■安易な高齢者・重度障害者の医療やめては?!
終末期医療は科学的根拠に基づく医療(EBM)ではなく、語りに基づく医療(NBM)であるべきという。すなわち患者・家族と医療者側が十分語り合われる中で終末期医療の方針を決められるべきとの主張であり、この主張が現在の先進国医療の趨勢という(PDN通信2010.10.1号)。昨年から今年にかけて終末期医療という括りの中で胃瘻造設がマスコミで取り上げられている。朝日新聞2011.01.07の『私の視点欄』に笠原小五郎氏が『安易な「胃ろう」やめては』と寄稿している。この「安易な」という主観的評価を含むタイトルに、治療として胃瘻造設を行うリハビリテーション医の立場からいささかの私見を述べたい。
昨年のNHK・ETV特集「食べられなくても生きられる」でも胃瘻造設に疑問を抱く、主に介護療養病床や施設を管理する医師の立場からの声が紹介されていた。こういったマスコミの取り上げ方は、実際に胃瘻造設を受け、その後の適切な対応で延命を享受する当事者家族や患者を困惑させるのみでなく、患者家族の背景、QOLを考え、NBMのもとに胃瘻造設を行う医療の現場にもいささかの混乱を引き起こしている。重症脳卒中や癌患者のリハビリは無駄だとか、高齢者を対象とする手術的治療は無駄という議論はさすがにみないが、現実的には行き場がない故に多くの合併症を抱え、機能回復や生活訓練どころではないようにみえる超高齢者や重度障害者が回復期リハビリ病院に紹介されてくる。こういったケースを扱うことが過剰医療とか、安易な医療とか言ってお断りしたら医療の現場では顰蹙を買う結果となるだろう。
胃瘻造設の適応について明確にしておくべき点は、経口摂取が合併症誘発や摂取すること自体が苦痛とならないような嚥下訓練があり、これとセットされたものであること。すなわち、患者とその家族のQOLを考えた視点があり、これを前提とするのであれば、胃瘻造設はまさに高齢者・重症者のリハビリと同様、無駄な医療との論調で括られるものでないことは明白だろう。
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