2024年8月18日日曜日

[IS-REC/ISSUES]~リハビリと自動車運転評価~

 ●高齢者の自動車運転

 自動車運転免許更新時に75歳以上高齢者の認知症検査が義務づけられ7年が経過した。検査の結果、免許更新ができなかったり自主返納するケースも増えてきている。運転操作ミスなどで死亡を含む大事故が跡を絶たないが、車の構造上の進歩もあり、いずれAIによる自動運転でこういった問題も解決するだろう。

●リハビリ入院患者さんの自動車運転

 脳卒中などでリハビリを受け、基本動作や日常生活活動が自立に近いと、年齢に関わりなく日常生活に欠かせない手段として自動車運転を希望する患者は多い。現状では高齢者に限らず、脳損傷により多少とも身体や認知行動に影響を受けると発症前同様に運転が可能かどうかを医学的立場から評価する必要が生じてくる。特に高齢患者では加齢や元々の骨関節疾患に伴う動作全般の障害があり、自動車運転を続けるには様々なハードルが横たわっている。リハビリ入院中に身体や認知機能の障害は日常生活上の能力として繰り返し評価される。自動車運転はそれと共通した能力に加え、さらに脳の統合的能力が要求される。脳の統合的機能とは大脳連合野機能としての高次脳機能、そのうち認知と運動を結び行動の指令的役割を果たす前頭連合野機能である。

●自動車運転に必要なスキルとメンタルの評価

 必要検査として自動車運転の身体的スキルの評価は理解しやすいだろう。患者は障害発生まで日常的に運転していた場合が大半であるから五感を含む新たな障害がなければ両手両足を使った運転操作に支障ないはずである。手足の麻痺が残った場合には車への乗降、ハンドルやブレーキ、クラッチ操作などで支障があり、これらを解決するか補助する車の改造が必要である。予め対麻痺用や片麻痺麻痺用に改造され、さらに本人が使用する車椅子積載を片手で簡単にできる構造の既製車も売られている。障害と車の構造的問題が解決しても次に操縦上の問題として、反応時間が上ってくる。ブレーキは一定時間内に踏み替えと踏み込む操作が要求される(通常は0.7秒程度)。次いで注意力。注意にはさまざまな側面があり、視覚的注意・配分的注意などが評価される。注意は、高次脳のうち前頭(連合野)機能と関わり、机上検査として、Stroopテストやかなひろいテスト、TMT(A&B)などが行われる。自動車運転評価の多くは、後2者で評価される。TMT(A&B)は、注意の持続と選択を視覚的探索、視覚と手の運動協調の面から評価する。テストAはランダムな25個の数字を線で順に結ぶ。テストBでは数字と仮名を交互に数の昇順、五十音順で結んでゆく。いずれも完成までの時間、誤反応の有無を評価する。図はその実際例である。本例のテストBでは完成に要した時間も誤反応数も多く注意力の低下があると判断される。

TMT(A&B)評価結果の例

自動車模擬運転


●経験例から

 相当以前の話だが前交通動脈瘤破裂くも膜下出血の若い患者でメンタルを含む脳機能障害の回復良く、てんかんのエピソードもない例を経験した。特に本人や家族から自動車運転の是非について相談なく、私自身も指導・アドバイスの必要性を失念していた。自宅退院数カ月後、自動車運転中の自損事故で死亡したことを新聞で知り、呆然とした。現在はリハビリ医療機関と運転免許センターの密な連携があり、このような痛ましい事例はないと確信する。他方、秋田県のような広域で交通不便な環境で生活するには自家用車は生活必需品であり、特に自営業に戻る場合には仕事上も車運転が是非とも必要である。したがって退院時には運転希望の有無、運転可否について必ず確認・評価・指導する必要がある。

○自験例1(KT65歳男性):自営業。仕事上、秋田と実家のある由利本荘を頻繁に往復する必要があり、自家用運転を希望された。右内頚動脈血栓性閉塞で急性期再開通療法が成功した。しかし右半球前方域のまだら梗塞が発生したため、軽度左片麻痺と前頭葉機能障害が残りリハビリを行った。入院中に麻痺はほぼ消失した。記憶検査は正常だが、易怒的で判断力・注意力に難があり、大仙市協和の県立リハセンで自動車模擬運転評価を行った。模擬運転では状況に応じた運転が可能であったが、机上検査で全般的注意力の低下、瞬時視や移動視で左視野に見落としがあり、結果は運転不可とされた。しかしその半年後の再検査では合格となり、保留中の運転免許更新と自家用運転が可能となった。

○自験例2(SK78歳男性):10数年来の右脳血栓で左片麻痺を後遺する。廃棄物処理業自営で自家用運転も普通にこなしていた。しかしここ数カ月前から物忘れがあり、また軽微な自損事故が目立つようになった。MRI画像のフォローアップで左放線冠に新たなラクナ梗塞を発見した。自覚的に障害が悪化した意識はなく、仕事上も自家用運転が必要なため、家族や主治医の免許返上のアドバイスは受け入れ難いようであった。リハセンで自動車模擬運転評価を行った。その結果、模擬運転や机上検査で失点が目立ち、この検査結果から本人もようやく免許返上に応じてくれた。

●高齢者・障害者など移動手段弱者の問題

 障害者に対する運賃割引精度に始まり、2000年の交通バリアフリー法で公共交通機関利用時の物理的障害の一部は解決した。しかし過疎化が進んで生活に必要な公共交通手段自体が乏しくなった。高齢者や障害者はますます遠くへの移動が困難となってきている。障害の程度や有無に関わらず誰もが自由に移動できる手段が必要である。しかし目下のところ、コストに見合う有効な解決策は見当たらない。時間がかかっても一度外出したらワンストップで用を足せる町づくり、コンパクトシティー化の環境整備が必要である。また生活や仕事にどうしても車が必要な場合には、もはや夢ではない段階まで技術が進んできたAIによる危険回避・自動運転可能な構造の自家用車普及が待たれている。

(本稿は2024年8月、由利本荘医師会報NO.602「いいたい放題」に掲載した)






2024年8月17日土曜日

[IS-REC/ISSUES]未就学児対応の外来ST』~これまでの診療活動~

 ●未就学児童のコミュニケーション障害

 現職場に勤務以来、リハ医として児童のコミュニケーション障害を診るようになった。数年前からいくつか関連する書籍を漁り、その中で自分に一番役立ったのが平岩幹夫先生の教科書であった。この書籍については自身のブログ読書録で以前に紹介した(脚注)。さて当院リハ科には県内唯一の認定言語聴覚士(言語発達障害領域)の資格を持つMさんが勤務しており、彼女を頼ってたくさんのケースが紹介されてくる。今回そのようなケースで、オーダリングシステム稼働後の330例を分析したのでその結果の一部を紹介したい。

●紹介元・紹介時年齢・診断病型(図1~3)

 対象330例の紹介元をみると(図1)、Mさん自身も一部関わる由利本荘市とにかほ市の相談健診の場で該当する児がピックアップされてくることが最も多い(177名・54%)。次いで秋田県立医療療育センター小児科からの紹介84名(25%)、市内などの小児科から紹介43名(13%)、そのほかに巡回相談や就学前健診を機に紹介される場合もある。紹介時の年齢をみると(図2)、1歳6カ月から就学直前の6歳11カ月に分布し、5歳児が最も多い。診断病型(図3)は外来STを行う診療報酬との兼ね合いもあり、必ずしも厳密ではない。機能性構音障害が最も多く、192名・58%、言語発達遅滞110名・34%、自閉症・自閉スペクトラム症(ASD)23名・7%、その他5名・2%である。
図1. 紹介元

図2.当院初診時の年齢分布

図3.病型一覧


●病型ごとの特徴と訓練終了時評価(表)

 機能性構音障害は生後、正しい発音が身についていないための構音障害で、口蓋裂など口腔の器質的異常を伴わない場合、適切な指導と訓練で治癒に至るケースが大半である。また器質的異常があっても適切な治療を受けた後の予後は同等である。機能性構音障害192名中164名・85%が治癒、就学前指導としての目標達成が13名・7%であった。言語発達遅滞は県立医療療育センターで診断されたものが多く、該当110名の訓練期間は機能性構音障害より平均1年長く、終了時評価の治癒と目標達成合わせた数は65名・60%であった。ASDもそのタイプや障害要素も様々だが、該当23名の平均訓練期間は言語発達遅滞より長く平均1年10カ月、終了時評価で就学に対する目標達成は14名・61%であった。
表:病型区分と訓練予後

●機能性構音障害

 ある音の発音が正しくできない状態があると、単語レベルから意図した内容が伝わらず家庭や保育園でのコミュニケーシがうまくゆかず何らかの対応が必要となる。そして3歳児や5歳児健診で指摘され小児科医院などに相談が寄せられる。これらは生後、正しい発音が未獲得の構音障害で、機能性構音障害と診断され、“ハビリテーション”(“リハビリ”ではない)が行われ当院外来STでも最も多い。誤りのタイプには子音の省略(sa,ta,ka→a)・子音の置換(ka,sa,si→ta.ta,chi)が多く、音の歪みや付加などもある。これらは訓練開始前後に行う知能を含めたさまざまな検査で予後を図りながら訓練プランが立てられる。誤りのタイプに沿ったプログラムはあるが、児童の発達や障害の程度に合わせて個別的訓練メニューが決まってゆく。訓練予後は最も良い病型である。

●言語発達遅滞とASD

 2022年の文部科学省調査では通常学級で「発達のでこぼこ」のある子が約8.8%(小学生のみで10.4%)を占めるという。病気ではなく、その子が折り合いを付けていく「特性」((京都教育大教授・小谷裕実)と考える。機能性構音障害は治癒に至るケースが多い。一方、言語発達のでこぼこでは言葉自体の発達が遅れ、緘黙状態であったり表出があっても単語レベルで幼児語に留まっていたりすることがある。相手の言葉の聴理解も遅れるている事が多い。訓練開始に合わせた観察や評価で言葉以外も含めた発達のでこぼこを見つけて個別プログラムを立てる。言葉の表出・理解、書き取り、事物操作、などを遊びの要素を交えながら進める。時間を要するが就学前に支援目標に半数以上が達している。さて、自閉症・自閉スペクトラム症(ASD)の診断例が増え、当院外来STへの依頼も増加している。言葉が出にくい、落ち着きなく動き回る、視線を合わせられない、他の子供と遊べない、等の言葉以外の症状も目立つのがその典型例である。ASDは外来STでの包括的支援のみで困難だが、担当STはその子の特徴や発達の度合いを総合的にみて対応を検討する。言葉が出せなくても人と関わる力をつけると意欲が出て生活力がつき課題のおおまかな改善が図られて指導目標達成に至る事が多い。無理に話させるとかえって失敗するので言葉によるコミュニケーションにこだわらないように親や学校にアドバイスする。比較的短期間で外来STが終了する場合があるのはこのためである。

●地域完結型医療として

 総合病院より専門病院、一病院完結型から地域完結型病院へと舵が切られている。リハビリの中でも小児に十分対応できる施設は限られており、特に精神・身体面、言語コミュニケーションに関わる小児発達障害を扱える施設は秋田県に限らず非常に数少ない現状である。当院では専門性高い分野の資格と知識・経験を持つSTが常駐する。当院リハ科外来で小児コミュニケーション障害も取り扱い可能であることを是非知っていただきたい次第である。

---------(脚注)-----------
https://akitanoichirosayama.blogspot.com/2018/04/is-recbook.html

(本稿は2024年8月、秋田医報NO.1627「銷夏随想」に掲載した)




[IS-REC/ISSUES]『働き盛りの息子・娘に負担かけたくない!』~医療・介護の家族サポートとケア考~

 ●遠隔地のキーパースン

 公務員退職後も長らく現役社会人だったH氏(94歳)が倒れた。急性期病院治療後に当科紹介、廃用症候群として原病治療継続とリハビリを行う予定であった。しかし転院後に原病に伴うさまざまな続発症や合併症を起こして死地を彷徨った。その都度、東京在住のキーパースンであるH氏長男に直接来院していただいた。電話連絡で済ませられる場合もあったが生死に関わる事が多く遠隔地からの来院要請は致し方なかった。H氏長男は年齢的にも要職に着くエッセンシャルワーカーであり、時間のやりくりは相当大変だったに違いない。20数年前に両親を亡くしている私とH氏長男とではケアされる世代の私とケアする側の彼とで立場はまったく異なるが、とても人ごととは思えなかった。自分がH氏のようになった場合、多忙な遠方の息子・娘は果たして仕事を放って当地まで駆けつけて来れるだろうか?

●家族介護の現実

 団塊世代が75歳を過ぎ、75歳以上人口は2000万人を超える。厚労省の推計で2040年に生産年齢人口(15歳~64歳)が現在より2割減少し、いわゆる「8がけ社会」となる。2050年には高齢一人暮らし世帯が44%、2060年には65歳以上高齢者の3人に一人は認知症で何らかのケアが求められるようになる。高齢化や過疎化進行が全国平均よりずっと前をひた走る秋田県。日常、障害を抱えリハビリを行い、その後も外来で治療を続けるたくさんの患者さんをみていると、介護保険があっても経済的に施設利用も在宅サービスも困難、一方家族による介護力も乏しいといった悲惨な現実に突き当たる。夫と二人暮らしで外来通院中のS(89歳)さんは受診時に決まってケアする夫への愚痴や不満を繰り返す。起立・移動が困難なSさんを在宅で介護する夫の負担は相当だろう。しかし介護保険の自己負担額を考えると施設や在宅サービス利用は困難なのだ。同様な例は、退院先や退院後のサービスを検討するリハビリカンファランスでもしばしば話題となる。家族の介護力から在宅ケア主体の自宅退院が困難と判断されても、経済的理由から在宅を選択する家族がしばしばみられる。また家族介護のために息子・娘が離職して遠隔地から当地に戻るケースも数多い。家族の負担を最小限とするはずの介護保険が少子高齢化と「8がけ社会」の現実を前に機能不全を起こしつつある。

●ヤングケアラーとビジネスケアラー

 ある大手半導体メーカーの正社員を対象に親の介護について調査したところ、現在既に親の介護をしている 割合が12%、将来的に親の介護のため離職を考えているが65%だったという(朝日新聞、けいざい+『増えるビジネスケアラー』2024.6.12)。中堅社員を多く抱える大企業では親の介護の問題を相談できる仕組み作りも進んでいる。介護に関する最近の話題は、高齢者増加と高齢者・障害者家族を介護するヤングケアラーやビジネスケアラーの問題である。ヤングケアラーの問題は子の将来に関わるため深刻であり法律上、行政支援の対象となった。しかしその実態把握は不十分で支援体制の地域間格差は大きいという(毎日新聞2024年6月28日社説)。ビジネスケアラーでは、仕事と介護を両立させるタイムマネジメントが大変である。今後、介護される高齢世代が増加し、働きながら介護する人が確実に増えていくだろう。また生産年齢人口を構成する若い世代が東京一極に集中しているため、遠隔地の故郷に戻って家族介護に当たるベテラン社員の介護離職が中央の中・小・大企業で生じて来るだろう。これは職場内に限らず、現役世代が減少を続ける社会全体の大きな問題である。

●ケアされる側と、する側の問題、そしてACP

 医療と介護の現場で仕事に従事し、医療と介護に関わる周辺家族の現実、医療と介護を受ける患者の状況を第三者の立場でみる習慣がすっかり身についてしまっている。しかし今後の医療と介護の問題は無論人ごとではない。自分自身の行く末を考えると、加齢や持病・疾病併発で健康寿命が尽き入院医療や介護が必要となる時が必ずやってくるだろう。また様々な手続きや意思決定が困難になると、遠方の息子・娘の直接・間接のサポートも必要となる。そんなディストピアに映る近未来で医療とケアを受ける自分と、それを支えるケアラーとしての家族(息子・娘)を具体的にイメージすることは辛いことだが避けては通れない。いつも他人事と感じているアドバンス・ケア・プランニング(ACP)も身近な自分と家族の問題として検討していかねばならないだろう。

●それでも健康長寿の元気老人を続けたい

 高齢でも元気で現役を通した日野原先生や瀬戸内寂聴さんの紹介本。最近では4回の月曜連載記事(読売新聞)で紹介された『「人生100年の歩き方」天野恵子さん(内科医)』の記事。カスピ海ヨーグルト創始者、家森幸男先生の近著『80代現役医師夫婦の賢食術』(文春新書)。いずれも健康で仕事を続ける自らの日常生活や食事のノウハウ、心構えを披露している。こういった健康情報で得た知識でわれわれ夫婦もすっかり、“健康お宅”である。妻は認知症予防にハングルを学び続け、ピアノレッスンを受けるのも欠かさない。多少の身体不自由を抱えるが毎日水中ウォーキングにでかけている。また朝市に通い、新鮮な野菜や魚を求めて朝の食卓に供している。私も現役医師を続けながら1日1万歩以上の運動ノルマを果たしている。一方、身近なところで友人や知人の脳卒中・心筋梗塞・ガン罹患や急逝の報を聞くことが多くなった。誰しも決して予期していなかった事に違いない。現在の境遇と健康に感謝する気持を忘れず、「働き盛りの息子・娘に負担はかけたくない!」の気持ちで健康長寿を全うしたい。
(本稿は2024年8月、由利本荘医師会報NO.602「銷夏随想」に掲載した)



2024年4月3日水曜日

IS-REC/ISSUES]楽園『悩める中高年に贈る 養生のヒント82』

 秋田県の無料広報雑誌「楽園」(平成22年~)は、中高年向けの健康記事を掲載しています。冊子は、 県内(銀行、図書館、宿泊施設、協力医療施設)および県外のアンテナショ ツプに設置されています。本稿はその82号(令和6年4月1日号)に掲載されたものです

ロコモ・フレイルを予防し 健康を維持する工夫


○ヒトはだんだん不精になる!

歳をとると程度の差はあれ自分からすること、新しく始めることが億劫になります。自ら計画して行動する段になると事は思うように運ばず無為に時間を過ごしがちとなります。以前からの習慣を別として、新しく始めることがからきしダメなのです。健康のために運動を含めた良い習慣を始めようと思っても、“まあ、まだ今日はいいか・・”という悪魔のささやきが、行く手を邪魔します。受動的でさほど努力なしでできる事を除いて、新しい習慣を獲得するまでこの億劫な気持ちがすべてを支配します。加齢により身体能力や集中力が落ちることも影響しています。しかし行動開始以前に、考えることすら億劫になれば、これは認知症の一歩手前か立派な認知症です。

○ロコモ・フレイル“を防ぐ今すぐできること

日常生活の中ですぐにできることもあります。建物内移動に階段を使う、屋外歩行は早足歩きをする、などはすでに皆さんも実践しているでしょう。少しハードルが高くなる健康習慣についてはどうでしょうか?

○“行動不精・運動不精”に陥りやすい課題の習慣化

食習慣については暴飲暴食を避け、飲酒・喫煙を節制する、運動習慣については一日8000歩以上のウォーキングや有酸素運動、筋肉トレーニング、ストレッチなど柔軟体操を行う、こういった課題を習慣化するには一工夫が必要です。市や町で主催する講座や企画に参加したり、ご近所誘い合ったウォーキングやスポーツ、ゲームがあればこれは継続できる良いきっかけになります。お金をかけてスポーツクラブやリハビリ教室に通えば、運動継続の力になるでしょう。しかし仲間を集ったり行事に参加するのが苦手、運動機会にお金をかけたりするのが困難な場合も多いでしょう。でも大丈夫です。心がけやかけ声だけではロコモ・フレイル・認知症を予防できませんが、一人で始める工夫はいくらでもあります。

○ロコモ・フレイル予防を一人でも始める工夫

毎日決まった時間に体重計にのったり、血圧を図ったりして記録しましょう。生活習慣病で通院中の皆さんは病院でも勧められますね。毎日測定して自分の健康状態に関心が及ぶとそれが次の行動につながります。“食べ過ぎや塩分取りすぎに注意”、“体重を落とす運動を続けよう”そういった食事や運動に対する動機付けができればチャンスです。息が弾む程度の運動(3メッツ以上の運動)を1時間も続ければ確実に1kg以上の減量が可能なことを実感してください。体重計とにらめっこしながらする運動が楽しくなります。ラジオやミュージック・プレイヤーで番組や音楽を楽しむ、あるいは“聴く読書”しながらのウォーキングは多くの人がすでに実践しています。“ながら運動”は認知症の予防にも有効で、ウォーキングに出かける大きな動機付けにもなります。スマホヤスマートウオッチを持たれる方も多くなりました。ご存じのようにこういった機器には、運動機能を即座に表示したりGPS機能を使って現在地表示や歩行距離を表示する機能があり、また一定時間以上の安静が続くと運動を促す機能もあります。上手に利用すれば運動を楽しみながら行う動機付けツールとなるでしょう。




2024年1月10日水曜日

IS-REC/ISSUES]『スマートウオッチと遊ぶ』

●大学同期会

 コロナ流行数年前の開催以来5年以上を経て、つい先頃大学医学部の同期会が開かれた。卒業から半世紀近い年月を過ごし古希をとうに越しているにも関わらず同期入学・卒業の半数に近い面々が元気に参集した。個々人のスピーチは卒業後の足どりと近況が主であったが、多忙さから一段落した我々の年齢では仕事以外の趣味やボランティア活動に触れた内容も多くなった。世代は皆一様なのだが仕事以外のそういった話はつい熱が籠もって若さを感じる。そして学生時代の生活からは想像に難い多彩な趣味やボランティア活動に打ち込んでいる旧友の話を聞くと、自分もまた楽しく、誇らしく思ってしまう。体型や風貌は人それぞれで大病を患った話も聞いたが、それとは別に何かに打ち込んで生活している姿にはつい若さと元気を感じてしまう。そして仕事に振り回されず自分の好むところに打ち込める時間や期間、空間は既に限られているだけに多忙極める自らの現在の姿を恨めしく思ったりもする。

●趣味の遍歴

 時間の多くを仕事に費やす生活は職業柄、致し方なかった。しかしこれまで仕事一筋だったかと問われれば決してそうではなかった。仕事に利用するとの口実で、パーソナルPCやワープロはそれが出始めた頃から嬉々として使っていた。デジタル原稿や学会スライド作成、また症例データベースの作成、健康ドック対象者のカルテ作り等も手がけて結構楽しんでいた。また、“ノマドワーカー”よろしく、デスクトップPCやノートPCを何台も揃えて同一環境を構築して仕事をこなし悦に入っていた。そのうち、自作PCに凝りだし、マザーボードと筐体をあれこれ組み合わせ最速・最強PC作成に打ち込んだ。昔は脳外科医としてマイクロサージェリーを行ったが、歳とともに視力は衰え、マイクロの眼も指先もすっかり駄目になった。自作PCの細かい作業はもう困難となった。

●健康管理とガジェット

 歳をとって生活習慣病に悩まされることが多くなった。リハビリ医となって、一般の方々や患者さんに健康講話をしたり、診療場面で生活上の健康アドバイスをする。自分の健康管理もできないで患者の指導もないだろうと、健康関連の本を読み漁ったり、雑誌や新聞の切り抜きをするようになった。紙媒体のデータベースをPC上に作り、それを機会ある毎にスライドや講話にまとめた。自分の趣味との接点では、体重や血圧・脈拍、運動指標の歩数・歩行距離・消費カロリー・脂肪燃焼量など記録するようになった。記録手段はノートなどに書き留めるのではなく、測定機器から直接スマホに記録する方法で、データを一括管理できるように測定機器は概ねオムロンに統一した。数年前、クラウドファンディング(CF)で理論上、経皮的、非侵襲的に血糖を持続モニタリング(CGM)可能なことを知り、そういったスマートウォッチ型の機器開発が手がけられていることから早速CFに応募した。見本も完成していてすぐにも実用化されるものと期待した。しかし精度管理上の問題がクリアできないらしく3年以上も経った今もも市販はされていない。

●持続血糖モニタリング(CGM)

 糖尿病管理や食事管理、体重管理には持続血糖測定(CGM)が有効である。スマートウオッチで非侵襲的にCGMが可能となるのを目前にしている。しかしそれを待ちきれずにCGM可能なFreeStyle Libre(Abbott社)とNight Rider(Ambrosia社)を使ってCGMを開始した。スマホとスマートウォッチに同時に5分毎の血糖値が数値やグラフで確認可能である(写真)。食後高血糖や食べ過ぎの高血糖時間間延長、長時間運動時の低血糖などをスマートウォッチで簡単に知ることができる。高血糖や低血糖のアラームも可能である。

●スマホからスマートウオッチへ

 スマホについてはいつしか人並みに携帯電話やメールのやり取りに使い始め、現在はさまざまな辞書機能・治療薬・臨床ノートの参照機器として、趣味より仕事や日常に欠かせないツールとして使用している。一方で活動量測定など、健康機器として使い始めたスマートォッチは、機能が飛躍的に進歩して、その便利さ、多機能さから今の自分をまったく虜にしてしまった。今、同系統機種の最新版「TicWatch Pro 5」を使用している。シンプルで見やすいなデザイン、快適でサクサクした操作性はまさに遊び心をくすぐるガジェットである。Wear OSの機能で必要な機能のインストールも可能で、定番のスケジュール機能と付随するリマインダーやアラーム機能、メールやニュースの通知機能など、ポピュラーな機能の視認性は当ウオッチが抜群である。健康管理機器として不整脈検出可能な脈拍・心拍数計測、酸素飽和度などがあり、基本的なバイタルチェック、体調管理に活用している。またスポーツウォッチとして運動種目に応じた運動量測定が可能で体操や筋トレ・トレッドミル走など、楽しさより継続に多少の努力が必要な運動にもモチベーションを維持する役割を担ってくれている。スマホを鞄やポケットから出し入れするのは格好よいものではない。スマートウォッチをそれとなく眺めて時間や情報を確認したり、アラーム機能をセットしてスケジュールを時間通りに行動する。私お好みのスマートウォッチは仕事と両立した上に自分の遊び心を大いにくすぐる必須アイテムである。

(本稿は2024年1月、秋田医報NO.1620「新春随想」に掲載した)





(写真説明)スマートウオッチの持続血糖モニタリングの表示結果画面. 
5分おきに血糖値がグラフと値で表示されている.




2024年1月7日日曜日

IS-REC/ISSUES]『ながら運動とオーディオブック』

 ●運動・食事と健康長寿

 ウォーキングの効用が繰り返し強調されている。健康寿命延伸には身体的フレイルを予防する、そのためには適切な運動と食事が必要である。ウォーキングはその最も有効な手段であり、“1日8000歩で病気予防、そのうち20分間を大またで力強く歩く、歩数や頻度が増えても死亡の減少率はほぼ同じ”(朝日新聞「知っ得・なっ得、正しい歩き方2・歩くとどんな効果が?」2023年11月25日号)などと具体的に目標と方法が書かれている。医学雑誌やその関連記事を読んでもおおよそ同じである。日常の身体活動量低下が問題であり、身体的フレイル予防にウォーキングなど有酸素運動や筋力トレーニング継続が有効である。また食事については良質な高タンパク食の摂取が勧められている。しかし食事はともかく、結構まとまった時間を要する運動を続けるのは決して容易ではない。私自身はリハビリ医として障害のある患者さんや高齢者に障害予防や健康維持の必要性、そのノウハウを話す機会が結構多い。そんな時、自らどれだけ実践しているかがいつも気になる。好きなだけ食べ、肥満して筋力衰え、動作ものろのろしているようでは、たとえそれが加齢の影響であっても誰も話に耳を傾けてくれないだろう。障害の悪化予防や健康長寿を伝えるにはその理屈以上に自ら実践しているという心身の張りや自負、自信が必要なのだ。

●運動継続の工夫

 運動継続にはそれを“習慣化する力”が必要だ。しかし多少でも辛いと感じる事は気合や掛け声、まして他人の促しでできるものではない。時間が限られる現職生活では尚更だ。誰かと一緒に運動するのも一つの工夫。朝早く夫婦や仲間を集ってウォーキングするのをよく見かける。私は娘婿の早朝ラジオ体操や筋トレ習慣を真似て、メールで互いに励まし合いながら毎朝実践できるようになった。しかし仕事から帰り、その日の歩数を万歩計で確認すると、せいぜい3000歩程度。8000歩にはほど遠くガックリ。帰宅してからの運動や何かにと予定の入る事が多い週末に運動をプランするのはやはり時間的のみならず精神心理的にも負担が大きい。運動を習慣化するには何らかの“奥の手”が必要だ。

●“読む”から“聴く”読書へ

 読書は若い頃からの習慣で、水上 勉や松本清張、高村 薫、宮部みゆきなどの社会派推理小説、五木寛之、遠藤周作、三浦綾子などのロマン派長編小説を読み、また仕事がらブルーバックスの脳科学など、サイエンスものもよく読んでいた。しかし視力の衰えとともに、最近は“ツンドク”はやっても通常の読書はだんだん億劫で難しくなくなってしまった。そんな頃、“耳で聴く読書”を知った。当初、 遠藤周作『沈黙』や水上 勉『雁の寺』などの名作をCD-ROMで購入し聴いた。夢中になり床についても聴いて寝不足になったが、確実に読書に代わる新しい趣味・習慣となった。そのうち、ネット上のオーディオブック、特にアマゾンのaudible.comから日本語版が出るようになり、有料会員となった。audible.com日本語版の収録作品が増え、一時収録作品が読み放題であったため、吉川英治の『新・平家物語』や『三国志』など歴史小説の大著を次々と聴いていった。そしてこの“聴く読書”と屋外ウォーキング、自宅でのトレッドミル運動とが自然に結びつくこととなった。屋外ウォーキングは市内の子吉川河川敷を本荘インター付近からその河口近くまで10数キロを2時間ほどかけて、ネックスピーカーからのaudible作品を聴きながら歩く。そして犬の散歩やサイクリングを除いて、同じウォーキングをしている多くの人もそういったmusic playerを聴きながら歩いているのに気づかされた。

●運動しながら“聴く読書”:認知症予防のDual Task

 毎日運動を継続する秘訣は私の場合、このaudible.comを聴く楽しみと運動を組み合わせた事だった。相当以前に秋田セントラルクラブで本を読みながらトレッドミルに上がって運動している強者をみかけたが、トレッドミル上を歩いたり、河川敷を歩きながら“聴く読書”はずっと容易に運動と読書のDual Taskを可能にしてくれた。帰宅して夕食後のトレッドミルも聴きかけた作品の続きが聴きたくて全く苦にならなくなった。毎日1万数千歩の歩数と距離も現在は当たり前となって、fltnessにも成功した。また最近物忘れが多く、自身の認知症を心配したり相談を受けたりするが、運動と“聴く読書”のDual Taskはその予防にも多少貢献しているのではないかと密かに思っている。

※本稿は、由利本荘医師会報NO.595「2024年新春特集号」“新春随想”に掲載した




IS-REC/ISSUES]嚥下障害と胃瘻造設

●当地域と当院の現状

  秋田県の高齢化と人口減少が進んでいる。最近、秋田市の人口総数が自然減で30万を割った事が報じられた。由利本荘地域では、2021年~2023年の2年間で由利本荘市7.5→7.18万人、にかほ市2.5→2.27万人と5000人以上の自然減がみられ、また超高齢化も進んでいる。要介護者や要介護者に占める認知症高齢者も多く、由利本荘市の統計では、2022年12現在で要介護認定5695人、集計時期は多少ずれるが、2023年7月までの要介護者認知症判定3528人で6割程度の要介護者が認知機能低下を合併している。この要介護認定に前後してリハビリを含む入院治療が当院に期待されている。入院目的はさまざまだが、急性疾患や外傷・骨折などで寝たきり、在宅生活が困難となって、その後の社会生活の道筋をつけること、入院治療・リハビリに多少なりとも介護やケアの軽減を期待されたものである。他方、全身状態が不良か、若しくは老衰状態で看取り目的の入院となるケースも半数以上を占めている。一月当たりでみると、死亡を含む退院患者が入院を上回る出超の月も多い。看取り以外の入院患者では紹介もとからの治療継続とともに、寝たきりによる廃用とその予防を目的に身体リハビリが行われる。また嚥下機能低下による栄養失調や誤嚥性肺炎治療後の栄養改善、嚥下評価・リハビリ目的の入院も多くなっている。

●嚥下障害入院の現状

 2022年10月から2023年10月末までの13カ月間に、嚥下障害・嚥下困難(ICD10でR13)の診断で入院対応した延べ総数は、入院総数465名中、67名(14.4%)であった。うち当院併設の介護医療院入所を含む入院ないし療養中は19名。現時点での転帰は死亡22名(33%)、経鼻胃管17名(25%)、嚥下調整食による経口摂取回復15名(22%)、胃瘻造設(PEG)9名(13%)、静脈栄養4名(6%)であった。嚥下障害患者は原則、嚥下評価として嚥下内視鏡(VE)、可能であれば嚥下造影(VF)を行うが主治医の判断で嚥下評価う行わない場合もある。胃瘻造設を行った例は全例、造設前にVEを行い、PEG後の栄養改善で車椅子座位がとれるようになったケースでは、VFを実施して気晴らし的となるが安全に経口摂取可能な食材・食種や食形態を検討している。認知機能が低下して経口摂取を拒否したり望まなかったりするケースはPEG栄養のみとなる。しかし身体機能が改善して座位が可能となり食思のあるケースでは、嚥下評価と造設後の嚥下訓練で何かしらの経口摂取が可能となっている。

●嚥下訓練とPEGの果たす役割

 嚥下障害が脳卒中急性期にみられるケースでは、当初経鼻胃管栄養を行っても、時間経過で十分な経口栄養を取り戻すことが多い。回復の予測は病変の広がりや陳旧性脳病変の有無、発症時年齢で予測可能である。しかし、むせ込みや嗜好の変化、体重減少などの嚥下障害の兆候が認められて数カ月以上経過しているケースでは、紹介時の脳画像で脳萎縮による両側島回の露出、硬膜下水腫、ラクネの多発を認めることが多い。臨床的には偽性球麻痺であり、嚥下障害に加えて構音障害や嗄声があり、認知機能低下を伴っていることが多い。このような場合、経口栄養のみでの生活体力維持は困難と判断される。ある程度の経口摂取が可能で身体機能の著しい低下がないケースでは、嚥下訓練で嚥下調整食(軟食やトロミ食などの嚥下治療食)で退院出来る場合も多い。しかしその後に再び誤嚥を起こすことがあり、その場合、栄養の安全弁にPEGを造設を勧めている。

●嚥下障害の予後

 嚥下障害の原因や発症後の期間、年齢や認知症の有無でその予後はさまざまである。しかし生命や体力維持のために何らかの栄養手段が必要である。重度の認知症や意識障害でない限り、生命維持に必要な栄養を手足を抑制して経鼻胃管や静脈栄養で行うことは患者に苦痛を強いる事になり賛成出来ない。また抑制を良しとしない施設入所も困難である。たとえ高齢であっても、また終末期であっても意識がある限り、苦痛を与えない緩和医療としてPEGは最良の方法であり、PEGは施設での看取りを可能とする有効手段でもあると考えている。

※本稿は、由利本荘医師会報NO.595「2024年新春特集号」“いいたい放題”に掲載した



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