2013年3月10日日曜日

[IS-REC] 瀬名秀明・太田成男著『ミトコンドリアのちから』(新潮文庫)を読んで、バイオサイエンス基礎から臨床知識の整理ができた

文庫本423頁の小さな活字を老眼で読み通すのは辛かったが・・・

をようやく読み切った。本書を読むそもそものキッカケは、高齢者と障害者の心血管疾患・脳卒中再発予防リスク管理や抗加齢ドック検診を担当するリハビリテーション科医師として、あれこれ参考書を漁っている中で是非読まねばと思ったからだ。アマゾンでみた書評で興味引かれ、また文庫本表紙のイラストもなかなか良い出来。何か著者の一人、瀬名の書いたサイエンスフィクション、「パラサイト・イヴ」のようにワクワクしながらすぐにも読んでしまえそうな錯覚で早速注文した。しかし読み始めると、その内容は濃く、また老眼の入った眼で243頁におよぶ文庫本の小さな活字を追うのに疲れ、なかなか一気呵成には読み進めなかった。さて、本書は日本のミトコンドリア研究第一線にある二人の著者が分担して書いた、細胞生物学的にはミトコンドリアという細胞内器官、生理・生化学的にはエネルギー代謝と様々な臨床医学と関わり深い活性酸素の病態生化学を縦横に解き明かした読み物となっている。

本書は老化や生活習慣病を病態生理・生化学の基礎から理解するのに役立つ一冊

脂質管理におけるスタチンの位置づけ、肥満や糖尿病治療でのカロリー制限や糖質制限食の評価など、加齢現象や生活習慣病を管理するとき、自分なりに納得して理解を深めるにはどうしても今一度バイオサイエンスや病態生理・生化学の基礎知識に眼を通す必要性を頓に感ずるようになった。学生時代に教科書として読んだ「ハーパー生化学」の最新版も、イラスト入り翻訳版を最近購入。昔と違って、そのカラー版はイラスト豊富でとても読みやすい。しかしやはり教科書だけにその本の厚さや内容に圧倒され最初から最後まで読み通す気力はない。

ヒトは生き、活動し続けるために三度の食事をする。食事から得られた栄養成分の一部は体組成の新陳代謝素材となり、残る多くは生命維持に必要な基礎代謝エネルギーと日常行動に必要な活動エネルギーとして消費される。このバランスがうまくゆかなかったり、食習慣や飲酒・喫煙を含む生活習慣の乱れ、加齢による新陳代謝やエネルギー産生系の機能低下・不全が起こると体調不良からさらに疾病発生へと繋がる。この生命維持に必要なエネルギー産生の中心がミトコンドリア。そして脳卒中・心血管疾患発症の引き金となる活性酸素もこの酸素を使ったエネルギープラントであるミトコンドリアでもっとも多く産生されている。

障害の原因となったそもそもの動脈硬化、大血管病である脳卒中・心筋梗塞もこのミトコンドリアの機能抜きに語れないとしたら・・・・これまで担当する高齢者やドック受診者、あるいは脳卒中後遺症の障害患者に対して高血圧や糖尿病、動脈硬化、脂質異常、認知症などの背景病態を自分なりに十分理解したつもりで説明してきた。疾病発生とその再発予防、機能障害に対するリハビリ継続のアドバイスなどを主に臨床的知識にのみ則って行ってきた訳だ。本書を読んで、加齢や生活習慣病は勿論、ガンや自己免疫疾患、さらにミトコンドリア病に分類される疾患も含めて、分子細胞学的レベルからこれら病態の全体像を俯瞰して臨床知識の整理ができたように思っている。すなわち、ミトコンドリアで不可避的に生ずる活性酸素、活性酸素による細胞障害とその結果起こっている様々な臓器障害がバイオサイエンスの基礎から臨床に繋がる形でよく理解された。今後はこういった問題を扱う臨床医として、活性酸素による細胞レベルから臓器レベルの傷害をどう上手にコントロールするか、それが学習と臨床スキルを高める鍵だと考えている。

運動時の過剰な活性酸素発生を防ぐクールダウンの意味、ヒドロキシラジカルを処理する水素水、等々日常生活や臨床にすぐ役立ちそうな知識も

懐かしい“パスツール効果”をたどった乳酸菌や酵母による発酵と腐敗の問題、ヒトの老化や寿命に関わるミトコンドリア、母系由来のミトコンドリアDNAからわかる人類の起源や進化、等々ミトコンドリアに関わる科学読み物として、本書は多方面に渡る話題を提供している。そういった中でも日常生活や臨床に関わる情報としてすぐに役立ちそうなことは、これまで運動時の注意点として言われる本運動前の準備体操や終了後のクールダウンの意味(激しい運動による酸素需要が急速に不要となるとき活性酸素が発生。クールダウンはその予防に必須)、あるいは細胞障害性が最も強いヒドロキシラジカルの無毒化に水素水が有効、などはすぐにも役立つ情報で大いに興味をそそられた。それにしても“ミトコンドリア研究の基礎と臨床”は日進月歩であり、特に生活習慣病や栄養、治療手段としての運動(リハビリ)を考えるわれわれリハビリ臨床医には今後も眼を離せない領域のようだ。



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