由利本荘市の本荘公園に近い鶴舞温泉は、家から歩いてすぐの所である。元々、温泉好き夫婦なので週2、3度は回数券を買ってここに通っている。時に医師会長W先生やいつも医師会病院に往診いただくS先生、また私のかかりつけである御門歯科O院長先生などとも一緒になる。気泡浴や露天風呂、サウナなどを利用して温泉を楽しむ。温泉から家に帰るともう時間は午後8時半過ぎ。後はもう寝るだけの生活である。温泉通いは秋田では秋田温泉へ。しかし温泉まで車30分の距離。いくら温泉好きでも月にせいぜい2度か3度がやっとだった。由利本荘市での生活ではワイフが遊泳館で毎日水中ウォーキングを楽しみ、夜は夫婦で鶴舞温泉に通う生活。近くにプールも温泉もある由利本荘市の生活満足度は秋田市に比べて相当高いこととなる。
●物理療法としての温泉
過日、秋季リハビリ医学会総会があり学会の研修講演を連続して聴講した。その中の一つは温泉医学・物理療法。演者のM教授(国際医療福祉大学)はリハビリ医学でも少し毛色が変わっており、温泉医学を中心に現在も活躍している。今回の研修講演内容は物理療法・温泉療法オーバービュー。彼の解説では、温熱や電気を使い機能回復や疼痛緩和を図る物理療法(物療)の歴史は古く、記紀の神話世界からその記述があり、近年では江戸時代から明治・大正・昭和の戦前にも物療が盛んに行われたという。特に温泉は言わずもがな昔から日本人に欠かせない娯楽や療養手段であった。講演ではこの温泉の効用を温泉医学の立場から様々解説してくれた。温泉は温熱の一般的効果に加え、入浴中の体温上昇が早い(炭酸泉)、浸かった後の保温効果に優れる、リラックス効果も大きい(特に塩化物泉)等々で、実際の実験データを示しながら検証結果を説明した。また疫学研究で温泉の定期的利用者群とそうでない群の比較で大血管病や骨折リスク、死亡リスクが低かったことも話された。温泉の直接的効果については、“疼痛性疾患、関節拘縮、血行不全、肩手症候群、失調症状、褥瘡などの症状緩和や治療に役立つという。
●“ヒートショック”と“ヒートショックプロテイン(HSP)”は別物
冬場のこの時期、特に東北地方の寒冷地仕様ではない戸建て住宅に暮らす多くの高齢者は風呂場で倒れることが多い。その大半は“ヒートショック”と言われ、注意が喚起されている。これは暖房のある暖かな部屋から寒い脱衣所、さらに冷えた浴室に入り、血圧の急上昇をきたす、さらに浴槽に浸かって血管が開くなど、急激な体温変化が原因となって血圧上昇下降があり、心筋梗塞や脳卒中を起こすというものだ。冬季の救急搬送はこの“ヒートショック”に因るものが多い。入浴前に脱衣所や浴室を前もって十分暖めて置くことが事故防止上、肝要である。さて、“ヒートショックプロテイン(HSP)”はこの高齢者浴室事故の原因、“ヒートショック”とは全く別物だから少しややこしい。HSPについて一般向け書籍を出している伊藤要子氏の「加温健康法」(法研2013)によると、HSPとは熱ストレスで増加する組織修復タンパク質のこと。脳卒中後の急性期に組織修復に働くタンパク質として、しばしば登場するので脳卒中を専門とする医師には結構馴染み深いタンパク質である。「加温健康法」で紹介される事例では、ネズミやウサギを使ったストレス実験でそのストレス負荷の前に加温時間を入れるとそのストレス緩和効果は絶大だという。また実生活上では、スポーツ選手のトレーニングメニューにマイルドな加温(サウナや入浴)を入れると入れないとではその疲労回復程度やスポーツ記録で相当の差が出るという。実際、カナダでの冬季オリッピックの際、日本選手が試合直前にサウナを利用し好成績を挙げたそうである。このHSP(特にHSP70)は体内に増加しても特段の副作用発現はない。また自己の工夫で体内に増やすことも比較的容易である。入浴で適度な熱ストレスを与えるとHSPが増加する。入浴中の体温を2度上昇出来れば、HSP増加は確実だ。体温を上げる運動や食べ物も有効だが、無理な運動は余分な酸化ストレスも増やすので前準備が必要となる。薬では抗潰瘍薬セルベックスの有効成分GAAによりHSPがふえるという。こういった事実から美容医学や抗加齢医学でしばしばHSP上昇法が紹介されている。
●和温(WAON)療法
慢性心不全の高齢者が増加している。リハ医学進歩の恩恵を受けて、近年急性心筋梗塞後の心臓リハビリテーションの施設要件が緩和され、多くのリハ施設で心臓リハが取り組まれるようになっている。それでも循環器科や心臓血管外科が併設された病院や循環器センターなどでないと、なかなか一般のリハ施設で心臓リハを行う敷居は高い。ところが最近、我々の病院でも様々な障害で入院してくる高齢者の多くが慢性心不全や腎不全などの既往疾患を抱えている。否が応でもこういった心不全患者の治療を続けながらリハビリを行うこととなるのだ。さてこの十数年以来、HSPの組織修復や機能回復作用を利用した、低温サウナ浴による慢性心不全治療「和温(WAON)療法」が認知されるようになってきている。この4月に保険適応され、慢性心不全高齢者のリハビリにも応用されている。これは鹿児島大学の鄭忠和教授の開発によるもので、“日本循環器学会の慢性心不全に対するガイドラインにクラスIとして掲載され、「高度先進医療」として承認”されている(「和温(WAON)療法」ホームページから)。一人利用のサウナが“和温療法器”として市販され、低温サウナであるので治療の危険性は少なく、管理も比較的容易なようだ。一般の病院ではこの和温療法器を使って治療する。残念な事に東北地方では仙台の東北大学リハビリテーション部の一施設のみで可能。慢性期で高齢者のリハビリを行う施設にはもっと普及して欲しいものだ。
●“体温を上げて健康になる”
10年ほど前、斉藤真嗣著「体温を上げると健康になる」という本がベストセラーとなった。この本はオーディオブックにもなって更に読まれるようになった。また最近では雑誌「アエラ」で「体温で24時間を整える」という特集記事があり、体温と生活リズムの関係、自分で熱を作り出す効用などを解説していた。最近は特に女性で低体温者が多く、コロナ感染のスクリーニングに体温を測定すると、その低体温ぶりには驚かされる。もっとも体温計自体の問題もある。サーモグラフィーによる非接触型や、脇の下や口中で測定する接触型でも15~25秒で結果が表示される予測値で実測値をみない体温計の信用性は乏しい。いずれ体温を上げると身体の免疫力(?)が上がって身体能力がアップし病気・障害に対する抵抗力が上がるのは間違いなく、我々はコロナ感染予防のためにも体温を上げる工夫と努力が必要である。
●実測体温計をくわえて湯に浸かる
温泉に比較して水道水を使う自宅の風呂では浴槽に浸かってじっくり時間をかけないと、なかなか体温は上がってこない。我が家の風呂温度は43度。通常は41度前後の家庭が多いので、慣れないと43度は結構熱いと感じるだろう。43度の湯に浸かり実測体温計を口にくわえて体温を測る。2度上昇するのに約7~8分、42度で約10分、41度では15分かかる。もっと短時間に体温を上げたいなら炭酸入りの入浴剤を使う。いずれにせよ体温上昇効果は温泉浴に敵わない。入浴や温泉などに浸かってHSPを上昇させる、高価なサプリや薬を使わなくとも、身近なところに比較的安価な方法で適う健康法があるのだ。その健康法を自ら実践するため、“今日は温泉に行くか、じっくり自宅の風呂に浸かるのか”、夕食時からあれかこれかと悩む毎日なのである。
●参考図書・Web-URL
1)伊藤要子著「加温健康法」(法研2013)
2)斉藤真嗣著「体温を上げると健康になる」サンマーク出版(2009/6)
3)和温療法:http://www.waon-therapy.com/message.html
4)アエラ2020年11月23日号
(由利本荘医師会報2021年1月『新春随想』掲載)