい。
そこで夜間のウォーキングに出かけるこことした。iPhoneアプリ(Runtastic)はそのGPS機能を利用して歩行ルートをマップに図示してくれる。これは毎晩ウォーキングするモチベーションを大いに挙げてくれるのでグッド。距離や運動時間、facebookと簡単に連携するのも楽しい。
運動した結果は従来のように月単位で残したいのだが、なかなか良い方法がない。この目的でオムロンの体組成計(HBF-254C)と活動量計(HJA-403C)を導入した。また、実際の運動中の心拍モニター(ニッセイ、HR-70)も購入した。心拍データは別だが、体組成と活動量の測定結果はオムロンのWM(「私ムーヴ」)というWEB上に保存できる。ここでは継時的数値表示やグラフ表示もしてくれる。これはこれで楽しいのだが、一人でその結果を眺めニンマリしているのもやはり寂しい。
そこでこのデータを加工して簡単に一覧性良いグラフ作成を考えた。これがなかなか難しかった。しかし最近仕事でデータ加工の結果を表現力のあるグラフに加工する必要が生じた。そこでDeltaGraph7.0Jをしっかり勉強しなおすきっかけに「運動と健康の月間記録」の複合グラフを作成してみた。
一度こういったグラフを作ると、そのテンプレートを使うことで次回から比較的簡単に同様のグラフが作れそうだ。以下はその結果である。
体重と体組成(体脂肪率と骨格筋率、BMI)、毎日の総消費カロリーと活動カロリー、総歩数と運動歩数、歩行距離と脂肪燃焼量などが記録として一覧できるグラフとなっている。それにしてもこんなことばかりしていて、我ながらよっぽどの「健康オタク」のようだ。まったくおかしくて苦笑いしてしまう。
しかし何をするにも楽しくやるにはこういった小細工が必要なんだろう。まずは良しとして、また明日から運動と読書、そして仕事に精を出していこう。
「終活」という言葉には<死に支度>のイメージがあって、今の自分にはそぐわないし、目下の所そんな気にもなれない。一方、「定年退職」という制度がくれた人生の転機で、終の住処だったはずの住居を離れ、さらにローカルな小都市に転居して環境はガラリと変わってしまった。新しい職場での生活が始まり、前職のポストや役職・仕事から隔絶されて、何がしか自分なりの区切りを言葉の上でも持ちたいと考えていた。そんな矢先の去る10月5日、秋田のローカル紙・編集子記事<北斗星>が眼を引いた。そこには人生の棚卸しとして、本書、残間里江子著『閉じる幸せ』が紹介されていた。
本書は昨年刊行されたもので、すぐ手に入った。本書の冒頭、「閉じる」とはよりよく生きるため、今までの自分を脱ぎ捨て、新たな生き方をすること、著者はそう定義していた。自身を振り返ると、これまでも本書の中でさまざま事例が紹介されていると同様に、「還暦を機に生き方を変えたい」とか、ある種の行き詰まり、慣れっことなってマンネリに陥っている自分の気持ちを「整理してみたい」と、人生の「棚卸し」をそれとなく考えたことがあった。しかしそのような時にも著者が自省すると同じように私自身、「前へ、前へ」とせっかちに走り続けて周囲の見えない毎日が続いていた。
残りの人生をどう使うか?
ある事例を引きながら著者は言う、『「第二の人生」などという言葉は、生半可な気持ちでを語ってはいけないような気がします。』 それまでの人生を閉じ、けじめを付けて新たな環境で新たなスタートを切るとは相当の覚悟が必要なのだ。『「閉じる」とは、逃げるのでもなく、戦うのでもない。物事ときっちりミートしていくためにそれまでの自分もその立場も一時休止すること。』「その休止までは関わっている仕事や事業を徐々に縮小などと考えてはいけない。縮小したらそれ相応の仕事しか入ってこない、辞める時はぱっと閉じれば良い・・・。」本書のこれらの言葉はなかなか勇ましく聞こえる。
では何をどう閉じるのか?・・・『「閉じるのは過去」そして、残りの人生をどう使うかを真剣に考えるために「過去を閉じる」のだ。』・・・この言葉はピンときて、わかりやすくすぐに同感できた。
「その日、そのとき、その場をじっくり味わうことなく、ネクストばかりを見たがる私。」、『「いつか」「いつの日か」はもう止め。』、『「開くにしても閉じるにしても「自己確認」から始まる。』、『今の生活になれてきたと思ったら、「閉じ時」です。』
本書「閉じる幸せ」は人生一区切りをつけるために、ある種の緊張を持ちながら、一方でリラックスしたゆとりある大人の気分で「過去を閉じ、新たな地平を開く」ために提供されたエッセイである。「閉じる」ためのレッスンとして、まずは「我が身の棚卸」という訳だ。
著者は「新しい大人文化の創造」を掲げ、<クラブ・ウィルビー>を立ち上げた。<クラブ・ウィルビー>はそれまでの人生を一区切りとして、新たな終生の友(lifelong-friend)と出会える場の創造であり、提供の場であったと言う。
本書は著者とその周辺にみられた出来事をたどり、「閉じる」ことの意味、「閉じる幸せ」を考え、感じさせ、さらに「閉じた後の生活」に新たな自分をどう託すのかを語っている。高齢化社会の一員として生き続ける我々に、ある種の道しるべを提供した一冊と言って良いだろう。
2015年2月、現在の職場から退職1カ月前となる。やり残している仕事を期限内に終えなければという強迫観念に縛られて山積みした読みたい本を横目に仕事に追われる。思ったようにはなかなか仕事進まず。帰宅した夕食後に出かけるフィットネス倶楽部も仕事の疲れで行くのがついつい億劫となる。しかし何とか“自分をだまして”でも行ってくると、その後の爽快感はなんとすばらしいことか。
2月は1月程ではなかったが,1日平均歩数は何とか10000歩を超え、ジョッギングなどを示す“しっかり歩数”8000歩。1日平均歩行距離7.6km、脂肪燃焼量21.5g/日、総移動距離は211kmだった。下図表に示すように、基礎代謝を含む1日総カロリー2034Cal、週間エクササイズは44.5Exでまずまず褒めて良いレベルの成績だ。
4月からの赴任先病院に回復期リハビリテーション病棟を立ち上げます。その準備に開設に必要な準備の要点を整理してお話してきました。開設に必要なプレ実績も必要であり、またスタッフを揃えたり、病棟や訓練室での現場教育も必要。“行ってすぐ明日から開設”とはなりませんが、なかなかやりがいのある仕事をもらいました。