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2019年4月6日土曜日

[IS-REC/MyLIFELOG]■2019年04月06日(土)

久し振りの土曜休日で晴れだが風強し

久し振りの土曜休日で朝に陽射しもみる天気で、朝から少しわくわくしていたが、どうにも風が強い。早朝散歩は断念して今朝も自宅でのトレーニングとなった。
2019/04/06早朝トレッドミル記録
ラジオ体操第1、第2・4種の腰回り運動・1分スクワット2クールのメニュー後、トレッドミルランニングとなる。ウオーミングアップ後の運動速度は11km/h→9km/h→7.5km/h、でジョッギングから早足モードで合計58分・運動総距離8.0kmとなる(グラフ)。
汗を流し、朝食をとった後は終日の読書モードに入る。

高橋洋一著『日本の「老後」の正体』を一気に読む

幻冬舎新書の表記本は新聞広告で目を引かれ購入。内容は多少意外だったが、とても衝撃的でもあった(表紙写真)。

“不況下の消費税増税とんでもない”

経済不況実態を端的に示す指標として失業率と自殺率がわかりやすい。1990年バブル崩壊後の日本ではこの失業率と自殺率が急増している。その原因として“誤った日銀の舵取り”が再三強調される。この時期必要だったのはマネーストックを増やす日銀のマネタリーベースの量的緩和だったと。そして安倍内閣となって金融政策が大転換し、日銀は黒田・岩田体制となる。そしてこの新体制のもと、大胆な金融緩和政策が実行された。その金融政策は“正しく”、景気が本格的上昇ルートに乗った。この政策的正当性を強調するため様々なデータをグラフ化して示し、確かに説得力を感じる。では日銀現体制後の2%インフレ目標がいまだに実現せずデフレ基調が続くのはどうしてなのか?著者は日銀インフレターゲットの金融政策を称賛する一方で、国と財務省官吏の進める財政政策に大きな誤りがあるとする。それはこれまで行われ、そして今年10月にも行われようとしている“消費税増税”政策。消費税増税は絶対避けるべきだと強調する。

本書は問答形式で高校生に日本の経済政策、年金、老後問題を説明する体裁をとっており非常に分かりやすい。しかしその主張に格差社会を生む背景となっている労働者雇用での非正規化問題などを敢えて避けた印象があり、自分自身の思いと何か違いを感じてしまったところだ。

朝夕食事は朝市購入“刺身ざんまい”、昼は外食

今朝も朝市からワイフが購入したタイとメバルの刺身(カルパッチョ)がメインディッシュとなった。昼食は近くの中華レストラン「黄閣楼」で麻婆豆腐とギョウザ(組写真)





2019年1月20日日曜日

[IS-REC/MyLIFELOG]■2019年01月20日(日)みぞれ

先週上京、「フェルメール」「ムンク」「顔真卿」鑑賞

先週はやっと風邪を治し、2日間の休暇で上京。と言うのも、12月上京した折、余りの混みようでフェルメール展を見損ない、またムンク展がこの1月20日で終了となることから、急遽上京を企てた次第。幸い、フェルメール展は時間予約で入場できた。一堂に集められた9点の作品を間近に鑑賞できて感激。ムンク展は16日都美術館では高齢者向けに無料開放して鑑賞可能となっており、とてもラッキーだった。入場者は多かったが、「叫び」は勿論、そのほかムンクの多くの作品や関係した画家の絵も同時に鑑賞でき、来た甲斐があった。その日の夜、私のiPhoneが突然電源が入らないハプニングがあった。翌日午前、銀座のアップルストアに行き、早速修理してもらった。その足で上野公園に向い、平成館での顔真卿展にも立ち寄る事ができた。この2日間、東京は好天気だったが、帰路は秋田の暴風雪で飛行機が欠航しかけて大変だった(組み写真1・2)
組み写真1「フェルメール展」

組み写真1「ムンク展」(左上)・「顔真卿展」(写真左下)・アップルストア銀座(右)

日曜日の1日

19日土曜日は自主出勤して2日休暇分の仕事を夕方までかかって片付け、20日・日曜日は悪天候のため終日自宅で過ごすこととなった。朝6時頃からいつもの運動(ラジオ体操・スクワット・トレッドミルランニング)を久し振りに実行。ラジオ体操第1・第2、腹囲周辺の運動を4種、1分スクワット2回。この後のトレッドミルはややきつい。しかし何とか運動距離7kmを終えることができた(グラフ)。
朝の食事(組写真左)、昼食はドイツソーセージとサツマイモ(組写真右)。

午前から午後にかけて、白井聡「国体論」(写真)を読み続けて読了した。この新書カバーには様々高名な方々の書評が載っている。これらの書評通り、とても読みごたえのある内容。今の社会状況を理解するのには絶好の1冊だった。

 

夕食は魚づくめで

夕食は、タラ、サーモン、マガレイなど、魚づくめ。昼のサツマイモが利いてこれでも胃袋は重く感じてしまう。(写真)



2019年1月14日月曜日

[IS-REC/MyLIFELOG]■2019年01月14日(月)晴れ

長かった風邪からようやく回復!

今年の元日明けはさんざんだった。元日の当直明けから風邪をこじらして一時回復したかに思えたが冷え込み厳しい日の出勤が続いて、すぐにぶり返してしまった。風邪薬を10日間以上初めて飲んだ。

今月前半の1日歩数記録をみると(グラフ)その結果は明らかで、少し風邪症状が遠のいたと思った3日と6日を除いて歩数は1日3500~4500歩止まり。1月12日頃からやっと症状が抜け、翌13・14日と運動を本格的に再開した。
昨日・今日(1/14トレッドミル記録:グラフ)と朝のトレッドミルに加えて屋外散歩も実行(組み写真)した。特に今日は好天で子吉川河川敷まで行き鳥海山を眺めた。残念ながら頂上は雲に隠れていたが、河川敷に抜ける風はまさに春風だった。約5kmを廻り帰路は動向の妻と喫茶店でコーヒーとケーキのセットを楽しんで戻る。




 風邪引き静養期間の読書:白井 聡『国体論、菊と星条旗』




体調を崩して運動を控えていた間、audible.com:栃木 司『切れない糸』を聴き終え、また白井 聡著『国体論、菊と星条旗』(集英社新書・表紙写真)を読み始めた。白井の本を途中まで読み進む一方で暮れに読んだ、堤 未果著『日本が売られる』(幻冬舎新書・表紙写真)を読み返しもしていた。堤の本は今の日本が現政権の元で国民の気づかないちに叩き売りされ、このままでは破局に向かわざるを得ない現状に警鐘を鳴らしている。何としてもこの本を多くの方の目に留めてもらいたい。最近の朝日連載記事「問う2019-論点の現場から」(写真)で現場の漁業者や農業者が知らない間、国会で多数派が陰謀的手段によって数十年来の国民を守ってきたはずの法制を壊しかけている問題を指摘している。読みかけている白井の国体論も今の日本という国の危うさを構造的に理解するのに必読の書だ。

昼のケーキと間食のせんべい食べ過ぎで夕食は軽めで

本を夢中で読むと、足腰が痛くなり、目もショボついてくる。そこで短時間で立ったり座ったり、菓子をつまんだりする。今日はそれで散歩前後の読書で、ごませんべいをついつい食べ過ぎ。夕食は、タコとカツオの刺身、アサリの韓国風味噌汁でおしまい(写真)

2018年12月16日日曜日

[IS-REC/MyLIFELOG]■2018年12月16日(日)曇り一時晴れ

『貧困を救えない国・日本』を読んだ

阿部 彩・鈴木大介著『貧困を救えない国・日本』(PHP新書)(写真)
をようやく読み終えた。職場ではまったく空き時間なく、帰宅して夕食後のわずかな時間で読むのだからどうしてもこういった新書判ですら1週間を要してしまう。阿部は大学教官でもっぱらデスクワークで貧困を研究し、一方の鈴木は貧困のルポライター。互いに違うアプローチで日本の貧困問題を堀り下げている。日本で進行する格差社会の中で貧困問題は特に子供の貧困の深刻さから最近話題となる。その解決の方法と方向性はどう考えれば良いのか。著者らの対談では一つの方向性として諸外国との比較を一つの根拠に消費税を含む国民の税負担を増やす必要に言及している。私の考えは多少異なるが、増税によって社会保障の国民負担率を上げるのであれば、近年話題となるベーシック・インカムの導入が貧困を含む問題の解決につながるように思った。

早朝の運動

朝の運動メニューは、(1)ラジオ体操第一と第二(2)スクワットを中心とした腹回りメニュー4種(3)スクワット1種2回繰り返し(4)トレッドミル出のジョッギングと早足歩き30分~40分、合計約1時間となった(組写真はYoutubeがらダウンロードして運動時に参照しているムービー画面)。今日は休日なのでトレッドミルは44分で運動距離6kmとなった。

今日の食事

朝食(写真)はサーモン甘塩焼き・蒸し野菜・玉子焼き・納豆、イクラとタラコを添えて黒大豆入り玄米ご飯と味噌汁。昼はライ麦パンとチーズ・ヨーグルト、夕食(写真)は最近ちょっと元気がない(風邪気味?)ので、久し振りに焼き肉(由利牛のポン酢おろし)をいただく。















2018年6月10日日曜日

[IS-REC/BOOKs]■河合雅司著『未来の年表2』

河合雅司著『未来の年表2』を読み終えたが・・

一昨日から『未来の年表2』を夢中で読み続け、今日10日夕方になってようやく全部を読み終えた。“人口減少日本であなたに起きること”がこの本の副題である。今後の近未来に間違いなく起こってくる現実。この避けられない現実を“人口減少カタログ”として多少誇張気味だが分かりやすいイラスト入りで、しかも確かな数値的裏付けをもって赤裸々に描いて見せる。人口減少のトップクラスを行く秋田県に住んでいると、著者が例示する数多くの事柄はいくら耳目を覆っても避けられない明日の現実として我々の身に迫っているのが良く理解できる。“未来の年表2”はこの厳しい現実を読者に突きつける事だけを目的としている訳では無論ない。はじめにも述べられているように、その現実を知って次に我々自身が打つべき方策を著者なりに示すものである。第2部「今からあなたにできること」がそれだ。そのキーワードは「戦略的に縮む」。この章で共観した点は「ライフプランを描く」の項目。たまたま、同様趣旨の記事が昨日(2018/06/09)の朝日新聞記事にもあって皆の共通の関心事であることがよく分かった。(『「ありたい自分」描き、課題発見』)
ライフプランといえば結婚して子育てを含む家庭生活のやりくりを考えるスタート時点や定年前後の経済プランなどについ頭が行ってしまう。しかし、ここで言うライスプランはそのようなプランとは少し違って、“人生100年時代”に合わせて高齢者でも健康寿命を保ちながら年ごとになすべきこと、やりたいこと・やってみたいことを具体的に挙げ、それを道しるべに人生のこれからをポジティブに生きて行こうとするためのもの。歳をとる毎に時間が短く感じられるようになってきている今こそ、自分にもそんなライフプランが必要に思ったのが本を読んで一番の感想である。

2018年4月29日日曜日

[IS-REC/ISSUE]孤独とSNS、そして時間貧乏

最近朝日新聞の「コラムニストの眼」に掲載された、デイビッド・ブルックス氏の『人間関係の質の低下 孤独の病、助長するSNS』(https://www.asahi.com/articles/DA3S13471668.html)を読んだ。その内容に多少思い当たる節もあり、愕然としてしまった。年齢的な要素が大きいのか、以前ほど要領よく仕事や生活時間をこなせなくなった。まとまった時間を取れず、そのすきま時間をスマホのメールやSNS(特にFB)を眺めていることがほとんどとなった。仕事上読まねばならない本や書類、趣味の読書にそのすきま時間を当てようとしない。一方でD・ブルックス氏が指摘するように、SNSという仮想空間の中でできる限り多くの友達づきあいが出来るようにあれこれ工夫をこらしている。以前は隔週で近隣の里山登山を仲間とやっていたが、そのような機会も積極的に求める気力もなく、内にこもっている事が多くなってしまった。本記事では、ロバート・ホール氏の著書を引用して「最も大きな価値を生み出す資源は、人間関係」と述べ、その関係性とは仮想空間のものではなく社会的な直接的つながりであり、「社会的に豊かな人と社会的に貧しい人ではFBの使い方が異なり、現実や社会問題の受け止め方も違うからだ」、豊かな人間関係を築きやすい経済的に恵まれた階層ではSNSを利用しても孤独に陥る事が少ない一方、直接的な人間関係を築きにくい経済的に恵まれない階層では、どちらが先か判然としないが、孤独故にSNSやスマホにのめり込んでいると述べている。多少なりとも経済的に恵まれている(と思っている)小生は前者の部類なのか? それにしても“時間貧乏”の身には豊かで直接的な人間関係構築は本当に難しくなっているように思われる。

2018年4月25日水曜日

[IS-REC/BOOK]私の読書録から:平岩幹男著 『自閉症・発達障害を疑われた時・疑った時』(合同出版)

その後の人生の「生活の質」を上げるために

小児の発達障害や自閉症の評価やトレーニング、経過観察を診る機会が多くなった。リハビリスタッフSTのMさんが以前から小児の発達障害、特に言語発育遅滞を長年扱っていた関係で秋田県内でも少ない小児の発達障害を評価・訓練してもらえる施設を求めて、由利本荘・にかほ地区に限らず、秋田市内からもしばしば患者さんが紹介されてくる。私が赴任する以前は直接紹介元の医師からSTのMさん宛に紹介状が来ていたようだが原則、医師が最初に診察し、医師の診察と指示の元に評価訓練が開始されなければならないため、赴任した直後からその役目が私に廻ってきた次第である。

紹介状があればその紹介状に基づいて簡単な診察を行ない、診断名を入れて指示を出すのだが、自治体の3歳児・5歳児検診の結果、担当した保健師から紹介されるケースも多い。そのような関係で、急遽、小児の機能性言語障害や発育遅滞・自閉症などを勉強することとなった。
最初に読んだ、一般向けに書かれた中川信子著『発達障害とことばの相談』(小学館101新書)はその入門書として、またそういった子供のアウトラインを知る上でとても役に立ったが、医師、特にリハ医の立場からはやや物足りなさがあった。上京した折など大型書店でそういった類の本を物色し、これぞと思ったのが本書である。著書の平岩先生も多くの子供やその親たちと関わる中で自分なりの発達障害関連の対処法を会得していったと述べており、十分な体験に裏付けられて書かれた本である。“ただ愛情を持って接すれば良い”ではなく、具体的に出来る方法・技術として、“ライフ・スキル・トレーニング(LST)”を実践すること、これは問題を抱えていない子供にも応用可能である、としてその具体を書いている。そして“発達とは”から始まり、“LST”、“運動発達”、“言語発達”、“日常生活”、“発達障害の医療的・療育的対応”と小児のリハ医療に沿った話の展開があり、療育から就学の問題、就学後の問題と章立てを進めている。また本書の中でも、診察医が疾病や障害を十分理解できない時に用いる、“経過観察・様子見”の方針は何もしないことと同じと、そういった態度を厳に戒めている。一般の方々にはやや難しく感ずる所もあるがこういったケースを扱う小児科医やリハ医には優れた教科書である。


2017年2月12日日曜日

■[IS-REC/BOOK]堀田秀吾著『科学的に元気になる方法集めました』(文響社)を読む

●良かれとする自分の行動を科学的に裏付けてくれる本

仕事、遊びに関わらず多少無理をしても翌日に残らないような元気はとうの昔になくなった。一方で心身ともに少しでも若く元気にありたいと“アンチエイジング”を志し、ヒト(他人)には年齢以上、“元気旺盛で若い自分”に見せかけようと努力する。しかし、そのみせかけの自分と実際の自分を混同した思い込みは“認知バイアス”と言って、自分を過大評価した結果、却ってマイナス効果をもたらすという。限られた時間を有効に使うため、よかれと思うことを習慣化している。規則正しい生活と衣食住の管理、毎日の運動などなど。昨年秋からは気候によらずコンスタントな運動ができるようにトレッドミルを用意して早朝ランニングを毎日の日課としている。早朝のランニングとその後の入浴、食事・出勤と朝の時間は慌ただしい。しかしその日の職場での仕事のスタートはとても快適だ。今回手にとった堀田秀吾著『科学的に元気になる方法集めました』(文響社2017年2月刊)は、このような生活パターンの合理性を研究面で裏付けしてくれる本だ。日常自分のする行為・習慣が何ら意味をなさない自己満足にすぎないとしたら、それは悲劇であるがそういった不安をエビデンスに基づいて払拭してくれている。
●さらに心も体も元気になりたい時にヒントをくれる本
「笑顔を作る」ことでストレスが軽減するという。また笑顔でコミュニケーションすると、その相手との関係もうまくゆく場合が多い。私の苦手な“手足の動き”すなわち、多少大げさなジェスチャーも交えた対話はもっと良い効果をもたらす。背筋をピンと伸ばすこと、楽しいリズミカルな手足の動きは沈んだ気分をプラスに変える効果がある。なかなかおもしろい研究結果が紹介されている。
●今の自分を反省させてくれる本
優柔不断で仕事効率の悪い自分を変えるヒントも書かれている。“考えることより、まず行動”、仕事を始めるにはその段取りも大切だが、“やる気スイッチ”をオンにすることはもっと大切。そのために“行為として仕事にまず着手する”事が大切。同じような勧めは他のハウ・ツー本にもよく書かれているし、経験的にもまず取りかかってしまうと意外にスムーズに仕事が進むことから納得される。
●目標達成のノウハウ
小出しの目標設定で達成感を味わいながら仕事を進めること、ゴールを意識した仕事でその効率を挙げること、これらもさまざまハウ・ツー本に書かれている事だ。これを体験としてではなく研究成果として実証された方法として書かれていると、とても説得力がある。
●高齢・認知症患者さんに接する時役立ちそうなこと
スキンシップは、心の幸福度を上げるという。患者さんと接するとき、診察の手段としてスキンシップを応用することは特に認知症の患者さんでは経験的にも有効である。
●いいこと取りでいい本
毎日を楽しく送るには身体とやる気をうまくコントロールすること。著者はあとがきに心の問題にも触れることから、その科学的根拠にこだわる危うさにも一言触れている。そうだ、自分のやっていることに自信をつけてくれる“いいこと取りでいい本”なのだ。

2015年11月9日月曜日

[IS-REC/BOOK]高橋幸枝『小さなことの積み重ね』(マガジンハウス2015年9月 )~元気な超高齢者の生き方から学ぶこと~

独り暮らしする98歳の現役医師

本書の著者、高橋幸枝さんは、独り暮らしする98歳の現役医師(精神科)。私は以前から健康長寿やアンチ・エイジングに関心を持ってさまざま本を読んできた。

しかし私が知っている長寿やアンチ・エイジングの知識は、超高齢者で障害のため寝たきりで、多かれ少なかれ認知症も併発している患者さん、フレイルを診る上で余り役立ってはいない。

フレイルを如何に元の生活、あるいはそれに近い生活に戻すか、その多くは介護・ケアの問題ではある。と同時に、超高齢者の考え方、生き方を知ってリハビリに対する意欲・動機付けができれば多少なりとも機能回復が図れるのではないか、そんな仕事の悩みを解決したいという思いで本書を読んだ。

「たまたま丈夫で長生きしただけ、秘訣はない」

本書の著者は頭を明晰に保ち、記憶力を保つために、日常生活の中で様々な出来事を思い出すようにしている。また80歳で絵を描くことを覚え、その楽しみを知った。「新しいことを学ぶことは人生の視野を広げてくれる」 そのように述べる一方で、「たまたま長生きで、その秘訣はありません」とも書いている。

毎日、階段の上り下り、食事はいつも腹八分目、よく噛むこと

3階の部屋に住み、エレベーターなく毎日階段の上り下りをしている。80代で歯のインプラントをやり、好きなものをしっかり噛んで食べる。食物で必ず食べるものはなく、唯一決めているのは、食べすぎないこと。また80歳過ぎて晩酌を楽しみとするようになり、日本酒を冷やで1日150ccほど飲んでいる。

昔とあまり変わらない生活をする、毎日規則正しい生活をする

週一回の精神科外来担当を現役で続け、その生活パターンはずっと変わらない。設定43度とした熱いお風呂が好きで、部屋も「常夏の国」のようにしている。世間の常識にとらわれずあくまでもマイペースである。

92歳で骨折、どうしても家に帰りたいという執念

92歳の時、自宅内で転倒し大腿骨を骨折。接合術を受けてリハビリ。“筋肉は92歳のものではない(ほど若い)”という主治医の言葉が励ましになった。骨折後も家をバリアフリーとせず、自分が十分注意することが肝心だという。

体の衰え、人とのコミュニケーション


体の衰えを自覚するが、「まだまだやればできる」と思うことが大切で、独り暮らしで必要に迫られれば98歳でもなんでもやるという。また、「頑張りすぎはいけないが、億劫で誰かに頼もうと、いったん他に依存してしまうとキリなく自分が崩れていく」 とも述べる。同世代が身近におらず、人と話すのは億劫だが、心の健康のために日々誰かと話すことを心がけ、どうしても話すのが億劫だったら何かを書くことにしている。

“脆弱老人、フレイル”にかける言葉とアクションは?


私の場合、患者が入院してくると、意欲やうつに関するスケールでテストする。多くの患者は前向きに返答するが、その病前生活自体が家に閉じこもりがちで、家庭内の役割もなくなり、生きがいを失ってみえることが多い。その彼らにかける言葉と依頼するリハビリ内容を吟味しながら治療を開始する。
本書を読んで、そのような時に共通して役立つ“何か”は必ずしも得られなかった。

病気・怪我の治療を終えて“リハビリ依頼”でやってくる患者すべてにトコロテン式にリハビリは強要できない。言葉一つで意欲や動機付けに成功するはずもない。体や心の衰えは人それぞれ。しかし判断力が保たれる限り、他人に迷惑かけない最期を迎えるため、自身の身の始末、心や身の回りの整理整頓ができるように今一度頑張ってもらおう、また時間の許す範囲で良い話し相手(主に聞き手)となってあげよう、本書から私へのメッセージはそんな辺りだろうか?

2015年11月7日土曜日

[IS-REC/BOOK]熊谷 徹 『ドイツ人はなぜ、1年に150日休んでも仕事が回るのか』(青春出版社2015年8月)を読んで考えた

医療現場・医療職のワークライフバランス

ここ数年、医療の職場でもワークライフバランスを考える管理職研修や職員研修が多い。仕事の性質上、勤務時間に関わらず患者さんの状況次第で終日病院に詰めているのが当たり前のように何となく思い込んで仕事をしてきた。

自分がそういった行動を取るのはまだしも、管理職や上司として他の者にそれを強制するような思いもあった。しかしこのワークライフバランスが医療の現場にも普及して他のスタッフへ何気なく時間外の仕事・業務を強制してしまうことは勿論あってはならないし、自分にあっても仕事と私生活を割り切って考えるようになった。それでも、気になることがあれば仕事優先でつい最近まで家族に迷惑をかけることが多かった。

退職して職場が変わって

同じ医療の現場にあっても、歳を重ねた老齢医師の多い今の職場はさらにこのワークライフバランスを割り切って実践しないと、到底やってゆけない。高齢・重症者の多い病棟もあって、受け持つ患者は毎日のように最後の看取りが必要となる。また容易に合併症を起こして重症化する。こういった状態に担当医がつきっきりで対応したら、とてもやってゆけなことはわかっている。そして医師は皆すっかり割り切って時間内の仕事にのみ専念し対応している。最近は私自身もそれで良いのだと思うようになった。

本書『ドイツ人はなぜ・・・』で知った日本とドイツの違い

欧州、特に私の知るドイツやスェーデンで生活すると、本書に強調されているように、企業で働く彼の地のサラリーマンはしっかり有給休暇を取る。医療の現場でもそれは徹底していて日本では考えられないような長期休暇を取っている。

本書では医療現場については全く触れていないが、ドイツのさまざまな生産現場や企業で働く労働者が有給休暇を当然の権利として消化している一方、仕事はそれなり十分回って、ドイツ経済は黒字続きの絶好調であることをことを述べている。日本人の勤勉さと日本経済の現状からその違いは何なのか?日本の労働者もドイツ同様のワークライフバランスを徹底して経済を維持・発展することが可能なのか?そういったドイツの現状の謎解きをしながら、日本の今後のあるべき姿を提案している。

ドイツの労働生産性は日本の1.5倍、その背景に「社会的市場経済」あり

ドイツもさまざまな試行錯誤を繰り返しながら、国の政策として労働者の権利を保護する政策が取られてきた。労働者の生活の安定と秩序の維持に、労働者もまたさまざまな形で経営に参加する仕組みを作り、結果的に個々の労働者自身の生産性も向上しているという。

税金や社会保険料でドイツ国民の可処分所得は少ない

スェーデンほどではないにせよ、ドイツ国民も手厚い社会保障や労働者の権利保護のため、税金や社会保険料は日本より高く、そのため彼らのサラリーのうち、可処分所得は相対的に少ない。一方でその貧困率は日本よりずっと低い。この結果でもあるが、いわゆるサービス業でのサービスに対する考え方の落差が日本とドイツでは相当違いがある。

週末には商店街がすっかり閉じ、またホテルやストアを利用したときの接客態度の悪さは日本でのそれと比較してあまりにひどい。細かいサービスよりコストの安い方が理に適っているのだ。

日本もドイツのいいとこ取りを!!

GDP至上の考えがそれとなく著者にはあるようで、それには賛成しかねる。

しかし高学歴の移民を以前から多数受け入れ、最近は労働力としての移民も多く受け入れるようになったドイツの積極的姿勢は同じ少子高齢化の問題を抱え、また経済が傾いてワークライフバランスを考えるゆとりもないように見える日本も見習ってしかるべきだろう。著者の言う、このドイツのいいとこ取りは、日本でもっと進めなくてはならない。

2015年10月12日月曜日

[IS-REC/BOOK]残間里江子著『閉じる幸せ』(岩波新書)から人生の区切り、ターニング・ポイントを考える

ローカル紙の編集子記事<北斗星>から、

残間里江子の『閉じる幸せ』(岩波新書2014年)を読んでみたくなった

閉じる幸せ

「終活」という言葉には<死に支度>のイメージがあって、今の自分にはそぐわないし、目下の所そんな気にもなれない。一方、「定年退職」という制度がくれた人生の転機で、終の住処だったはずの住居を離れ、さらにローカルな小都市に転居して環境はガラリと変わってしまった。新しい職場での生活が始まり、前職のポストや役職・仕事から隔絶されて、何がしか自分なりの区切りを言葉の上でも持ちたいと考えていた。そんな矢先の去る10月5日、秋田のローカル紙・編集子記事<北斗星>が眼を引いた。そこには人生の棚卸しとして、本書、残間里江子著『閉じる幸せ』が紹介されていた。

閉じるしあわせ本書は昨年刊行されたもので、すぐ手に入った。本書の冒頭、「閉じる」とはよりよく生きるため、今までの自分を脱ぎ捨て、新たな生き方をすること、著者はそう定義していた。自身を振り返ると、これまでも本書の中でさまざま事例が紹介されていると同様に、「還暦を機に生き方を変えたい」とか、ある種の行き詰まり、慣れっことなってマンネリに陥っている自分の気持ちを「整理してみたい」と、人生の「棚卸し」をそれとなく考えたことがあった。しかしそのような時にも著者が自省すると同じように私自身、「前へ、前へ」とせっかちに走り続けて周囲の見えない毎日が続いていた。

残りの人生をどう使うか?

ある事例を引きながら著者は言う、『「第二の人生」などという言葉は、生半可な気持ちでを語ってはいけないような気がします。』 それまでの人生を閉じ、けじめを付けて新たな環境で新たなスタートを切るとは相当の覚悟が必要なのだ。『「閉じる」とは、逃げるのでもなく、戦うのでもない。物事ときっちりミートしていくためにそれまでの自分もその立場も一時休止すること。』「その休止までは関わっている仕事や事業を徐々に縮小などと考えてはいけない。縮小したらそれ相応の仕事しか入ってこない、辞める時はぱっと閉じれば良い・・・。」本書のこれらの言葉はなかなか勇ましく聞こえる。

では何をどう閉じるのか?・・・『「閉じるのは過去」そして、残りの人生をどう使うかを真剣に考えるために「過去を閉じる」のだ。』・・・この言葉はピンときて、わかりやすくすぐに同感できた。

「我が身の棚卸」は、よりよく閉じるためのレッスン

「その日、そのとき、その場をじっくり味わうことなく、ネクストばかりを見たがる私。」、『「いつか」「いつの日か」はもう止め。』、『「開くにしても閉じるにしても「自己確認」から始まる。』、『今の生活になれてきたと思ったら、「閉じ時」です。』

本書「閉じる幸せ」は人生一区切りをつけるために、ある種の緊張を持ちながら、一方でリラックスしたゆとりある大人の気分で「過去を閉じ、新たな地平を開く」ために提供されたエッセイである。「閉じる」ためのレッスンとして、まずは「我が身の棚卸」という訳だ。

著者は「新しい大人文化の創造」を掲げ、<クラブ・ウィルビー>を立ち上げた。<クラブ・ウィルビー>はそれまでの人生を一区切りとして、新たな終生の友(lifelong-friend)と出会える場の創造であり、提供の場であったと言う。

「閉じた後の生活」

本書は著者とその周辺にみられた出来事をたどり、「閉じる」ことの意味、「閉じる幸せ」を考え、感じさせ、さらに「閉じた後の生活」に新たな自分をどう託すのかを語っている。高齢化社会の一員として生き続ける我々に、ある種の道しるべを提供した一冊と言って良いだろう。

2015年1月17日土曜日

[IS-REC/BOOK]苧阪満里子著『もの忘れの脳科学(ブルーバックス)』・・やはり、もの忘れが気になり出して読みました

“もの忘れ”には“ワーキングメモリー”が関係していました

   私も多少は記憶力に自信があった。しかし“ヒト(他人)の名前が咄嗟に出ない”、“処方するべき薬の名前が思い出せない”、“今さっき覚えた本の書名や言葉が出てこない”、などのもの忘れがここ数年目立つようになってきた。これもいわゆる加齢に伴う“良性健忘”だろうとタカをくくっていたが、“2階にモノを取りに行き、何を取りにきたのか忘れること”(本書に記載された事例)なども時々あって、本書を改めて読んでみることとした。これまで高次脳機能や認知・記憶については私自身が扱う患者さんも多く、そんな関係から一端(いっぱし)の専門家を気取って専門書をみたり関連学会参加で勉強することはあっても、最近非常に多くなった一般向けに書かれた本書の類はこれまでまったく読んだことはなかった。

  講談社ブルーバックスは医学や科学の最新知識を一流の専門家が一般向けに解説した自分の領域外の知識を学ぶには打って付けのシリーズである。本書も認知心理研究者の著者が記憶のなかでも“もの忘れ”に関わる“ワーキングメモリー”に焦点を当てて書いた良書である。用語が必ずしも十分かみ砕かれておらず、非専門家やほんとの意味で“一般の方々”にはちょっと難しい気もする。著者はおそらく、“自分の専門を語りだして自分の語り口に酔った”のではないかと思うほど。でも、ある程度の知識を背景にすると本書の語り口からその内容がとってもスムーズに頭に入ってくる。

“もの忘れ”はトレードオフ関係にある、“処理と保持”の総容量が不足して起きている

  日常のさまざまな活動をスムーズに行うためには、課題目標を達成するまでの間だけ必要な情報をすぐに検索できるように(長期記憶から取り出し)活性化しておくことが重要。“もの忘れ”とはこの総容量が加齢と共に不足して生じる(本書による)。そしてその基盤となる神経機構が1986年、バドリーが提唱した“ワーキングメモリ”モデルなのだ。本書ではより実際に則して“ワーキングメモリ”の中核となる“中央実行系”に入出力する情報の流れに沿ったサブシステムを加えて図式化して紹介している(上図2-2)。

“ワーキングメモリ”の神経基盤は脳内に広く分布するネットワーク

  “ワーキングメモリ”を測定するテストとして、本書では著者らが実際に研究やフィールド、臨床で使用しているさまざまな“スパンテスト”(代表的には“リーディングスパンテスト”)を紹介している。これは文章を読ませ、後で文章内の特定の単語(名詞)を報告させるテスト。関連のない複数の課題文を連続して行ったり、1課題ごとに数計算を行うなどの外乱を組み合わせるバリエーションが多い。研究としてはPETやfMRI(ファンクショナルMRI)で脳活性部位をモニターしながらテストを実行して“ワーキングメモリ”の神経基盤を探している。

  著者らの研究やそのほかの研究者の研究でわかったことは、“ワーキングメモリ”の鍵となる構造は前頭前野や前部帯状回などに中央実行系の基盤があり、情報口とその情報保持部分(サブシステム)は音韻同定と音韻リハーサル(音韻ループ)は左半球のブローカ野と左縁上回、視覚・空間的スケッチパッドは右半球の同等部位らしいということでまとめられている。すなわち、“ワーキングメモリ”の神経基盤は脳内に広く分布するネットワーク全体であり、加齢による全般的脳機能低下は“もの忘れ”に始まり、さらにさまざまな日常生活障害が重なってくることがよく分かる。

幼児の“心の発達”と“ワーキングメモリ”の関係がおもしろい

  本書の後半では「ワーキングメモリの発達」を取り上げている。幼児にリーディングスパンテストを行うと課題の量が増えるにつれて目標語の報告ができず、変わって目標語を含んだ“全文再生”現象が起こるという。乳幼児が言葉を覚える過程で親の言った言葉を全文まねて繰り返すことはまま経験すること。テスト課題を理解していても記憶力そのものの問題ではなく、“ワーキングメモリ”の発達自体と関連していると考えられている。興味深いのは、“ワーキングメモリ”が未発達だと目前から親が見えなくなると子は泣きだしてしまう。しかし目前から見えない場所に隠れても身近にいる親をイメージ出来るようになる(→“ワーキングメモリ”の発達)と親がいないと泣くことはなくなる。これはまさに子供の“心の発達”であり、“こころの理論”として研究が進んでいるという。

“ワーキングメモリ”は鍛えられる?

  本書最後の章は“ワーキングメモリ”強化法について触れている。さまざまな記憶術が有効なように、ちょっとした工夫で“もの忘れ”を防ぐ“ワーキングメモリ”強化術が書かれている。私も早速実践し始めている。“もの忘れ”に悩み苦しまれる方々は本書を是非一読して“ワーキングメモリ”を強化して欲しい。

2015年1月10日土曜日

[IS-REC/BOOK]ジョナサン・ワイナー著(樋口広芳・黒沢令子訳)『フィンチの嘴』(ハヤカワ文庫)を読む

進化のスピードは想像以上に速かった

     ダーウィン「種の起源」に始まる進化論は宗教的物議をかもしたものの数世紀ないし数千年の単位で生じる種の環境への適応、自然選択である。種が分岐しその多様性を生んでゆくという進化論は現在、広く受け入れらているが、ダーウィン以降もその実証には乏しい状況であった。

この進化論を構想するフィールドとなったカラパゴス諸島ダフネ島を中心に、生物学者のグラント夫妻はスズメほどのフィンチという小鳥の全島調査・観察を年余にわたって続けた。絶海の孤島で気象は厳しく、1年以上雨の降らない時期もある。そこには明らかに嘴の長さ・形の異なるフィンチが生息する。そして夫妻はこのフィンチの長期観察から、様々な条件・過酷環境の中で生き抜くため、環境に応じて餌を採るに適する嘴変化がフィンチの次世代に受け継がれていっていることを発見した。すなわち種の遺伝的分化は当初考えられたよりずっと短い期間で起こっていた。

・・・この“フィンチの嘴”に象徴される事象、現在では「適者生存、外環境の大きな変化を的確にとらえて生き延びる術を持つ」という意味でさまざま援用されるようになっている。たまたま読んだ本の文中記載や、以下に紹介するブログ記事から興味かき立てられて本書を手にした。

フィンチの嘴の違いは、1個の遺伝子の差で生じていた

  さまざまな要因により、形質発現に関わる遺伝子は比較的短期間に変異していくようだ。最近の新聞記事で京大iPS細胞研究所の山中伸弥教授は、“体内の細胞でも、遺伝子配列は徐々に変わっていくことがわかってきている”と述べている(2015/01/08朝日新聞科学「開発止まった薬を復活させたい」)。

一方、フィンチの嘴の違いを、DNAチップによる遺伝子発現の違いで明らかにしようという試みが行われた。その結果、嘴の形と対応する遺伝形質がカルモデュリンであることがわかった。そして長い嘴を持つフィンチほど、嘴の先にカルモデュリンが発現しているというのである(石浦博士のオドロキ生命科学第31回『フィンチの嘴の謎』)。

“進化”という気の遠くなるようなスパンで起こる種の形質変化は、ダーウィンの著書以来つい最近までその直接的証明は困難と考えられてきた。しかし本書で紹介された生物学者の地道なフィールド研究、そして近年の遺伝研究の進歩によって種の形質変化が実際にはもっと短い周期で生じている事がわかり、しかも実際は相当複雑だが1形質1遺伝子で発現し、件(くだん)の石浦博士は、“遺伝子導入で(美容)整形も可能になるらしい”と冗談めかして語っている。

地球温暖化など、環境激変によって種の遺伝的変化が速まっている事への警告

      本書『フィンチの嘴』が書かれたのは20年以上も前の1994年である。しかし著者は当時すでに始まっていた人間自身の繁栄によって引き起こされた地球規模の環境変化が、進化の原因とも結果ともなっている事を知るべきと警告していた。

     『フィンチの嘴』は進化を信じない創造論者が半数近くを占めるアメリカでも相当多くの読者を獲得してきた。早川書房から日本語訳が出版されたのは翌年1995年。二人の翻訳者の力量もあって本書はフィールド観察の臨場感と、真実追求のサスペンスドラマを読んでいるような迫真性がある。大部だが一気に読める一冊である。

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