本書が音楽ミステリー傑作第二弾とは知らなかったが・・・
中山七里の音楽ミステリー第一弾で映画化もされたという傑作、『さよならドビュッシー』をまったく知らずに本書をたまたま手に取った。きっかけは某新聞記事にあった元外務省国際情報局長・孫崎 亨(まごさき・うける)氏の“集団的自衛権は国家テロを招く”という記事。現在の緊迫する政治状況に警鐘鳴らす記事であるが、その一つの例証として本書の紹介があったことから興味を持った。
集団的自衛権行使とテロリズムの恐怖
本書のミステリーはショパン・ピアノコンクールが行われるポーランドを舞台に展開する。前奏曲(プレリュード)とする物語の導入部ではポーランド大統領夫妻を含む国家の重鎮を乗せた政府専用機が原因不明のエンジントラブルで墜落炎上するところから話が始まる。
そして以後Ⅰ~Ⅳ章は、ショパン・コンクールを間近に控えたポーランド、ワルシャワに集うコンテスタンツ、特にポーランドの音楽一家に生まれ、才能にも恵まれてコンクールでの優勝を国挙げて期待されるヤン・ステファンスを中心に話が展開する。コンクール進行で実況的に語られるショパンの楽曲とその演奏にまつわる技法など、クラシック好きとはいえ、私にはまったく理解出来ないレベルでの話が書き連ねられていくが、不思議と目障りとはならない。
一方で、政府専用機墜落に関わった犯人とおぼしき人物と接触した刑事が会場内の出場者用控室で惨殺される。ワルシャワ市内では相次ぐ市民を巻き添えとした爆弾テロ事件が起こる。まさにショパン・コンクールに合わせたテロリストのワルシャワ潜伏である。テロは、ポーランドが対テロ戦争でアフガンやイランに派兵、その折に現地で起こったある事件が背景にあった。
集団的自衛権のもとに自国防衛と関係のないところで起こる戦時殺戮、その怖さをこの音楽ミステリーは描く。孫崎 亨氏は、「復讐とテロを呼び込む集団的自衛権行使」として、まったく架空の国ではなく、これまで集団的自衛権行使で再三軍隊を紛争国に派遣しているポーランドを実例に、その首都ワルシャワを舞台とする国際テロ・ミステリーに注目したのだ。
ショパン・コンクールに肉薄する深い音楽的理解をベースにストーリー展開する本書の魅力
本書はピアニストの読者も絶賛するように、ショパンの楽曲を言葉で表現する技巧に長けた玄人はだしの文章が次から次へと表現されてゆく。それはあたかも自分がこのショパン・コンクールに身を置いているような錯覚と臨場感を読者に提供しているのだ。
著者のシリーズものに登場する日本人コンテスタンツ、岬 洋介、生まれながらの若き盲ピアニスト、榊場。主人公ヤンは、“ポーランドのショパン”を乗り越えて優勝する。それはまさに、この二人の日本人による影響のなすところであった。
読者に息つかせない展開、慌ただしく終結に導くテクニック。そして読者にまったく意外と思わせてしまうテロリストの判明。本書ほどミステリーとして完成度高く、また様々な話題性に富み、多様な読者を惹きつける本はないのではないか?私もすっかり中山七里の音楽ミステリーにハマってしまった。早速第一作、『さよならドビュッシー』も読まねばなるまい。