2026年8月13日木曜日
[IS-REC/ISSUES] 本を“読めない”、“読まない”
2026年7月18日土曜日
[IS-REC/ISSUES]高齢者の多病・重複障害~リハ科の私はどう考えどう対処しているか~
●多病・重複障害・複雑な罹病歴
社会に戻す最終段階医療の一端はリハ科が担っている。リハ科入院は患者さんを生活の場に戻す“活かすための最終段階医療”の位置づけである。患者さんの多くは超高齢者で、多数の背景と既往・現疾患を持ち、その結果多数の重複する障害を抱えて入院してくる。持参する詳細なデータ、長文の紹介状に、たくさんの病名や障害、臨床経過が書かれ、治療に必要となったたくさんの薬剤が記載されている。疾患管理・治療の継続・リハビリ、という“活かして生活の場に戻す医療”を期待して紹介元から託された入院である。バトンを渡される側にはその意識・意気込みがあっても、紹介書類の束にすっかり度肝を抜かれ、怯んでしまっているのが実態である。しかし実際に患者さんと接し診察して、本人や家族の話を聴き、リハ医の経験知とリハ手法の進歩進展から自分なりに出来ることを頭で描くと、何とかなりそうな気がしてくるから不思議である。
●栄養障害・生活習慣病・骨関節疾患・心腎疾患の重複
高齢者にみる摂食嚥下困難と栄養障害、その結果生じるフレイルやサルコペニアはリハ医の立場からずっと取り組んできた。また生活習慣病である高血圧・脂質異常症・糖尿病も運動と栄養の面から疾患自体を含め長年対応している。骨関節疾患や呼吸・循環器疾患が主要疾患であれば、同僚のS先生やY先生、T先生の出番であり私の悩むところではない。問題はあくまでもこれらが重複する多病状態(multi-morbidity)とその結果生じる多重・重複障害(multiple disabilities)である。
●悩ましい心・腎疾患
慢性心不全や慢性腎臓病(CKD)を背景に持つ例が多くなっている。慢性心不全は65歳以上で5~10%だが85歳を超える当院ではその数倍の印象である。慢性心不全は高齢者の能力低下原因として、治療管理の進歩とともにリハ分野でも心臓リハとして眼を見張る進歩がみられている。心不全治療薬は、Fantastic4(Β遮断薬・MRA・ARII・SGLT2阻害薬)が定番であり、当科紹介患者の服用も多い。しかしリハ入院中の場面ではバイタルチェックや電解質を含む採血検査の間隔が開き疎かになりがちなことと、体力低下で脱水・感染を来し、それを引き金に致命的となるる場合(BRASH症候群)があり要注意である。またCKDでも栄養不十分や電解質異常から機能レベルが入院時より更に下降して寝たきりとなるので気が抜けない。
●Tさん(84歳)の場合
Tさんは、心・肺疾患などを背景に、主病の胸部大動脈瘤術後に脳卒中を併発して急性期治療後、当院紹介となった。当院紹介時、現疾患6、既往疾患4を抱え、15の内服薬継続で入院した。ワーファリンなど薬の管理もさることながら、急性期の嚥下機能低下による低栄養・サルコペニア、脳梗塞による注意障害や判断力低下、筋力低下と体幹・下肢バランス能力低下が問題であった。しかしTさんの場合は、予想した以上に順調に経過し、嚥下機能・栄養状態改善、整地・短距離であれば独歩も可能となって自宅退院した。Tさんは多病・重複障害を抱えていたが、主病発症前の生活で認知機能の低下がなく、元・公務員幹部職員として自分に誇りを持ち、また規則正しい生活と定期的運動を行い生活体力が維持されていた。回復が良かったのは、この高い病前生活機能が幸いしたと考えている。
●多病・重複障害患者のリハ
ここ10数年来、リハ分野では心・腎疾患など内部障害リハの進歩が著しい。身体障害を抱える高齢者リハもこの恩恵に預かって、以前であれば積極的リハの適応外として障害に合わせた退院先探しと施設入所までの時間稼ぎが入院の主目的となっていた。しかし心血管疾患後の心臓リハに関する多数の研究で、安定期・慢性期の継続的運動療法で長期の生命・機能予後を改善することがが示され、計測数値的にもそれが裏付けられた。また、運動の種類や負荷方法も、心血管疾患に関する運動処方として明確な原則が確立され、頻度・強度・時間・種類・運動量・運動漸増の原則(FITT-VP)が示され、特に“やってるつもりだけの運動はダメ”と運動療法の管理の重要性が言われている。
●多病・重複障害患者の予後を決めるもの
心肺・腎疾患で日常生活の身体活動量と死亡率が逆相関することが疫学的に示され、またTさんの事例でも知れるように認知機能を含む病前の生活機能がどれだけ維持されていたかが多病・重複障害でも機能予後を決めている。年齢がいっても食事や運動に気配りを欠かさず生活機能を維持する大切さを訴えていきたいと思っている。
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2026年2月1日日曜日
[IS-REC/ISSUES]『いいたい放題』“食べられない"は、“命の分かれ目?”~超高齢者の胃瘻造設
超高齢者の胃瘻造設依頼が増加している.ムセや咳き込みで食事が摂れず栄養障害を来した例、食事介助で誤嚥を繰り返し喀痰喀出困難となった例など、その多くは施設利用中の患者さんで施設職員が対処に困り果て紹介となったケースである.一方、在宅療養中の高齢者が自ら嚥下困難で来院するケースはすこぶる少ない.また意を決して来院した場合でも症状が相当進行しており短期の外来対応では困難な場合がほとんどである.生活体力や生命維持に必要十分な栄養を確保するにはたとえ一部の食材を選択して口にできても胃瘻という代替栄養路も併せて必要な場合が多く、入院治療が必要なことを説明する.しかし多くの患者は事の重大さに関わらず即座の対応を拒否し結局、誤嚥性肺炎を繰り返して急性期病院に入院する事となる.
●嚥下障害入院の現状
摂食嚥下障害を主病名の一つとして当院に入院した患者さんの退院時予後を検討した.2022/10/01~2023/10/31までの13カ月間、該当する入院患者60名.嚥下障害・栄養障害への主たる対応は、経鼻胃管13、嚥下困難食による対応11、維持的静脈栄養4、胃瘻造設9、対症療法(看取り・早期死亡)23である.嚥下障害・栄養障害で積極的対応が出来なければその多くが死に至る結果であった.また継続入院例を除く入院期間は2~156日(中央値51日)で治療法によらず入院が長期化する傾向であった.胃瘻造設9例でみると栄養管理の問題が解決しても夜間喀痰吸引の必要などで施設再入所が困難となり退院が決まらない場合が多い.
●胃瘻造設が生命予後・QOLを維持改善した例
(1)ケースKS(PEG当時78歳・女性)
一人暮らしで以前から誤嚥による肺炎を繰り返し、肺膿瘍を合併した.由利組合総合病院で胃瘻造設を含む治療を受け、その後の嚥下を含む訓練を希望して当院入院となる.嚥下評価の結果、食品の適切な種類とその形態で経口摂取可能と判断した.補水と内服のみ胃瘻を利用し嚥下訓練後、施設入所となった.その後、経口摂取継続と補水・服薬のみ胃瘻の方針は変わらず、約10年後の現在も家族に連れられて定期的胃瘻ボタン交換目的に当院外来を受診している.
(2)ケースTS(PEG時74歳・女性)
パーキンソン病でくも膜下出血を併発した.経口摂取困難で胃瘻造設となり、治療継続目的に紹介された.嚥下評価の結果、補水と内服薬のみ胃瘻から投与となった.維持的訓練を継続し歩行器歩行可能で、日中は車椅子に座りデイルームで趣味の読書やスケッチをしていた.その後パーキンソン病の進行で寡動・振戦が悪化し、3年目に鬼籍に入った.
(3)ケースTA(PEG時85歳・女性)
アルツハイマー型認知症で陽性症状が強く菅原病院入院中であった.転倒骨折して寝たきりとなり当院へ転院となった.簡単な意思疎通可能なほかは、食事を含め介護抵抗が激しかった.家族の希望も強く胃瘻造設による強制栄養となった。家族とのやりとりや手を握り視線を合わせたスタッフとの対話は意外に大人しく対応し、結局老健施設入所退院となった.その後、家族に連れられ定期的に胃瘻ボタン交換に外来を受診していたが、約6年目の本年91歳で死亡した.
●終末期医療ではない胃瘻造設
“食べる・呑む”機能=摂食嚥下機能も加齢に伴って徐々に低下する.いわゆる口まわりの衰えであるオーラルフレイルの時期から予防が大切であるが、脳卒中や神経筋疾患、認知症でない限り、相当高齢となるまで摂食嚥下機能は保たれる.したがってひとたび“食べる・呑む”機能が障害されると、終末期としてその積極的対応を放棄する場合が多いように思われる.胃瘻造設は口から食べることを排除するものではなく、食種や食形態を選んで継続も可能である.本人や家族が望むのであれば、生命予後・QOLを維持改善する手段の一つとして胃瘻を検討して良いのではないだろうか.
2026年1月1日木曜日
[IS-REC/ISSUES]私の医師会病院10年~リハビリテーション科外来~
●リハ医はよくわからない
内科医や外科医などと違って、リハビリテーション科医師(以下、“リハ医”)はその存在がよく分かられていない.リハ医者を名乗る者をみると、そのキャリアはさまざま.つい最近までは何を専門として何をやっている者をリハ医と称するか、そのコンセンサスのない時期が相当長く続いていたように思われる.今でこそ大学にリハ医学講座が増え、そこでストレート研修を終えて専門医となるリハ医も多くなった.リハ医療は患者の持つ疾患とその結果生じる生活機能上の障害を対象とするチーム医療なので、その臨床科としての実際的ニーズは相当高い.他方、様々なキャリアを経てリハ医となった者は、やはり自分の経験やスキル、判断力を総合的臨床能力として活かしたい.その場合、リハ医の主たる力量発揮の場は、やはり外来診療である.
●医師会病院10年、私の外来診療
前職の県立リハセンでは、外来患者の多くがリハ依頼の新患患者であった.医師会病院に来てからしばらくの間、整形外科医不在の影響で主にその代理的診療をこなしていた.整形外科医の前院長外来を引き継いた形である.また元々私のライフワークであった脳卒中や高齢障害者のリハ、特に高次脳機能障害や摂食嚥下機能障害・栄養障害などについても現院長の御配慮で赴任当初から徐々に体制を整えていくことができた.入院リハ患者を対象とした摂食嚥下機能評価として嚥下内視鏡(VE)、嚥下造影(VF)装置を導入した.外来紹介患者を対象にした“摂食嚥下機能評価短期入院”も立ち上げた.またスペースのやりくりに難儀したが言語訓練室を拡充し、未就学児童を対象としたコミュニケーション障害(機能性構音障害や言語発達遅滞)患児を受け入れやすくした.診療内容に関わる診療報酬改訂の影響も大きかった.療養病棟に代わる介護医療院の開設など病院全体に関わることのほか、リハ科を含む外来診療にも大きな影響があった.
●訪問リハ医師診察と生活習慣病療養管理
いずれも診療報酬点数に影響する形で導入された.それまで訪問リハは依頼元の診療情報提供書からリハ医が指示を出し、担当スタッフから訪問時の報告を受ける形で完了したが、新たに2~3カ月に一度リハ医の直接診察が必要となった.外来に来院出来る患者を除いてセラピストと一緒に患家へ出向くこととなる.主治医が別の場合が多いので、診察も指導も疾患や服薬を除いた障害状態の変化や入浴・排泄・食事など生活機能上の問題を評価しアドバイスする.外来受診可能な患者についてもほぼ同様だが力点は肥満と廃用予防の食事・運動に関する評価と指導が多くなる.生活習慣病療養管理は高血圧・糖尿病・脂質異常症のある患者がすべて対象で、指導は食事と運動に加え、服薬管理と採血検査結果説明などとなる.
●痙性運動障害(SMD)のボツリヌストキシン療法
ここ数年、重度痙性麻痺でケアが大変な場合や患側上下肢管理を目的にボツリヌストキシン施注を行ってきた.高齢者が増えて比較的若い歩行自立のケースや改善の余地がある上肢の補助手レベル患者は稀で、結果としてSMDで施注適応となる例は必ずしも多くはない.しかし施注を反復してその効果を実感したリピーターが徐々に増えてきている.現在はリハセン同僚の荒巻晋治先生の応援を受けながら主に午後の時間に行っている.
●胃瘻造設患者のアフターケア
赴任10年が経過し胃瘻造設例も増えた.造設後施設に戻った患者が定期的に胃瘻ボタン交換にやって来る.高齢造設患者でも胃瘻の延命効果は大きい.交換は容易で嘱託医にお願いしているケースも多いが、定期的に外来にやってくる患者さんと交換時にコミュニケーションを取るのも楽しいものだ.
●医師会病院10年目リハ医の今
外科系医師として出発した私はリハ科担当当初、痙性麻痺の腱切り、経口摂取にこだわる嚥下障害例の喉頭摘出など、整形外科や耳鼻科の支援を受けながら“外科系リハ医“としてスタートした.また内視鏡医・向島 偕先生の協力を得て秋田県内でも相当早く胃瘻造設を開始した.一定期間大学リハ部・中村隆一教授の元で研修を受け、県立リハセンに勤務してからは大学同門の千田富義先生の指導を受けオーソドックスなリハ診療を実践してきた.そして医師会病院に赴任して以後、院内同僚の先生の知恵と知識に学びながら当院に合ったリハ医療を展開してきている.その自己満足度は高い.しかし困ったことに午前中の外来診療が昼を過ぎても終わらなくなってしまった.低血糖と同僚外来看護師さんの迷惑にはらはらしながら今日に至っている.
(本稿は2026年1月、秋田県医師会報NO.1644 『新春随想号』に掲載した)
2025年8月13日水曜日
[IS-REC/ISSUES]超高齢者胃瘻造設で学んだこと
●摂食嚥下困難・栄養障害・誤嚥性肺炎
厚労省人口動態統計(2023年)の主な死因構成割合をみると悪性新生物・心疾患・老衰がその半数を占め、次いで脳血管疾患・肺炎・誤嚥性肺炎と続いている.いわゆる市中肺炎は肺炎双球菌ワクチンの普及で減少傾向だろう.実臨床からは肺炎とされた中に相当数の誤嚥性肺炎が紛れ込んでいると思われる.摂食嚥下困難は加齢自体で生じるが、背景にある脳動脈硬化や多発ラクナ梗塞・認知症など全般性脳機能低下に伴ってしばしばみられる事は周知の事実である.また摂食嚥下困難で徐々に食が細くなり、食事のむせ込みが苦しく食欲自体も低下して、枯れるように最後を迎えることも多いだろう.死因として“老衰”が増加しているのはそういった事情を反映していると思われる.他方、食欲が保たれるのにむせで十分食べられず、羸痩が目立つようになったり、介助で無理に一定量食べさせようとして誤嚥性肺炎を繰り返すと、本人やその周辺から何らかの対処が求められるようになる.代替栄養としての胃瘻造設(PEG)は内視鏡で比較的簡単に出来ることから当初、嚥下評価や嚥下訓練なしに過剰に行われた時期があった.現在は嚥下評価と嚥下訓練が可能な施設でのみ行われ、その安全性、またPEGが即・経口摂取不可ではないという認識が普及して超高齢者でもPEGが選択されるようになってきている.PEGは誤嚥性肺炎や栄養障害を減らしてQOLの高い生命予後改善に寄与している.
●由利本荘医師会病院でのPEG現況
過去5年間に42例でPEGを行った.その紹介元(表)は総合病院16、施設(または嘱託医)20、当院外来(神経内科・リハ科)5、耳鼻科1であった.原則として、入院時に造設について家族の意向を十分確認し、造設前に嚥下評価(嚥下内視鏡VE)を行ない、PEG後も食事内容により気晴らし的経口摂取が可能かどうかを検討した.施設から入院の場合、評価から造設、胃瘻ボタン交換まで1カ月目処の入院で実施した.内視鏡による造設で、造設中も、その後の嚥下訓練でも特段のトラブルはないが、認知症患者では、嚥下訓練に応じてもゼリー摂取など直接訓練を拒否する例があり、PEG後に経口摂取のできない例も多かった.
●超高齢者の胃瘻造設pitfall
最近、90歳前後以上の超高齢PEG患者が増加している.過去5年間でも42例中11例26%が90歳以上であった.そして超高齢者PEGで意外な伏兵に気づかされることとなった.典型例は嚥下障害で胃瘻造設希望入院、術前の嚥下評価で咽頭期嚥下障害が比較的軽く、食形態を選べは多少の経口摂取が十分可能なケースである.紹介元情報では経口摂取で頻繁に誤嚥性肺炎を繰り返していた.このようなケースで多少の気晴らし的経口摂取も可能と造設後退院時コメントに付記して施設に戻ったところ、トラブルが発生した.胃瘻栄養や気晴らし的経口摂取で再び嘔吐や誤嚥性肺炎を起こし、施設では対処困難となって舞い戻ってきたのだ.そんな超高齢者の問題ケースを続いて2例経験した.
●脊柱変形と上腸管膜動脈による十二指腸水平部狭窄(いわゆる、“上腸管膜動脈症候群”)
施設の現状から経管栄養が朝夕1日2回注入で維持されている場合が多い.造設直後、当院では1日3回で胃瘻栄養を行うため、退院まで栄養注入後の嘔吐や逆流性誤嚥のトラブルはなく、このようなトラブルを予期していなかった.最近経験した1例(91歳男性)では脊椎変形と四肢屈曲拘縮があり、腹部が常時圧迫気味であり、十二指腸球部以遠の機能的通過障害に気づいた.幸いこのケースでは注入量減量で辛うじてその後のトラブルは消失した.2例目(93歳女性)は退院先施設で注入量調整など再三試みられたが、一定量一定回数注入で嘔吐が繰り返され、再紹介となった.本例は上部腰椎の圧迫骨折の既往で十二指腸水平部の機能的狭窄が強く、腹部CTで器質的イレウスを認めなかったが、胃瘻から注入したガストログラフィンを時間的に追いかけると、数時間経過しても胃内に造影剤が多く滞留していることがわかった(図).本例は現在、中心静脈栄養と少量の気晴らし的経口摂取で経過をみているが、本人が強く希望する経口摂取を続ける限り、食塊の胃内蓄積と嘔吐は避けられないようである.
●超高齢者経口摂取困難は咽頭期嚥下機能低下のみにあらず
パーキンソン病その他の神経難病は別として、PEGはいよいよ超高齢者でも増加している.今回、あまり間をおかずに経験した超高齢者2例のいわゆる、“上腸管膜動脈症候群”は経口摂取困難・栄養障害の原因が必ずしも咽頭期嚥下の問題のみに帰せられないこと示しており、良い教訓となった次第である.
2025年7月21日月曜日
[IS-REC/ISSUES]~老熟~
●黒井千次「老い」のエッセイ
2005年から読売新聞に連載された黒井千次の「老い」に関するエッセイ集、第3冊目に当たる「老いのゆくえ」(中公新書)が柄谷行人の書評で某新聞に掲載された.興味をそそられて早速本書を購入した.「老いのゆくえ」は80代半ばの黒井が、「老い」のさまざまを自身の体験をもとに綴っている.このエッセイ集シリーズ第1冊目は著者70代半ばのものである.自分の年齢に近い記述を期待してこのエッセイ集「老いのかたち」も合わせて購入した.著者の「老い」の歴史的・哲学的考察はさておいて、印象に残った言葉は今風の「老い」を遠ざける健康志向や抗老化思考の対極にある「老熟」という言葉である.生物的年齢に則して高齢者の社会的役割や所為、立ち位置が変わり、昔であれば隠居、近代であれば「定年」がやって来る.こういった時期には社会の一線から離れ、慎ましくも時間的ゆとりを得て小旅行や散策、釣りなど趣味三昧の生活か、孫と戯れる生活である.「老い」の連作で描かれるさまざまな身体・認知能力の低下があっても、時間的・経済的ゆとりがあればその一つ一つを自他ともに受け入れながら「老い」を迎える事が出来るだろう.それが「老熟」である.●「時の記念日」セイコウの時間意識調査
6月10日の時の記念日に合わせて時計のセイコウが時間意識調査を毎年行っている(セイコウ時間白書2024、https://www.seiko.co.jp/csr/stda/archive/2024/detail.html).現代人の多くは「タイパは社会に定着」し、「行動はタイパを意識し、無駄な時間を過ごしたくない」と考えている結果である.無論「コスパ」も大切である.「時間が制限された方ががんばれる」「スマホなしで考えるのは5分以内、考えるより検索」で、まさにいつのまにか自分自身もそういった時間感覚に毒されているのに気づく.この調査結果は若い世代ほど高い割合であるが、その一つ一つの数値をみると世代差によらず総じて高い傾向であった.
●タイパ・コスパとエイジレスを求めれる医療・介護職
人口減少と少子高齢化で地域のスーパーや飲食業、公共交通機関などが立ち行かなくなり地域社会の機能縮少が進んでいる.青壮年労働人口が減って社会を支える労働者不足も深刻である.医療・介護の現場も例外ではなく、利用者(患者)の減少に加えて医師・看護師・介護職の欠員・減少から県内医療・介護施設の倒産や大幅赤字が報じられている.一方、医師一人の充足で経営が改善した公的医療機関の例も報道されている.現状、高齢者を対象とする医療・介護現場ではその担い手である医師・看護師・介護職というエッセッシャルワーカーが確保される限り当面の経営は成り立っている.しかし医療・介護現場の人手不足で職員は仕事上のタイパ・コスパを求められ、特に高齢化した職員も年齢にお構いないエイジレスな役割を求められている.この心身の負担は大きい.結果は利用者である患者にも大きく影響している.施設での経管栄養は1日2回で回されている.必要栄養量や水分量補給を考えると、回数・量とも1日2回は非生理的であり、1回量が多くなった結果、誤嚥リスクも増大する.しかし対応する職員数が限られ、解決策は今のところ見当たらないようである.
●老熟への夢想
医者となってずっと時間的に目一杯な生活を送り、それは以前ほどではないが今も続いている.結果として家庭での役割を十分果たせず、家族にも負担を強いてきた.“定年となり、仕事が一段落したら、またドイツ・オーストリアをゆっくりバスや電車で回ろう”、“行ったことのない国内各地も旅行したいな”、“以前は自宅で犬を飼っていた.今度は少し大型犬を飼って毎日散歩したいな”、などと妻と話したり想像したりする.しかし未だその実現の目処は立っていない.そしてその目処が立たないうちに、ある日気づいてみると心身ままならない、“要介護老人・寝たきり老人”となっている自分がこわい.毎日そういったたくさんの実例をみながら、老熟の心境とささやかな夢の実現を夢想している.
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付記:
1.引用した黒井千次「老い」シリース第3冊目「老いのゆくえ」のあと、4冊目に当たる「老いの深み」(2024年5月刊)が出版されている.
2.本稿は2025年7月15日、由利本荘医師会報NO.613号記事『銷夏随想』に掲載した
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