“社会の豊かさ”につながる“社会人の生き方”とは?
読売新聞2013年1月19日記事、“編集委員が迫る”に「生活経済学者・暉峻淑子」氏が掲載されている。かって読んだ、『豊かさとは何か』、『豊かさの条件』とともに昨秋、『社会人の生き方』が上梓され、先の2冊の具体的処方箋として本書が執筆されたことを知った。すなわち本書は80代とは思えないアクティビティーを今保ちながらも暉峻先生の岩波新書三部作最後の完結本に当たるものと思われる。
この読売記事では安倍内閣で掲げられる緊急経済対策が雇用拡大を通して、果たして今の日本に希望や活力を呼び戻せるのか?という観点から暉峻先生に問いを投げかけている。そして暉峻先生の結論は“No”。既に社会の土台が相当崩れ、日本が内側から自己崩壊を生じていると指摘する。
『方丈記』からみた鴨長明の生き方に共感
2012年は鴨長明『方丈記』が書かれて800年、節目の年であった。またここ数年、東日本大震災や福島原発事故で自然災害・人災による不安な重苦しい空気が日本を覆うと同時に世界的構造不況の影響もあって、方丈記への関心が高まり、大きなブームともなった年である。方丈記は昨年熱暑が続く初秋時分から
をテキストにNHKテレビ教養番組でも取りあげられた。私も方丈記を通して鴨長明の人物像に大いに惹かれた。彼は表向き物事への執着を断ち、隠者として方丈の庵で仏道修行に励む生活を理想としていたが、実際には悟りきれずに琵琶に興じ、童子と遊び、時に遠方に旅行を楽しんだ。そして何よりも方丈記に記した五大災厄は自分の足で子細に調べ上げたものであり、それは記録文学として今に見劣りしない内容となった。鴨長明は同時代の藤原定家などとは異なり、当時の社会状況について非常に高い関心を持ち、そのために自ら行動した。その記録が方丈記であり、方丈記は決して隠者の随筆ではない。
方丈記の世界に通じる不安社会と、現代の不安社会で知識人・社会人はどう生きるのか? その処方箋を求めて、この『社会人の生き方』を読んだ。
自己肯定感育てない競争教育、貧困自己責任論、そして労働の意味変容
本書には“社会人”イメージに始まり、現状からその“社会人”になれない、あるいは就労という社会参加機会の与えられない多くの若者の事例、その際の自己責任論の台頭、背景にある自己肯定感を育てない競争教育とゆとり教育の否定などが語られる。また就職難が社会人としての出発や社会参加を困難としていること、社会的つながりがないか薄弱による飢餓感が、“個人化社会の不安”として多くの国民にあること。人生のリスクに対応出来ない“貧困生活”が数的に増大していることが指摘される。また、製造現場への派遣が2003年に小泉内閣により解禁され、一気に非正規労働が増えて労働が充足や喜びを産む手段から、生きる最低限の保障すらないものに変容したことなど、厳しい現状が再認識される。
不安社会の中で考える社会人・知識人の生き方
“今は市場に政治も人間生活も乗っ取られて経済の植民地にされてしまっている”(本書186頁)、そこそこのGNPで豊かさを享受出来るはずの日本でありながら、私が実際に行って感じた“国民総幸福”の国、ブータン国民に感じた笑顔と暖かい目線が日本人にはもはや感じられない。この日本の現状に抗して将来を見据えた社会人・知識人の生き方は?社会全体の有り様に関した処方箋は政治家や経済学者の仕事である。私を含む一社会人、一知識人はどういった社会を指向し、どういった生き方をすれば良いのか?暉峻先生の処方箋は、身近な処からの社会参加であり、助け合いだと説く。そして自分以外の他人を思いやる心と想像力が必要であり、社会的無関心や不幸をみて“自分でなくて良かった”とだけ感ずる心の貧困を断ち切ろうと説く。この『社会人の生き方』を読み、鴨長明は“世捨て人”ではなく、当時の立派な“社会人”であり、自分のお手本となる生き方が出来た人であると、再確認した次第である。
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