●高齢者の自動車運転
自動車運転免許更新時に75歳以上高齢者の認知症検査が義務づけられ7年が経過した。検査の結果、免許更新ができなかったり自主返納するケースも増えてきている。運転操作ミスなどで死亡を含む大事故が跡を絶たないが、車の構造上の進歩もあり、いずれAIによる自動運転でこういった問題も解決するだろう。
●リハビリ入院患者さんの自動車運転
脳卒中などでリハビリを受け、基本動作や日常生活活動が自立に近いと、年齢に関わりなく日常生活に欠かせない手段として自動車運転を希望する患者は多い。現状では高齢者に限らず、脳損傷により多少とも身体や認知行動に影響を受けると発症前同様に運転が可能かどうかを医学的立場から評価する必要が生じてくる。特に高齢患者では加齢や元々の骨関節疾患に伴う動作全般の障害があり、自動車運転を続けるには様々なハードルが横たわっている。リハビリ入院中に身体や認知機能の障害は日常生活上の能力として繰り返し評価される。自動車運転はそれと共通した能力に加え、さらに脳の統合的能力が要求される。脳の統合的機能とは大脳連合野機能としての高次脳機能、そのうち認知と運動を結び行動の指令的役割を果たす前頭連合野機能である。
●自動車運転に必要なスキルとメンタルの評価
必要検査として自動車運転の身体的スキルの評価は理解しやすいだろう。患者は障害発生まで日常的に運転していた場合が大半であるから五感を含む新たな障害がなければ両手両足を使った運転操作に支障ないはずである。手足の麻痺が残った場合には車への乗降、ハンドルやブレーキ、クラッチ操作などで支障があり、これらを解決するか補助する車の改造が必要である。予め対麻痺用や片麻痺麻痺用に改造され、さらに本人が使用する車椅子積載を片手で簡単にできる構造の既製車も売られている。障害と車の構造的問題が解決しても次に操縦上の問題として、反応時間が上ってくる。ブレーキは一定時間内に踏み替えと踏み込む操作が要求される(通常は0.7秒程度)。次いで注意力。注意にはさまざまな側面があり、視覚的注意・配分的注意などが評価される。注意は、高次脳のうち前頭(連合野)機能と関わり、机上検査として、Stroopテストやかなひろいテスト、TMT(A&B)などが行われる。自動車運転評価の多くは、後2者で評価される。TMT(A&B)は、注意の持続と選択を視覚的探索、視覚と手の運動協調の面から評価する。テストAはランダムな25個の数字を線で順に結ぶ。テストBでは数字と仮名を交互に数の昇順、五十音順で結んでゆく。いずれも完成までの時間、誤反応の有無を評価する。図はその実際例である。本例のテストBでは完成に要した時間も誤反応数も多く注意力の低下があると判断される。
TMT(A&B)評価結果の例 |
自動車模擬運転 |
●経験例から
相当以前の話だが前交通動脈瘤破裂くも膜下出血の若い患者でメンタルを含む脳機能障害の回復良く、てんかんのエピソードもない例を経験した。特に本人や家族から自動車運転の是非について相談なく、私自身も指導・アドバイスの必要性を失念していた。自宅退院数カ月後、自動車運転中の自損事故で死亡したことを新聞で知り、呆然とした。現在はリハビリ医療機関と運転免許センターの密な連携があり、このような痛ましい事例はないと確信する。他方、秋田県のような広域で交通不便な環境で生活するには自家用車は生活必需品であり、特に自営業に戻る場合には仕事上も車運転が是非とも必要である。したがって退院時には運転希望の有無、運転可否について必ず確認・評価・指導する必要がある。
○自験例1(KT65歳男性):自営業。仕事上、秋田と実家のある由利本荘を頻繁に往復する必要があり、自家用運転を希望された。右内頚動脈血栓性閉塞で急性期再開通療法が成功した。しかし右半球前方域のまだら梗塞が発生したため、軽度左片麻痺と前頭葉機能障害が残りリハビリを行った。入院中に麻痺はほぼ消失した。記憶検査は正常だが、易怒的で判断力・注意力に難があり、大仙市協和の県立リハセンで自動車模擬運転評価を行った。模擬運転では状況に応じた運転が可能であったが、机上検査で全般的注意力の低下、瞬時視や移動視で左視野に見落としがあり、結果は運転不可とされた。しかしその半年後の再検査では合格となり、保留中の運転免許更新と自家用運転が可能となった。
○自験例2(SK78歳男性):10数年来の右脳血栓で左片麻痺を後遺する。廃棄物処理業自営で自家用運転も普通にこなしていた。しかしここ数カ月前から物忘れがあり、また軽微な自損事故が目立つようになった。MRI画像のフォローアップで左放線冠に新たなラクナ梗塞を発見した。自覚的に障害が悪化した意識はなく、仕事上も自家用運転が必要なため、家族や主治医の免許返上のアドバイスは受け入れ難いようであった。リハセンで自動車模擬運転評価を行った。その結果、模擬運転や机上検査で失点が目立ち、この検査結果から本人もようやく免許返上に応じてくれた。
●高齢者・障害者など移動手段弱者の問題
障害者に対する運賃割引精度に始まり、2000年の交通バリアフリー法で公共交通機関利用時の物理的障害の一部は解決した。しかし過疎化が進んで生活に必要な公共交通手段自体が乏しくなった。高齢者や障害者はますます遠くへの移動が困難となってきている。障害の程度や有無に関わらず誰もが自由に移動できる手段が必要である。しかし目下のところ、コストに見合う有効な解決策は見当たらない。時間がかかっても一度外出したらワンストップで用を足せる町づくり、コンパクトシティー化の環境整備が必要である。また生活や仕事にどうしても車が必要な場合には、もはや夢ではない段階まで技術が進んできたAIによる危険回避・自動運転可能な構造の自家用車普及が待たれている。
(本稿は2024年8月、由利本荘医師会報NO.602「いいたい放題」に掲載した)