2024年8月17日土曜日

[IS-REC/ISSUES]『働き盛りの息子・娘に負担かけたくない!』~医療・介護の家族サポートとケア考~

 ●遠隔地のキーパースン

 公務員退職後も長らく現役社会人だったH氏(94歳)が倒れた。急性期病院治療後に当科紹介、廃用症候群として原病治療継続とリハビリを行う予定であった。しかし転院後に原病に伴うさまざまな続発症や合併症を起こして死地を彷徨った。その都度、東京在住のキーパースンであるH氏長男に直接来院していただいた。電話連絡で済ませられる場合もあったが生死に関わる事が多く遠隔地からの来院要請は致し方なかった。H氏長男は年齢的にも要職に着くエッセンシャルワーカーであり、時間のやりくりは相当大変だったに違いない。20数年前に両親を亡くしている私とH氏長男とではケアされる世代の私とケアする側の彼とで立場はまったく異なるが、とても人ごととは思えなかった。自分がH氏のようになった場合、多忙な遠方の息子・娘は果たして仕事を放って当地まで駆けつけて来れるだろうか?

●家族介護の現実

 団塊世代が75歳を過ぎ、75歳以上人口は2000万人を超える。厚労省の推計で2040年に生産年齢人口(15歳~64歳)が現在より2割減少し、いわゆる「8がけ社会」となる。2050年には高齢一人暮らし世帯が44%、2060年には65歳以上高齢者の3人に一人は認知症で何らかのケアが求められるようになる。高齢化や過疎化進行が全国平均よりずっと前をひた走る秋田県。日常、障害を抱えリハビリを行い、その後も外来で治療を続けるたくさんの患者さんをみていると、介護保険があっても経済的に施設利用も在宅サービスも困難、一方家族による介護力も乏しいといった悲惨な現実に突き当たる。夫と二人暮らしで外来通院中のS(89歳)さんは受診時に決まってケアする夫への愚痴や不満を繰り返す。起立・移動が困難なSさんを在宅で介護する夫の負担は相当だろう。しかし介護保険の自己負担額を考えると施設や在宅サービス利用は困難なのだ。同様な例は、退院先や退院後のサービスを検討するリハビリカンファランスでもしばしば話題となる。家族の介護力から在宅ケア主体の自宅退院が困難と判断されても、経済的理由から在宅を選択する家族がしばしばみられる。また家族介護のために息子・娘が離職して遠隔地から当地に戻るケースも数多い。家族の負担を最小限とするはずの介護保険が少子高齢化と「8がけ社会」の現実を前に機能不全を起こしつつある。

●ヤングケアラーとビジネスケアラー

 ある大手半導体メーカーの正社員を対象に親の介護について調査したところ、現在既に親の介護をしている 割合が12%、将来的に親の介護のため離職を考えているが65%だったという(朝日新聞、けいざい+『増えるビジネスケアラー』2024.6.12)。中堅社員を多く抱える大企業では親の介護の問題を相談できる仕組み作りも進んでいる。介護に関する最近の話題は、高齢者増加と高齢者・障害者家族を介護するヤングケアラーやビジネスケアラーの問題である。ヤングケアラーの問題は子の将来に関わるため深刻であり法律上、行政支援の対象となった。しかしその実態把握は不十分で支援体制の地域間格差は大きいという(毎日新聞2024年6月28日社説)。ビジネスケアラーでは、仕事と介護を両立させるタイムマネジメントが大変である。今後、介護される高齢世代が増加し、働きながら介護する人が確実に増えていくだろう。また生産年齢人口を構成する若い世代が東京一極に集中しているため、遠隔地の故郷に戻って家族介護に当たるベテラン社員の介護離職が中央の中・小・大企業で生じて来るだろう。これは職場内に限らず、現役世代が減少を続ける社会全体の大きな問題である。

●ケアされる側と、する側の問題、そしてACP

 医療と介護の現場で仕事に従事し、医療と介護に関わる周辺家族の現実、医療と介護を受ける患者の状況を第三者の立場でみる習慣がすっかり身についてしまっている。しかし今後の医療と介護の問題は無論人ごとではない。自分自身の行く末を考えると、加齢や持病・疾病併発で健康寿命が尽き入院医療や介護が必要となる時が必ずやってくるだろう。また様々な手続きや意思決定が困難になると、遠方の息子・娘の直接・間接のサポートも必要となる。そんなディストピアに映る近未来で医療とケアを受ける自分と、それを支えるケアラーとしての家族(息子・娘)を具体的にイメージすることは辛いことだが避けては通れない。いつも他人事と感じているアドバンス・ケア・プランニング(ACP)も身近な自分と家族の問題として検討していかねばならないだろう。

●それでも健康長寿の元気老人を続けたい

 高齢でも元気で現役を通した日野原先生や瀬戸内寂聴さんの紹介本。最近では4回の月曜連載記事(読売新聞)で紹介された『「人生100年の歩き方」天野恵子さん(内科医)』の記事。カスピ海ヨーグルト創始者、家森幸男先生の近著『80代現役医師夫婦の賢食術』(文春新書)。いずれも健康で仕事を続ける自らの日常生活や食事のノウハウ、心構えを披露している。こういった健康情報で得た知識でわれわれ夫婦もすっかり、“健康お宅”である。妻は認知症予防にハングルを学び続け、ピアノレッスンを受けるのも欠かさない。多少の身体不自由を抱えるが毎日水中ウォーキングにでかけている。また朝市に通い、新鮮な野菜や魚を求めて朝の食卓に供している。私も現役医師を続けながら1日1万歩以上の運動ノルマを果たしている。一方、身近なところで友人や知人の脳卒中・心筋梗塞・ガン罹患や急逝の報を聞くことが多くなった。誰しも決して予期していなかった事に違いない。現在の境遇と健康に感謝する気持を忘れず、「働き盛りの息子・娘に負担はかけたくない!」の気持ちで健康長寿を全うしたい。
(本稿は2024年8月、由利本荘医師会報NO.602「銷夏随想」に掲載した)



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