進化のスピードは想像以上に速かった
ダーウィン「種の起源」に始まる進化論は宗教的物議をかもしたものの数世紀ないし数千年の単位で生じる種の環境への適応、自然選択である。種が分岐しその多様性を生んでゆくという進化論は現在、広く受け入れらているが、ダーウィン以降もその実証には乏しい状況であった。
この進化論を構想するフィールドとなったカラパゴス諸島ダフネ島を中心に、生物学者のグラント夫妻はスズメほどのフィンチという小鳥の全島調査・観察を年余にわたって続けた。絶海の孤島で気象は厳しく、1年以上雨の降らない時期もある。そこには明らかに嘴の長さ・形の異なるフィンチが生息する。そして夫妻はこのフィンチの長期観察から、様々な条件・過酷環境の中で生き抜くため、環境に応じて餌を採るに適する嘴変化がフィンチの次世代に受け継がれていっていることを発見した。すなわち種の遺伝的分化は当初考えられたよりずっと短い期間で起こっていた。
・・・この“フィンチの嘴”に象徴される事象、現在では「適者生存、外環境の大きな変化を的確にとらえて生き延びる術を持つ」という意味でさまざま援用されるようになっている。たまたま読んだ本の文中記載や、以下に紹介するブログ記事から興味かき立てられて本書を手にした。
フィンチの嘴の違いは、1個の遺伝子の差で生じていた
さまざまな要因により、形質発現に関わる遺伝子は比較的短期間に変異していくようだ。最近の新聞記事で京大iPS細胞研究所の山中伸弥教授は、“体内の細胞でも、遺伝子配列は徐々に変わっていくことがわかってきている”と述べている(2015/01/08朝日新聞科学「開発止まった薬を復活させたい」)。
一方、フィンチの嘴の違いを、DNAチップによる遺伝子発現の違いで明らかにしようという試みが行われた。その結果、嘴の形と対応する遺伝形質がカルモデュリンであることがわかった。そして長い嘴を持つフィンチほど、嘴の先にカルモデュリンが発現しているというのである(石浦博士のオドロキ生命科学第31回『フィンチの嘴の謎』)。
“進化”という気の遠くなるようなスパンで起こる種の形質変化は、ダーウィンの著書以来つい最近までその直接的証明は困難と考えられてきた。しかし本書で紹介された生物学者の地道なフィールド研究、そして近年の遺伝研究の進歩によって種の形質変化が実際にはもっと短い周期で生じている事がわかり、しかも実際は相当複雑だが1形質1遺伝子で発現し、件(くだん)の石浦博士は、“遺伝子導入で(美容)整形も可能になるらしい”と冗談めかして語っている。
地球温暖化など、環境激変によって種の遺伝的変化が速まっている事への警告
本書『フィンチの嘴』が書かれたのは20年以上も前の1994年である。しかし著者は当時すでに始まっていた人間自身の繁栄によって引き起こされた地球規模の環境変化が、進化の原因とも結果ともなっている事を知るべきと警告していた。
『フィンチの嘴』は進化を信じない創造論者が半数近くを占めるアメリカでも相当多くの読者を獲得してきた。早川書房から日本語訳が出版されたのは翌年1995年。二人の翻訳者の力量もあって本書はフィールド観察の臨場感と、真実追求のサスペンスドラマを読んでいるような迫真性がある。大部だが一気に読める一冊である。
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