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2026年7月18日土曜日

[IS-REC/ISSUES]高齢者の多病・重複障害~リハ科の私はどう考えどう対処しているか~

●多病・重複障害・複雑な罹病歴

 社会に戻す最終段階医療の一端はリハ科が担っている。リハ科入院は患者さんを生活の場に戻す“活かすための最終段階医療”の位置づけである。患者さんの多くは超高齢者で、多数の背景と既往・現疾患を持ち、その結果多数の重複する障害を抱えて入院してくる。持参する詳細なデータ、長文の紹介状に、たくさんの病名や障害、臨床経過が書かれ、治療に必要となったたくさんの薬剤が記載されている。疾患管理・治療の継続・リハビリ、という“活かして生活の場に戻す医療”を期待して紹介元から託された入院である。バトンを渡される側にはその意識・意気込みがあっても、紹介書類の束にすっかり度肝を抜かれ、怯んでしまっているのが実態である。しかし実際に患者さんと接し診察して、本人や家族の話を聴き、リハ医の経験知とリハ手法の進歩進展から自分なりに出来ることを頭で描くと、何とかなりそうな気がしてくるから不思議である。

●栄養障害・生活習慣病・骨関節疾患・心腎疾患の重複

  高齢者にみる摂食嚥下困難と栄養障害、その結果生じるフレイルやサルコペニアはリハ医の立場からずっと取り組んできた。また生活習慣病である高血圧・脂質異常症・糖尿病も運動と栄養の面から疾患自体を含め長年対応している。骨関節疾患や呼吸・循環器疾患が主要疾患であれば、同僚のS先生やY先生、T先生の出番であり私の悩むところではない。問題はあくまでもこれらが重複する多病状態(multi-morbidity)とその結果生じる多重・重複障害(multiple disabilities)である。

●悩ましい心・腎疾患

 慢性心不全や慢性腎臓病(CKD)を背景に持つ例が多くなっている。慢性心不全は65歳以上で5~10%だが85歳を超える当院ではその数倍の印象である。慢性心不全は高齢者の能力低下原因として、治療管理の進歩とともにリハ分野でも心臓リハとして眼を見張る進歩がみられている。心不全治療薬は、Fantastic4(Β遮断薬・MRA・ARII・SGLT2阻害薬)が定番であり、当科紹介患者の服用も多い。しかしリハ入院中の場面ではバイタルチェックや電解質を含む採血検査の間隔が開き疎かになりがちなことと、体力低下で脱水・感染を来し、それを引き金に致命的となるる場合(BRASH症候群)があり要注意である。またCKDでも栄養不十分や電解質異常から機能レベルが入院時より更に下降して寝たきりとなるので気が抜けない。

●Tさん(84歳)の場合

 Tさんは、心・肺疾患などを背景に、主病の胸部大動脈瘤術後に脳卒中を併発して急性期治療後、当院紹介となった。当院紹介時、現疾患6、既往疾患4を抱え、15の内服薬継続で入院した。ワーファリンなど薬の管理もさることながら、急性期の嚥下機能低下による低栄養・サルコペニア、脳梗塞による注意障害や判断力低下、筋力低下と体幹・下肢バランス能力低下が問題であった。しかしTさんの場合は、予想した以上に順調に経過し、嚥下機能・栄養状態改善、整地・短距離であれば独歩も可能となって自宅退院した。Tさんは多病・重複障害を抱えていたが、主病発症前の生活で認知機能の低下がなく、元・公務員幹部職員として自分に誇りを持ち、また規則正しい生活と定期的運動を行い生活体力が維持されていた。回復が良かったのは、この高い病前生活機能が幸いしたと考えている。

●多病・重複障害患者のリハ

 ここ10数年来、リハ分野では心・腎疾患など内部障害リハの進歩が著しい。身体障害を抱える高齢者リハもこの恩恵に預かって、以前であれば積極的リハの適応外として障害に合わせた退院先探しと施設入所までの時間稼ぎが入院の主目的となっていた。しかし心血管疾患後の心臓リハに関する多数の研究で、安定期・慢性期の継続的運動療法で長期の生命・機能予後を改善することがが示され、計測数値的にもそれが裏付けられた。また、運動の種類や負荷方法も、心血管疾患に関する運動処方として明確な原則が確立され、頻度・強度・時間・種類・運動量・運動漸増の原則(FITT-VP)が示され、特に“やってるつもりだけの運動はダメ”と運動療法の管理の重要性が言われている。

●多病・重複障害患者の予後を決めるもの

 心肺・腎疾患で日常生活の身体活動量と死亡率が逆相関することが疫学的に示され、またTさんの事例でも知れるように認知機能を含む病前の生活機能がどれだけ維持されていたかが多病・重複障害でも機能予後を決めている。年齢がいっても食事や運動に気配りを欠かさず生活機能を維持する大切さを訴えていきたいと思っている。





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2026年4月7日火曜日

養生のヒント 老後の健やかな暮らしを守る『習慣の力』

 ●人生100年時代、いつまでも自分らしい自立生活を送りたい

高齢期の要介護状態を避け、いつまでも若々しく自分らしい自立生活を送るためには中高年期からの習慣の見直しが不可欠です。筋肉量が低下する「サルコペニア」や、心身の活力が低下する「フレイル」を予防するための「養生」の知恵を、科学的な習慣形成の視点から考えます。 

1.筋肉と血管を守る「攻め」の食習慣

筋肉量は20代後半から30歳頃をピークに減少が始まり、80歳以上ではピーク時の5〜7割程度まで低下します 。これを防ぐには、単に食べるだけでなく「何を、どう食べるか」が重要です。特に適正体重1kgあたり1g以上のたんぱく質摂取がサルコペニア発症予防に有効です 。また筋肉の合成を促す「ロイシン」を含む必須アミノ酸(BCAA)を意識しましょう 。加えて、多くの種類の食品を食べる習慣があるとサルコペニアのリスクが低いとされます。骨を強くし転倒を防ぐビタミンDは、1日20μgの補給が推奨されます 。脳卒中予防のため、就寝前や起床後にコップ1杯の水を飲む習慣をつけましょう。糖と塩を控える事も大切です。高血圧予防の減塩に加えて、最近では砂糖の摂りすぎが血圧を上げ、血管疾患のリスクを高めることが指摘されています。

2 生活に溶け込ませる「ながら」運動

筋肉を維持するには、適切な栄養管理と運動(レジスタンストレーニング)の併用が最も効果的です 。「トイレ・スクワット」を推奨します。トイレに行くたびに便座の前で2回スクワットをしましょう。1日8回行えば計16回になり、血圧や血糖値の改善が期待できます。不要な安静を避けることも大切です。「活動量の低下」はサルコペニアの大きな原因です 。日常の些細な動作を「運動」と捉え、こまめに体を動かすことが寝たきり予防に繋がります。

3.  三日坊主を脱する「習慣化」のメカニズム

健康に良いと分かっていても続けられないのは、意志の力のせいではありません。脳の「習慣ループ」を理解することが鍵です。「きっかけ→ルーチン→報酬」のループです。 習慣は、何らかの「きっかけ(例:トイレに行く)」、それに応じた「ルーチン(例:スクワット)」、そして脳が喜ぶ「報酬(例:スッキリした、自分を褒める)」の3ステップで構成されます 。

●「習慣化」の黄金律

 悪い習慣を直したいときは、きっかけと報酬はそのままに、真ん中の「ルーチン」だけを健康的なものに置き換えます 。


SMARTな目標設定とは、「具体的(Specific)」「測定可能(Measurable)」など、実現可能な目標を立てることで、リハビリテーションの効果も高まります。老後の健康は、日々の小さな選択の積み重ねです。「栄養ケアなくしてリハビリなし」と言われるように、食事と運動をセットで習慣化し、自立した毎日を長く楽しみましょう 。


※当稿は、秋田県で配布される広報誌『楽園』VOL.94/2026.4.1に掲載されました.


2026年1月1日木曜日

[IS-REC/ISSUES]私の医師会病院10年~リハビリテーション科外来~

●リハ医はよくわからない

 内科医や外科医などと違って、リハビリテーション科医師(以下、“リハ医”)はその存在がよく分かられていない.リハ医者を名乗る者をみると、そのキャリアはさまざま.つい最近までは何を専門として何をやっている者をリハ医と称するか、そのコンセンサスのない時期が相当長く続いていたように思われる.今でこそ大学にリハ医学講座が増え、そこでストレート研修を終えて専門医となるリハ医も多くなった.リハ医療は患者の持つ疾患とその結果生じる生活機能上の障害を対象とするチーム医療なので、その臨床科としての実際的ニーズは相当高い.他方、様々なキャリアを経てリハ医となった者は、やはり自分の経験やスキル、判断力を総合的臨床能力として活かしたい.その場合、リハ医の主たる力量発揮の場は、やはり外来診療である.

●医師会病院10年、私の外来診療

 前職の県立リハセンでは、外来患者の多くがリハ依頼の新患患者であった.医師会病院に来てからしばらくの間、整形外科医不在の影響で主にその代理的診療をこなしていた.整形外科医の前院長外来を引き継いた形である.また元々私のライフワークであった脳卒中や高齢障害者のリハ、特に高次脳機能障害や摂食嚥下機能障害・栄養障害などについても現院長の御配慮で赴任当初から徐々に体制を整えていくことができた.入院リハ患者を対象とした摂食嚥下機能評価として嚥下内視鏡(VE)、嚥下造影(VF)装置を導入した.外来紹介患者を対象にした“摂食嚥下機能評価短期入院”も立ち上げた.またスペースのやりくりに難儀したが言語訓練室を拡充し、未就学児童を対象としたコミュニケーション障害(機能性構音障害や言語発達遅滞)患児を受け入れやすくした.診療内容に関わる診療報酬改訂の影響も大きかった.療養病棟に代わる介護医療院の開設など病院全体に関わることのほか、リハ科を含む外来診療にも大きな影響があった.

●訪問リハ医師診察と生活習慣病療養管理

 いずれも診療報酬点数に影響する形で導入された.それまで訪問リハは依頼元の診療情報提供書からリハ医が指示を出し、担当スタッフから訪問時の報告を受ける形で完了したが、新たに2~3カ月に一度リハ医の直接診察が必要となった.外来に来院出来る患者を除いてセラピストと一緒に患家へ出向くこととなる.主治医が別の場合が多いので、診察も指導も疾患や服薬を除いた障害状態の変化や入浴・排泄・食事など生活機能上の問題を評価しアドバイスする.外来受診可能な患者についてもほぼ同様だが力点は肥満と廃用予防の食事・運動に関する評価と指導が多くなる.生活習慣病療養管理は高血圧・糖尿病・脂質異常症のある患者がすべて対象で、指導は食事と運動に加え、服薬管理と採血検査結果説明などとなる.

●痙性運動障害(SMD)のボツリヌストキシン療法

 ここ数年、重度痙性麻痺でケアが大変な場合や患側上下肢管理を目的にボツリヌストキシン施注を行ってきた.高齢者が増えて比較的若い歩行自立のケースや改善の余地がある上肢の補助手レベル患者は稀で、結果としてSMDで施注適応となる例は必ずしも多くはない.しかし施注を反復してその効果を実感したリピーターが徐々に増えてきている.現在はリハセン同僚の荒巻晋治先生の応援を受けながら主に午後の時間に行っている.

●胃瘻造設患者のアフターケア

 赴任10年が経過し胃瘻造設例も増えた.造設後施設に戻った患者が定期的に胃瘻ボタン交換にやって来る.高齢造設患者でも胃瘻の延命効果は大きい.交換は容易で嘱託医にお願いしているケースも多いが、定期的に外来にやってくる患者さんと交換時にコミュニケーションを取るのも楽しいものだ.

●医師会病院10年目リハ医の今

 外科系医師として出発した私はリハ科担当当初、痙性麻痺の腱切り、経口摂取にこだわる嚥下障害例の喉頭摘出など、整形外科や耳鼻科の支援を受けながら“外科系リハ医“としてスタートした.また内視鏡医・向島 偕先生の協力を得て秋田県内でも相当早く胃瘻造設を開始した.一定期間大学リハ部・中村隆一教授の元で研修を受け、県立リハセンに勤務してからは大学同門の千田富義先生の指導を受けオーソドックスなリハ診療を実践してきた.そして医師会病院に赴任して以後、院内同僚の先生の知恵と知識に学びながら当院に合ったリハ医療を展開してきている.その自己満足度は高い.しかし困ったことに午前中の外来診療が昼を過ぎても終わらなくなってしまった.低血糖と同僚外来看護師さんの迷惑にはらはらしながら今日に至っている.

(本稿は2026年1月、秋田県医師会報NO.1644 『新春随想号』に掲載した)


 

2025年8月13日水曜日

[IS-REC/ISSUES]超高齢者胃瘻造設で学んだこと

 ●摂食嚥下困難・栄養障害・誤嚥性肺炎

 厚労省人口動態統計(2023年)の主な死因構成割合をみると悪性新生物・心疾患・老衰がその半数を占め、次いで脳血管疾患・肺炎・誤嚥性肺炎と続いている.いわゆる市中肺炎は肺炎双球菌ワクチンの普及で減少傾向だろう.実臨床からは肺炎とされた中に相当数の誤嚥性肺炎が紛れ込んでいると思われる.摂食嚥下困難は加齢自体で生じるが、背景にある脳動脈硬化や多発ラクナ梗塞・認知症など全般性脳機能低下に伴ってしばしばみられる事は周知の事実である.また摂食嚥下困難で徐々に食が細くなり、食事のむせ込みが苦しく食欲自体も低下して、枯れるように最後を迎えることも多いだろう.死因として“老衰”が増加しているのはそういった事情を反映していると思われる.他方、食欲が保たれるのにむせで十分食べられず、羸痩が目立つようになったり、介助で無理に一定量食べさせようとして誤嚥性肺炎を繰り返すと、本人やその周辺から何らかの対処が求められるようになる.代替栄養としての胃瘻造設(PEG)は内視鏡で比較的簡単に出来ることから当初、嚥下評価や嚥下訓練なしに過剰に行われた時期があった.現在は嚥下評価と嚥下訓練が可能な施設でのみ行われ、その安全性、またPEGが即・経口摂取不可ではないという認識が普及して超高齢者でもPEGが選択されるようになってきている.PEGは誤嚥性肺炎や栄養障害を減らしてQOLの高い生命予後改善に寄与している.

●由利本荘医師会病院でのPEG現況

 
 過去5年間に42例でPEGを行った.その紹介元(表)は総合病院16、施設(または嘱託医)20、当院外来(神経内科・リハ科)5、耳鼻科1であった.原則として、入院時に造設について家族の意向を十分確認し、造設前に嚥下評価(嚥下内視鏡VE)を行ない、PEG後も食事内容により気晴らし的経口摂取が可能かどうかを検討した.施設から入院の場合、評価から造設、胃瘻ボタン交換まで1カ月目処の入院で実施した.内視鏡による造設で、造設中も、その後の嚥下訓練でも特段のトラブルはないが、認知症患者では、嚥下訓練に応じてもゼリー摂取など直接訓練を拒否する例があり、PEG後に経口摂取のできない例も多かった.

●超高齢者の胃瘻造設pitfall

 最近、90歳前後以上の超高齢PEG患者が増加している.過去5年間でも42例中11例26%が90歳以上であった.そして超高齢者PEGで意外な伏兵に気づかされることとなった.典型例は嚥下障害で胃瘻造設希望入院、術前の嚥下評価で咽頭期嚥下障害が比較的軽く、食形態を選べは多少の経口摂取が十分可能なケースである.紹介元情報では経口摂取で頻繁に誤嚥性肺炎を繰り返していた.このようなケースで多少の気晴らし的経口摂取も可能と造設後退院時コメントに付記して施設に戻ったところ、トラブルが発生した.胃瘻栄養や気晴らし的経口摂取で再び嘔吐や誤嚥性肺炎を起こし、施設では対処困難となって舞い戻ってきたのだ.そんな超高齢者の問題ケースを続いて2例経験した.

●脊柱変形と上腸管膜動脈による十二指腸水平部狭窄(いわゆる、“上腸管膜動脈症候群”)

 


 施設の現状から経管栄養が朝夕1日2回注入で維持されている場合が多い.造設直後、当院では1日3回で胃瘻栄養を行うため、退院まで栄養注入後の嘔吐や逆流性誤嚥のトラブルはなく、このようなトラブルを予期していなかった.最近経験した1例(91歳男性)では脊椎変形と四肢屈曲拘縮があり、腹部が常時圧迫気味であり、十二指腸球部以遠の機能的通過障害に気づいた.幸いこのケースでは注入量減量で辛うじてその後のトラブルは消失した.2例目(93歳女性)は退院先施設で注入量調整など再三試みられたが、一定量一定回数注入で嘔吐が繰り返され、再紹介となった.本例は上部腰椎の圧迫骨折の既往で十二指腸水平部の機能的狭窄が強く、腹部CTで器質的イレウスを認めなかったが、胃瘻から注入したガストログラフィンを時間的に追いかけると、数時間経過しても胃内に造影剤が多く滞留していることがわかった(図).本例は現在、中心静脈栄養と少量の気晴らし的経口摂取で経過をみているが、本人が強く希望する経口摂取を続ける限り、食塊の胃内蓄積と嘔吐は避けられないようである.

●超高齢者経口摂取困難は咽頭期嚥下機能低下のみにあらず


 


 パーキンソン病その他の神経難病は別として、PEGはいよいよ超高齢者でも増加している.今回、あまり間をおかずに経験した超高齢者2例のいわゆる、“上腸管膜動脈症候群”は経口摂取困難・栄養障害の原因が必ずしも咽頭期嚥下の問題のみに帰せられないこと示しており、良い教訓となった次第である.








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(表)由利本荘医師会病院・リハビリテーション科でのPEG実施例内訳(2021~2025)

(図)いわゆる、“上腸管膜動脈症候群”2例目の腹部Xp所見.ガストログラフィン100ccを胃瘻からゆっくり注入し、数時間後に撮影.胃内に未だ多量の造影剤が滞留している.

※本稿は2025年8月、秋田医報NO.1639号記事『銷夏随想』に掲載した



2025年1月10日金曜日

[IS-REC/ISSUES]『未就学児対応の外来ST』~発達障害~

  外来で扱う未就学児のうち、機能性構音障害は、5歳児健診で指摘され就学までの一定期間の指導で改善・治癒する場合が多いと述べた。これに対して言語発達遅滞・自閉スペクトラム症(ASD)などと診断される発達障害のケースは、訓練期間が長く、完全な治癒をめざすものではなく、社会生活・学校生活を送る上での折り合いを付けることに主眼をおいた指導をする。前回は当院において未就学児の認定ST(言語発達障害領域)による外来診療活動を外観した。今回は発達障害の事例を紹介し、それらを医学モデル(発達神経学の裏付け)と社会モデルの立場から振り返り、特に後者に連動する「ニューロダイバーシティー」の考え方に触れる。

●事例1:4歳男児. 診断「言語発達遅滞」

 言葉の遅れを主訴に市内小児科から紹介された。言語面の初回評価では、2語連鎖の受容、3語連鎖の一部表出が可能。動作性課題で、図形弁別10種、積み木構成、縦横の描線が可能。観察では、単語レベルの表出が多く、会話はオウム返しとなる。行動面に衝動性なく着席動作が可能。視線注視が可能で他者への関心もある。2語文レベルの表出・理解の向上を目標に課題を反復した。その結果、5歳9カ月時評価では、身近な関心事に文章レベルの自発話が増え、会話でのオウム返しは消失した。しかし話題が変わり関心事から逸れると会話は困難で、自信なく無言で通す事が依然みられた。一方で言葉を介さないコミュニケーションで他者と関わる事が増えた。

●事例2:2歳3カ月男児. 診断「言語発達遅滞」

   有意味語表出なく市保健センターを介し紹介された。受診時、喃語含む表出はまったく訊かれず。簡単な口頭指示理解も困難で、事物の操作のみ対応する。手元の図形弁別や積み木が可能。線や円の描出はST指示で困難だが、家で母親の指示で描けることがある。訓練開始当初の評価では自発的表出が身振りを含めてなく、要求時のみ大人の手を使う“クレーン現象”で行った。視線を合わせた会話は困難。行動面の衝動性を認めないが、着席などは促しに大きく抵抗する。コミュニケーション面では、待っていると視線を合わせるが不定で顔を近づけ声かけすると無意味声をあげて相手の顔を叩こうとする。遊びも一人で行う。その後の訓練は他者との関わりを楽しく行うように誘導する課題を設定した。時間を要したが6歳6カ月で時点では、文章レベルの自発話が可能となり、会話が成立し、行動面で時間中継続して学習でき、他者と楽しく交わる事が可能となって目標達成・訓練終了となった。

●事例3:3歳女児.  診断「自閉スペクトラム症」

  行動面・コミュニケーション面での評価・訓練継続のため小児療育センターから紹介された。受診時、有意味語の表出なく、口頭指示理解不能。簡単な物品操作可能。図形の弁別や積み木重ねが可能。描線は誘導や模倣でも困難。初回訓練時、表出は単音のみで喃語や身振りでの表出もない。呼びかけに応答せず会話できない。行動面で動きが多く同席の母親に抱きつき、要求が通らないと床に寝ころがり抵抗し、着席は困難。コミュニケーションで視線を合わせず、遊びは一人で部屋の隅から隅を走り回り、玩具を手にせず他者への関わりは拒否的である。その後の訓練方針は他者の存在を理解し、関わる事の楽しさを主眼に訓練を継続した。訓練開始9カ月目には明瞭な有意味語を認めないが、それらしい発語や状況に応じた身振りが視線を合わせて可能となった。会話継続は困難なままで改善なし。一方、着席動作ができるようになり、意志に沿わない事で床に転がる事はなくなった。

●症状・障害はどうとらえられているか?

 症状・障害を診断する基礎となるICD-10、 DSM-IV分類では、心理的発達障害と行動・情緒の発達障害に大きく二分されている。日常、他とのコミュニケーション障害は、心理的発達障害に含まれ、構音器官によらない言葉の表出・理解、言葉を繰る能力の障害である。また読字・書字・算数の学習障害や運動機能の発達障害(発達性協調運動症、DCD)が知られている。さらに自閉症(ASD)などを含む広汎性発達障害が同じグループに入る。後者の行動および情緒の障害には、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、選択性緘黙症(場面緘黙症)などが記載されている。

●発達障害の神経基盤*

 神経ネットワーク発達過程でのシナプス“刈り込み”遅延や未成熟が原因である。脳の正常発達には内部の神経回路ネットワークの発達が必要で、その発達を終えるのに20年程度要するとされる。脳の働きが特化する過程は、個人差と生育環境の影響があり、心理的発達障害はこのネットワークの異常で説明され、中枢性統合の障害(「木を見て森をみない」)や感覚過敏や鈍麻・共感覚などの日常生活に影響する症状を生じる。したがってその正常化には時間と教育上の様々な配慮が必要となってくる。行動・情緒の発達障害の代表であるADHDは、脳全体の時間リズムの切り換え不全の結果と考えられている。

●コミュニケーションに関する発達障害とニューロダイバーシティー**

 発達の遅れ(≒神経ネットワーク発達の遅れ)によるコミュニケーションの障害を、“能力の欠如”として捉えるか、個人の特性や多様性と捉えるかで治療者の関わり方が決まってくる。事例1~3では、受診・訓練開始時期、障害の重症度はさまざまで、再評価や終了時に“普通や正常”に届いていない点もある。しかし訓練場面では遅れを要素分解しステップバイステップに指導し、時間を要しても場を重ねる毎に外来担当STと患児のコミュニケーションは改善している。患児の示す特性の周囲理解も進めばインクルーシブな就学も可能となる。医療の基本が患者の自然治癒力を促すものであるように、外来ST場面で対応する発達障害の基本も障害治療というより患児の特性や多様性を理解尊重した「ニューロダイバーシティー」の視点からその特性を活かした学習を促し援助してゆく取り組みと考えられる。

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*:Newton2024年11月号「発達障害の脳科学」

**:ニューロダイバーシティーの推進について(経済産業省)


(本稿は2025年1月、秋田医報NO.1632「新春随想」に掲載した)




2024年8月18日日曜日

[IS-REC/ISSUES]~リハビリと自動車運転評価~

 ●高齢者の自動車運転

 自動車運転免許更新時に75歳以上高齢者の認知症検査が義務づけられ7年が経過した。検査の結果、免許更新ができなかったり自主返納するケースも増えてきている。運転操作ミスなどで死亡を含む大事故が跡を絶たないが、車の構造上の進歩もあり、いずれAIによる自動運転でこういった問題も解決するだろう。

●リハビリ入院患者さんの自動車運転

 脳卒中などでリハビリを受け、基本動作や日常生活活動が自立に近いと、年齢に関わりなく日常生活に欠かせない手段として自動車運転を希望する患者は多い。現状では高齢者に限らず、脳損傷により多少とも身体や認知行動に影響を受けると発症前同様に運転が可能かどうかを医学的立場から評価する必要が生じてくる。特に高齢患者では加齢や元々の骨関節疾患に伴う動作全般の障害があり、自動車運転を続けるには様々なハードルが横たわっている。リハビリ入院中に身体や認知機能の障害は日常生活上の能力として繰り返し評価される。自動車運転はそれと共通した能力に加え、さらに脳の統合的能力が要求される。脳の統合的機能とは大脳連合野機能としての高次脳機能、そのうち認知と運動を結び行動の指令的役割を果たす前頭連合野機能である。

●自動車運転に必要なスキルとメンタルの評価

 必要検査として自動車運転の身体的スキルの評価は理解しやすいだろう。患者は障害発生まで日常的に運転していた場合が大半であるから五感を含む新たな障害がなければ両手両足を使った運転操作に支障ないはずである。手足の麻痺が残った場合には車への乗降、ハンドルやブレーキ、クラッチ操作などで支障があり、これらを解決するか補助する車の改造が必要である。予め対麻痺用や片麻痺麻痺用に改造され、さらに本人が使用する車椅子積載を片手で簡単にできる構造の既製車も売られている。障害と車の構造的問題が解決しても次に操縦上の問題として、反応時間が上ってくる。ブレーキは一定時間内に踏み替えと踏み込む操作が要求される(通常は0.7秒程度)。次いで注意力。注意にはさまざまな側面があり、視覚的注意・配分的注意などが評価される。注意は、高次脳のうち前頭(連合野)機能と関わり、机上検査として、Stroopテストやかなひろいテスト、TMT(A&B)などが行われる。自動車運転評価の多くは、後2者で評価される。TMT(A&B)は、注意の持続と選択を視覚的探索、視覚と手の運動協調の面から評価する。テストAはランダムな25個の数字を線で順に結ぶ。テストBでは数字と仮名を交互に数の昇順、五十音順で結んでゆく。いずれも完成までの時間、誤反応の有無を評価する。図はその実際例である。本例のテストBでは完成に要した時間も誤反応数も多く注意力の低下があると判断される。

TMT(A&B)評価結果の例

自動車模擬運転


●経験例から

 相当以前の話だが前交通動脈瘤破裂くも膜下出血の若い患者でメンタルを含む脳機能障害の回復良く、てんかんのエピソードもない例を経験した。特に本人や家族から自動車運転の是非について相談なく、私自身も指導・アドバイスの必要性を失念していた。自宅退院数カ月後、自動車運転中の自損事故で死亡したことを新聞で知り、呆然とした。現在はリハビリ医療機関と運転免許センターの密な連携があり、このような痛ましい事例はないと確信する。他方、秋田県のような広域で交通不便な環境で生活するには自家用車は生活必需品であり、特に自営業に戻る場合には仕事上も車運転が是非とも必要である。したがって退院時には運転希望の有無、運転可否について必ず確認・評価・指導する必要がある。

○自験例1(KT65歳男性):自営業。仕事上、秋田と実家のある由利本荘を頻繁に往復する必要があり、自家用運転を希望された。右内頚動脈血栓性閉塞で急性期再開通療法が成功した。しかし右半球前方域のまだら梗塞が発生したため、軽度左片麻痺と前頭葉機能障害が残りリハビリを行った。入院中に麻痺はほぼ消失した。記憶検査は正常だが、易怒的で判断力・注意力に難があり、大仙市協和の県立リハセンで自動車模擬運転評価を行った。模擬運転では状況に応じた運転が可能であったが、机上検査で全般的注意力の低下、瞬時視や移動視で左視野に見落としがあり、結果は運転不可とされた。しかしその半年後の再検査では合格となり、保留中の運転免許更新と自家用運転が可能となった。

○自験例2(SK78歳男性):10数年来の右脳血栓で左片麻痺を後遺する。廃棄物処理業自営で自家用運転も普通にこなしていた。しかしここ数カ月前から物忘れがあり、また軽微な自損事故が目立つようになった。MRI画像のフォローアップで左放線冠に新たなラクナ梗塞を発見した。自覚的に障害が悪化した意識はなく、仕事上も自家用運転が必要なため、家族や主治医の免許返上のアドバイスは受け入れ難いようであった。リハセンで自動車模擬運転評価を行った。その結果、模擬運転や机上検査で失点が目立ち、この検査結果から本人もようやく免許返上に応じてくれた。

●高齢者・障害者など移動手段弱者の問題

 障害者に対する運賃割引精度に始まり、2000年の交通バリアフリー法で公共交通機関利用時の物理的障害の一部は解決した。しかし過疎化が進んで生活に必要な公共交通手段自体が乏しくなった。高齢者や障害者はますます遠くへの移動が困難となってきている。障害の程度や有無に関わらず誰もが自由に移動できる手段が必要である。しかし目下のところ、コストに見合う有効な解決策は見当たらない。時間がかかっても一度外出したらワンストップで用を足せる町づくり、コンパクトシティー化の環境整備が必要である。また生活や仕事にどうしても車が必要な場合には、もはや夢ではない段階まで技術が進んできたAIによる危険回避・自動運転可能な構造の自家用車普及が待たれている。

(本稿は2024年8月、由利本荘医師会報NO.602「いいたい放題」に掲載した)






2024年8月17日土曜日

[IS-REC/ISSUES]未就学児対応の外来ST』~これまでの診療活動~

 ●未就学児童のコミュニケーション障害

 現職場に勤務以来、リハ医として児童のコミュニケーション障害を診るようになった。数年前からいくつか関連する書籍を漁り、その中で自分に一番役立ったのが平岩幹夫先生の教科書であった。この書籍については自身のブログ読書録で以前に紹介した(脚注)。さて当院リハ科には県内唯一の認定言語聴覚士(言語発達障害領域)の資格を持つMさんが勤務しており、彼女を頼ってたくさんのケースが紹介されてくる。今回そのようなケースで、オーダリングシステム稼働後の330例を分析したのでその結果の一部を紹介したい。

●紹介元・紹介時年齢・診断病型(図1~3)

 対象330例の紹介元をみると(図1)、Mさん自身も一部関わる由利本荘市とにかほ市の相談健診の場で該当する児がピックアップされてくることが最も多い(177名・54%)。次いで秋田県立医療療育センター小児科からの紹介84名(25%)、市内などの小児科から紹介43名(13%)、そのほかに巡回相談や就学前健診を機に紹介される場合もある。紹介時の年齢をみると(図2)、1歳6カ月から就学直前の6歳11カ月に分布し、5歳児が最も多い。診断病型(図3)は外来STを行う診療報酬との兼ね合いもあり、必ずしも厳密ではない。機能性構音障害が最も多く、192名・58%、言語発達遅滞110名・34%、自閉症・自閉スペクトラム症(ASD)23名・7%、その他5名・2%である。
図1. 紹介元

図2.当院初診時の年齢分布

図3.病型一覧


●病型ごとの特徴と訓練終了時評価(表)

 機能性構音障害は生後、正しい発音が身についていないための構音障害で、口蓋裂など口腔の器質的異常を伴わない場合、適切な指導と訓練で治癒に至るケースが大半である。また器質的異常があっても適切な治療を受けた後の予後は同等である。機能性構音障害192名中164名・85%が治癒、就学前指導としての目標達成が13名・7%であった。言語発達遅滞は県立医療療育センターで診断されたものが多く、該当110名の訓練期間は機能性構音障害より平均1年長く、終了時評価の治癒と目標達成合わせた数は65名・60%であった。ASDもそのタイプや障害要素も様々だが、該当23名の平均訓練期間は言語発達遅滞より長く平均1年10カ月、終了時評価で就学に対する目標達成は14名・61%であった。
表:病型区分と訓練予後

●機能性構音障害

 ある音の発音が正しくできない状態があると、単語レベルから意図した内容が伝わらず家庭や保育園でのコミュニケーシがうまくゆかず何らかの対応が必要となる。そして3歳児や5歳児健診で指摘され小児科医院などに相談が寄せられる。これらは生後、正しい発音が未獲得の構音障害で、機能性構音障害と診断され、“ハビリテーション”(“リハビリ”ではない)が行われ当院外来STでも最も多い。誤りのタイプには子音の省略(sa,ta,ka→a)・子音の置換(ka,sa,si→ta.ta,chi)が多く、音の歪みや付加などもある。これらは訓練開始前後に行う知能を含めたさまざまな検査で予後を図りながら訓練プランが立てられる。誤りのタイプに沿ったプログラムはあるが、児童の発達や障害の程度に合わせて個別的訓練メニューが決まってゆく。訓練予後は最も良い病型である。

●言語発達遅滞とASD

 2022年の文部科学省調査では通常学級で「発達のでこぼこ」のある子が約8.8%(小学生のみで10.4%)を占めるという。病気ではなく、その子が折り合いを付けていく「特性」((京都教育大教授・小谷裕実)と考える。機能性構音障害は治癒に至るケースが多い。一方、言語発達のでこぼこでは言葉自体の発達が遅れ、緘黙状態であったり表出があっても単語レベルで幼児語に留まっていたりすることがある。相手の言葉の聴理解も遅れるている事が多い。訓練開始に合わせた観察や評価で言葉以外も含めた発達のでこぼこを見つけて個別プログラムを立てる。言葉の表出・理解、書き取り、事物操作、などを遊びの要素を交えながら進める。時間を要するが就学前に支援目標に半数以上が達している。さて、自閉症・自閉スペクトラム症(ASD)の診断例が増え、当院外来STへの依頼も増加している。言葉が出にくい、落ち着きなく動き回る、視線を合わせられない、他の子供と遊べない、等の言葉以外の症状も目立つのがその典型例である。ASDは外来STでの包括的支援のみで困難だが、担当STはその子の特徴や発達の度合いを総合的にみて対応を検討する。言葉が出せなくても人と関わる力をつけると意欲が出て生活力がつき課題のおおまかな改善が図られて指導目標達成に至る事が多い。無理に話させるとかえって失敗するので言葉によるコミュニケーションにこだわらないように親や学校にアドバイスする。比較的短期間で外来STが終了する場合があるのはこのためである。

●地域完結型医療として

 総合病院より専門病院、一病院完結型から地域完結型病院へと舵が切られている。リハビリの中でも小児に十分対応できる施設は限られており、特に精神・身体面、言語コミュニケーションに関わる小児発達障害を扱える施設は秋田県に限らず非常に数少ない現状である。当院では専門性高い分野の資格と知識・経験を持つSTが常駐する。当院リハ科外来で小児コミュニケーション障害も取り扱い可能であることを是非知っていただきたい次第である。

---------(脚注)-----------
https://akitanoichirosayama.blogspot.com/2018/04/is-recbook.html

(本稿は2024年8月、秋田医報NO.1627「銷夏随想」に掲載した)




[IS-REC/ISSUES]『働き盛りの息子・娘に負担かけたくない!』~医療・介護の家族サポートとケア考~

 ●遠隔地のキーパースン

 公務員退職後も長らく現役社会人だったH氏(94歳)が倒れた。急性期病院治療後に当科紹介、廃用症候群として原病治療継続とリハビリを行う予定であった。しかし転院後に原病に伴うさまざまな続発症や合併症を起こして死地を彷徨った。その都度、東京在住のキーパースンであるH氏長男に直接来院していただいた。電話連絡で済ませられる場合もあったが生死に関わる事が多く遠隔地からの来院要請は致し方なかった。H氏長男は年齢的にも要職に着くエッセンシャルワーカーであり、時間のやりくりは相当大変だったに違いない。20数年前に両親を亡くしている私とH氏長男とではケアされる世代の私とケアする側の彼とで立場はまったく異なるが、とても人ごととは思えなかった。自分がH氏のようになった場合、多忙な遠方の息子・娘は果たして仕事を放って当地まで駆けつけて来れるだろうか?

●家族介護の現実

 団塊世代が75歳を過ぎ、75歳以上人口は2000万人を超える。厚労省の推計で2040年に生産年齢人口(15歳~64歳)が現在より2割減少し、いわゆる「8がけ社会」となる。2050年には高齢一人暮らし世帯が44%、2060年には65歳以上高齢者の3人に一人は認知症で何らかのケアが求められるようになる。高齢化や過疎化進行が全国平均よりずっと前をひた走る秋田県。日常、障害を抱えリハビリを行い、その後も外来で治療を続けるたくさんの患者さんをみていると、介護保険があっても経済的に施設利用も在宅サービスも困難、一方家族による介護力も乏しいといった悲惨な現実に突き当たる。夫と二人暮らしで外来通院中のS(89歳)さんは受診時に決まってケアする夫への愚痴や不満を繰り返す。起立・移動が困難なSさんを在宅で介護する夫の負担は相当だろう。しかし介護保険の自己負担額を考えると施設や在宅サービス利用は困難なのだ。同様な例は、退院先や退院後のサービスを検討するリハビリカンファランスでもしばしば話題となる。家族の介護力から在宅ケア主体の自宅退院が困難と判断されても、経済的理由から在宅を選択する家族がしばしばみられる。また家族介護のために息子・娘が離職して遠隔地から当地に戻るケースも数多い。家族の負担を最小限とするはずの介護保険が少子高齢化と「8がけ社会」の現実を前に機能不全を起こしつつある。

●ヤングケアラーとビジネスケアラー

 ある大手半導体メーカーの正社員を対象に親の介護について調査したところ、現在既に親の介護をしている 割合が12%、将来的に親の介護のため離職を考えているが65%だったという(朝日新聞、けいざい+『増えるビジネスケアラー』2024.6.12)。中堅社員を多く抱える大企業では親の介護の問題を相談できる仕組み作りも進んでいる。介護に関する最近の話題は、高齢者増加と高齢者・障害者家族を介護するヤングケアラーやビジネスケアラーの問題である。ヤングケアラーの問題は子の将来に関わるため深刻であり法律上、行政支援の対象となった。しかしその実態把握は不十分で支援体制の地域間格差は大きいという(毎日新聞2024年6月28日社説)。ビジネスケアラーでは、仕事と介護を両立させるタイムマネジメントが大変である。今後、介護される高齢世代が増加し、働きながら介護する人が確実に増えていくだろう。また生産年齢人口を構成する若い世代が東京一極に集中しているため、遠隔地の故郷に戻って家族介護に当たるベテラン社員の介護離職が中央の中・小・大企業で生じて来るだろう。これは職場内に限らず、現役世代が減少を続ける社会全体の大きな問題である。

●ケアされる側と、する側の問題、そしてACP

 医療と介護の現場で仕事に従事し、医療と介護に関わる周辺家族の現実、医療と介護を受ける患者の状況を第三者の立場でみる習慣がすっかり身についてしまっている。しかし今後の医療と介護の問題は無論人ごとではない。自分自身の行く末を考えると、加齢や持病・疾病併発で健康寿命が尽き入院医療や介護が必要となる時が必ずやってくるだろう。また様々な手続きや意思決定が困難になると、遠方の息子・娘の直接・間接のサポートも必要となる。そんなディストピアに映る近未来で医療とケアを受ける自分と、それを支えるケアラーとしての家族(息子・娘)を具体的にイメージすることは辛いことだが避けては通れない。いつも他人事と感じているアドバンス・ケア・プランニング(ACP)も身近な自分と家族の問題として検討していかねばならないだろう。

●それでも健康長寿の元気老人を続けたい

 高齢でも元気で現役を通した日野原先生や瀬戸内寂聴さんの紹介本。最近では4回の月曜連載記事(読売新聞)で紹介された『「人生100年の歩き方」天野恵子さん(内科医)』の記事。カスピ海ヨーグルト創始者、家森幸男先生の近著『80代現役医師夫婦の賢食術』(文春新書)。いずれも健康で仕事を続ける自らの日常生活や食事のノウハウ、心構えを披露している。こういった健康情報で得た知識でわれわれ夫婦もすっかり、“健康お宅”である。妻は認知症予防にハングルを学び続け、ピアノレッスンを受けるのも欠かさない。多少の身体不自由を抱えるが毎日水中ウォーキングにでかけている。また朝市に通い、新鮮な野菜や魚を求めて朝の食卓に供している。私も現役医師を続けながら1日1万歩以上の運動ノルマを果たしている。一方、身近なところで友人や知人の脳卒中・心筋梗塞・ガン罹患や急逝の報を聞くことが多くなった。誰しも決して予期していなかった事に違いない。現在の境遇と健康に感謝する気持を忘れず、「働き盛りの息子・娘に負担はかけたくない!」の気持ちで健康長寿を全うしたい。
(本稿は2024年8月、由利本荘医師会報NO.602「銷夏随想」に掲載した)



2024年4月3日水曜日

IS-REC/ISSUES]楽園『悩める中高年に贈る 養生のヒント82』

 秋田県の無料広報雑誌「楽園」(平成22年~)は、中高年向けの健康記事を掲載しています。冊子は、 県内(銀行、図書館、宿泊施設、協力医療施設)および県外のアンテナショ ツプに設置されています。本稿はその82号(令和6年4月1日号)に掲載されたものです

ロコモ・フレイルを予防し 健康を維持する工夫


○ヒトはだんだん不精になる!

歳をとると程度の差はあれ自分からすること、新しく始めることが億劫になります。自ら計画して行動する段になると事は思うように運ばず無為に時間を過ごしがちとなります。以前からの習慣を別として、新しく始めることがからきしダメなのです。健康のために運動を含めた良い習慣を始めようと思っても、“まあ、まだ今日はいいか・・”という悪魔のささやきが、行く手を邪魔します。受動的でさほど努力なしでできる事を除いて、新しい習慣を獲得するまでこの億劫な気持ちがすべてを支配します。加齢により身体能力や集中力が落ちることも影響しています。しかし行動開始以前に、考えることすら億劫になれば、これは認知症の一歩手前か立派な認知症です。

○ロコモ・フレイル“を防ぐ今すぐできること

日常生活の中ですぐにできることもあります。建物内移動に階段を使う、屋外歩行は早足歩きをする、などはすでに皆さんも実践しているでしょう。少しハードルが高くなる健康習慣についてはどうでしょうか?

○“行動不精・運動不精”に陥りやすい課題の習慣化

食習慣については暴飲暴食を避け、飲酒・喫煙を節制する、運動習慣については一日8000歩以上のウォーキングや有酸素運動、筋肉トレーニング、ストレッチなど柔軟体操を行う、こういった課題を習慣化するには一工夫が必要です。市や町で主催する講座や企画に参加したり、ご近所誘い合ったウォーキングやスポーツ、ゲームがあればこれは継続できる良いきっかけになります。お金をかけてスポーツクラブやリハビリ教室に通えば、運動継続の力になるでしょう。しかし仲間を集ったり行事に参加するのが苦手、運動機会にお金をかけたりするのが困難な場合も多いでしょう。でも大丈夫です。心がけやかけ声だけではロコモ・フレイル・認知症を予防できませんが、一人で始める工夫はいくらでもあります。

○ロコモ・フレイル予防を一人でも始める工夫

毎日決まった時間に体重計にのったり、血圧を図ったりして記録しましょう。生活習慣病で通院中の皆さんは病院でも勧められますね。毎日測定して自分の健康状態に関心が及ぶとそれが次の行動につながります。“食べ過ぎや塩分取りすぎに注意”、“体重を落とす運動を続けよう”そういった食事や運動に対する動機付けができればチャンスです。息が弾む程度の運動(3メッツ以上の運動)を1時間も続ければ確実に1kg以上の減量が可能なことを実感してください。体重計とにらめっこしながらする運動が楽しくなります。ラジオやミュージック・プレイヤーで番組や音楽を楽しむ、あるいは“聴く読書”しながらのウォーキングは多くの人がすでに実践しています。“ながら運動”は認知症の予防にも有効で、ウォーキングに出かける大きな動機付けにもなります。スマホヤスマートウオッチを持たれる方も多くなりました。ご存じのようにこういった機器には、運動機能を即座に表示したりGPS機能を使って現在地表示や歩行距離を表示する機能があり、また一定時間以上の安静が続くと運動を促す機能もあります。上手に利用すれば運動を楽しみながら行う動機付けツールとなるでしょう。




2021年9月2日木曜日

[IS-REC/ISSUES]秋田県の無料広報雑誌「楽園」NO.65(令和3年6月1日)号掲載

 秋田県の無料広報雑誌「楽園」(平成22年~)は、中高年向けの健康記事を掲載しています。冊子は、 県内(銀行、図書館、宿泊施設、協力医療施設)および県外のアンテナショ ツプに設置されています。本稿はその65号(令和3年6月1日号)に掲載されたものです。

『養生のヒント  ~あなたは、“元気老人?”それとも“フレイル?”』


○リハビリ病院の患者さん達

        入院リハビリを受ける、それは日常生活が困難となる何らかの原因があって、急性期治療後も家に帰ることが出来ず、生活機能の回復を図る入院です。入院理由は要介護・寝たきり原因とほぼ共通。その主な原因は、認知症・脳血管疾患・高齢による衰弱・転倒後の骨折などが挙がっています(厚労省2019)。リハビリ入院はその中でも良くなると期待されるケースなので、認知症患者は除外されます。

○リハビリ入院患者に、“元気老人”はいない!

    
        リハビリ入院患者は、“アラエイティー(80歳前後)”で、フレイル、すなわちヤセで低栄養・筋量低下(サルコペニア)・活動量低下、が共通しています。フレイルでは握力が落ち、両下腿が細くなり、低栄養状態で、意欲・体力なく、栄養の改善を図らないとリハビリ実施は困難です。

○フレイルだから要介護や寝たきりとなる!

        一般にフレイルは老化に伴う心身機能低下と考えがちですが、老化の必須プロセスではありません。事実、私たちの身の回りには高齢でもたくさんの“元気老人”がいます。一方、徐々に食が細くなり痩せてきた、外出しなくなった、外出時には信号機のある横断歩道を渡り切れなくなった、などの症状があればフレイルの可能性が高くなります。フレイルになると簡単に骨折する、食事の偏りや低栄養、脱水から脳卒中・心筋梗塞などに罹患する、また認知症を発症する、などの可能性が高くなります。


○フレイルを予防して健康寿命を伸ばそう!

        寿命自体の調整は困難です。しかし細胞や遺伝子レベルで寿命制御機構が発見され、
実験動物から人の長寿化の試みが現実化しつつあります。他方、老化はプロセスであり個体差が大きく、個人の生活習慣に大きく左右されます。老化に抗して健康寿命を延ばしフレイルを予防するには日常の栄養が最も大切。高齢になるほど淡白で粗食を好み、また生活時間が不規則、食事も朝昼兼用、夕食が夜食となる、などのケースがみられます。三食をきっちりとる、魚肉・鶏肉など、蛋白質を多く食べ、副食多く主食は特に夕方に少なめとする、これが基本です。また自分の歯を残すように定期歯科健診を受け咀嚼力、口腔・嚥下機能を維持してオーラルフレイルを予防します。身体運動能力の維持・改善には毎日の運動が必要。朝のラジオ体操、また仲間と一緒に出来る運動などが良いでしょう。ウォーキングは速歩で息がはずみ汗をかく程度の負荷で行います。社会参加の面では、可能な限り就労を続けます。そうでない場合にはボランティア活動、友人とのおしゃべり・会食、または観劇などの文化活動も望ましいことです。これらの点に心がけるのはもちろん大切ですが、生活習慣病で治療を受けている方はかかりつけ医の投薬と指導で治療を中断しないようにしましょう。老化というプロセスからフレイル、サルコペニア、そして認知症を予防して要介護状態に陥らずに、いつまでも元気老人でい続けられるかどうかはあなたにかかっているのです。

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