2025年8月13日水曜日

[IS-REC/ISSUES]超高齢者胃瘻造設で学んだこと

 ●摂食嚥下困難・栄養障害・誤嚥性肺炎

 厚労省人口動態統計(2023年)の主な死因構成割合をみると悪性新生物・心疾患・老衰がその半数を占め、次いで脳血管疾患・肺炎・誤嚥性肺炎と続いている.いわゆる市中肺炎は肺炎双球菌ワクチンの普及で減少傾向だろう.実臨床からは肺炎とされた中に相当数の誤嚥性肺炎が紛れ込んでいると思われる.摂食嚥下困難は加齢自体で生じるが、背景にある脳動脈硬化や多発ラクナ梗塞・認知症など全般性脳機能低下に伴ってしばしばみられる事は周知の事実である.また摂食嚥下困難で徐々に食が細くなり、食事のむせ込みが苦しく食欲自体も低下して、枯れるように最後を迎えることも多いだろう.死因として“老衰”が増加しているのはそういった事情を反映していると思われる.他方、食欲が保たれるのにむせで十分食べられず、羸痩が目立つようになったり、介助で無理に一定量食べさせようとして誤嚥性肺炎を繰り返すと、本人やその周辺から何らかの対処が求められるようになる.代替栄養としての胃瘻造設(PEG)は内視鏡で比較的簡単に出来ることから当初、嚥下評価や嚥下訓練なしに過剰に行われた時期があった.現在は嚥下評価と嚥下訓練が可能な施設でのみ行われ、その安全性、またPEGが即・経口摂取不可ではないという認識が普及して超高齢者でもPEGが選択されるようになってきている.PEGは誤嚥性肺炎や栄養障害を減らしてQOLの高い生命予後改善に寄与している.

●由利本荘医師会病院でのPEG現況

 
 過去5年間に42例でPEGを行った.その紹介元(表)は総合病院16、施設(または嘱託医)20、当院外来(神経内科・リハ科)5、耳鼻科1であった.原則として、入院時に造設について家族の意向を十分確認し、造設前に嚥下評価(嚥下内視鏡VE)を行ない、PEG後も食事内容により気晴らし的経口摂取が可能かどうかを検討した.施設から入院の場合、評価から造設、胃瘻ボタン交換まで1カ月目処の入院で実施した.内視鏡による造設で、造設中も、その後の嚥下訓練でも特段のトラブルはないが、認知症患者では、嚥下訓練に応じてもゼリー摂取など直接訓練を拒否する例があり、PEG後に経口摂取のできない例も多かった.

●超高齢者の胃瘻造設pitfall

 最近、90歳前後以上の超高齢PEG患者が増加している.過去5年間でも42例中11例26%が90歳以上であった.そして超高齢者PEGで意外な伏兵に気づかされることとなった.典型例は嚥下障害で胃瘻造設希望入院、術前の嚥下評価で咽頭期嚥下障害が比較的軽く、食形態を選べは多少の経口摂取が十分可能なケースである.紹介元情報では経口摂取で頻繁に誤嚥性肺炎を繰り返していた.このようなケースで多少の気晴らし的経口摂取も可能と造設後退院時コメントに付記して施設に戻ったところ、トラブルが発生した.胃瘻栄養や気晴らし的経口摂取で再び嘔吐や誤嚥性肺炎を起こし、施設では対処困難となって舞い戻ってきたのだ.そんな超高齢者の問題ケースを続いて2例経験した.

●脊柱変形と上腸管膜動脈による十二指腸水平部狭窄(いわゆる、“上腸管膜動脈症候群”)

 


 施設の現状から経管栄養が朝夕1日2回注入で維持されている場合が多い.造設直後、当院では1日3回で胃瘻栄養を行うため、退院まで栄養注入後の嘔吐や逆流性誤嚥のトラブルはなく、このようなトラブルを予期していなかった.最近経験した1例(91歳男性)では脊椎変形と四肢屈曲拘縮があり、腹部が常時圧迫気味であり、十二指腸球部以遠の機能的通過障害に気づいた.幸いこのケースでは注入量減量で辛うじてその後のトラブルは消失した.2例目(93歳女性)は退院先施設で注入量調整など再三試みられたが、一定量一定回数注入で嘔吐が繰り返され、再紹介となった.本例は上部腰椎の圧迫骨折の既往で十二指腸水平部の機能的狭窄が強く、腹部CTで器質的イレウスを認めなかったが、胃瘻から注入したガストログラフィンを時間的に追いかけると、数時間経過しても胃内に造影剤が多く滞留していることがわかった(図).本例は現在、中心静脈栄養と少量の気晴らし的経口摂取で経過をみているが、本人が強く希望する経口摂取を続ける限り、食塊の胃内蓄積と嘔吐は避けられないようである.

●超高齢者経口摂取困難は咽頭期嚥下機能低下のみにあらず


 


 パーキンソン病その他の神経難病は別として、PEGはいよいよ超高齢者でも増加している.今回、あまり間をおかずに経験した超高齢者2例のいわゆる、“上腸管膜動脈症候群”は経口摂取困難・栄養障害の原因が必ずしも咽頭期嚥下の問題のみに帰せられないこと示しており、良い教訓となった次第である.








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(表)由利本荘医師会病院・リハビリテーション科でのPEG実施例内訳(2021~2025)

(図)いわゆる、“上腸管膜動脈症候群”2例目の腹部Xp所見.ガストログラフィン100ccを胃瘻からゆっくり注入し、数時間後に撮影.胃内に未だ多量の造影剤が滞留している.

※本稿は2025年8月、秋田医報NO.1639号記事『銷夏随想』に掲載した



2025年7月21日月曜日

[IS-REC/ISSUES]~老熟~

 ●黒井千次「老い」のエッセイ



 2005年から読売新聞に連載された黒井千次の「老い」に関するエッセイ集、第3冊目に当たる「老いのゆくえ」(中公新書)が柄谷行人の書評で某新聞に掲載された.興味をそそられて早速本書を購入した.「老いのゆくえ」は80代半ばの黒井が、「老い」のさまざまを自身の体験をもとに綴っている.このエッセイ集シリーズ第1冊目は著者70代半ばのものである.自分の年齢に近い記述を期待してこのエッセイ集「老いのかたち」も合わせて購入した.著者の「老い」の歴史的・哲学的考察はさておいて、印象に残った言葉は今風の「老い」を遠ざける健康志向や抗老化思考の対極にある「老熟」という言葉である.生物的年齢に則して高齢者の社会的役割や所為、立ち位置が変わり、昔であれば隠居、近代であれば「定年」がやって来る.こういった時期には社会の一線から離れ、慎ましくも時間的ゆとりを得て小旅行や散策、釣りなど趣味三昧の生活か、孫と戯れる生活である.「老い」の連作で描かれるさまざまな身体・認知能力の低下があっても、時間的・経済的ゆとりがあればその一つ一つを自他ともに受け入れながら「老い」を迎える事が出来るだろう.それが「老熟」である.


●「時の記念日」セイコウの時間意識調査

 6月10日の時の記念日に合わせて時計のセイコウが時間意識調査を毎年行っている(セイコウ時間白書2024、https://www.seiko.co.jp/csr/stda/archive/2024/detail.html).現代人の多くは「タイパは社会に定着」し、「行動はタイパを意識し、無駄な時間を過ごしたくない」と考えている結果である.無論「コスパ」も大切である.「時間が制限された方ががんばれる」「スマホなしで考えるのは5分以内、考えるより検索」で、まさにいつのまにか自分自身もそういった時間感覚に毒されているのに気づく.この調査結果は若い世代ほど高い割合であるが、その一つ一つの数値をみると世代差によらず総じて高い傾向であった.


●タイパ・コスパとエイジレスを求めれる医療・介護職

 人口減少と少子高齢化で地域のスーパーや飲食業、公共交通機関などが立ち行かなくなり地域社会の機能縮少が進んでいる.青壮年労働人口が減って社会を支える労働者不足も深刻である.医療・介護の現場も例外ではなく、利用者(患者)の減少に加えて医師・看護師・介護職の欠員・減少から県内医療・介護施設の倒産や大幅赤字が報じられている.一方、医師一人の充足で経営が改善した公的医療機関の例も報道されている.現状、高齢者を対象とする医療・介護現場ではその担い手である医師・看護師・介護職というエッセッシャルワーカーが確保される限り当面の経営は成り立っている.しかし医療・介護現場の人手不足で職員は仕事上のタイパ・コスパを求められ、特に高齢化した職員も年齢にお構いないエイジレスな役割を求められている.この心身の負担は大きい.結果は利用者である患者にも大きく影響している.施設での経管栄養は1日2回で回されている.必要栄養量や水分量補給を考えると、回数・量とも1日2回は非生理的であり、1回量が多くなった結果、誤嚥リスクも増大する.しかし対応する職員数が限られ、解決策は今のところ見当たらないようである.


●老熟への夢想

 医者となってずっと時間的に目一杯な生活を送り、それは以前ほどではないが今も続いている.結果として家庭での役割を十分果たせず、家族にも負担を強いてきた.“定年となり、仕事が一段落したら、またドイツ・オーストリアをゆっくりバスや電車で回ろう”、“行ったことのない国内各地も旅行したいな”、“以前は自宅で犬を飼っていた.今度は少し大型犬を飼って毎日散歩したいな”、などと妻と話したり想像したりする.しかし未だその実現の目処は立っていない.そしてその目処が立たないうちに、ある日気づいてみると心身ままならない、“要介護老人・寝たきり老人”となっている自分がこわい.毎日そういったたくさんの実例をみながら、老熟の心境とささやかな夢の実現を夢想している.

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付記:

1.引用した黒井千次「老い」シリース第3冊目「老いのゆくえ」のあと、4冊目に当たる「老いの深み」(2024年5月刊)が出版されている.

2.本稿は2025年7月15日、由利本荘医師会報NO.613号記事『銷夏随想』に掲載した




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2025年2月28日金曜日

[IS-REC/ISSUES]~看護学校で教えて~

○看護学校で教える

 リハビリ科を唯一標榜して臨床する医者が少ないせいなのだろう、医師会看護学校で「リハビリテーション看護」(以下、「リハビリ看護」)を教える役回りが巡ってきてしまった。リハビリ臨床の中身は、私自身がリハビリ医者になった頃、ちょうど理学診療科の名称がなくなりリハビリテーション科標榜が認められるようになった30数年前と比較するとずいぶん様変わりしてしまった。当時は中村隆一教授の『入門リハビリテーション医学』(医歯薬出版)、や上田 敏先生の『目でみるリハビリテーション医学』(東大出版会)が私のバイブルであった。これらの教科書に書かれた機能回復が目標の臨床医学は無論昨今でもリハビリ臨床の根幹である。しかし今のリハビリ現場で求められるところは大きく変貌してしまっている。

○「リハビリ看護」教育で期待されるもの

 私の担当する「リハビリ看護」には、346頁の大部な教科書(「系統看護学講座別巻『リハビリテーション看護』」医学書院)があって、これが学生には、タブレットPCに丸ごとインストールされている。相当以前にPTとOT学生対象にリハビリ医学の講義をした経験はあるが、看護と名のつく教育に携わるのは初めて。そこでこの教科書を読み、これを自分なりに再消化するため『目でみるリハ・・』にも再度目を通した(中村著『入門リハ・・』は紛失して参照不可であった)。教科書を読み込むのは大変だったが、私の考えるリハビリ臨床に共通する点も多く結構楽しく最後まで読み通すことが出来た。教科書にはリハビリ看護の対象、法制度、ステージ別看護、基盤となる考え方、対象疾患とその機能障害、これからのリハビリ看護、が項目順でならび、疾患と機能障害ではアセスメント手段としてWHOの国際生活機能分類(ICF)の考え方が根本に据えられている。ここでいうアセスメントという言葉はこれまで臨床医学ではあまり用いられてこなかった。疾患や障害の診断のみならず、対象患者が持つICFでいう個人因子・環境因子を含めて評価する意味合いがアセスメントに込められている。そして教科書に記載され、教育目標として強調される点は、医師を含む関連職種との協業・チームアプローチで対象を捉えること、特に看護師は対象患者とその家族に最も接する機会の多い職種として他職種と患者・家族との仲立ちをする役割、患者ニーズを捉えてチームに問題提起する役割を育てようとしている。

○リハビリ科として日常心がける患者ニーズに答える臨床

 リハビリ臨床はまさにチーム医療であり、医者一人がいてもどうにもならない。各専門職種がその持てる力を最大限発揮できるようにチームをまとめていく、それがリハビリ医者の仕事である。その仕事のバックボーンは、障害医学の診断技法と治療法を身につけ、「リハビリ看護」教科書に書かれたアセスメントが適切に出来ることである。具体的には実臨床で最も多い超高齢患者の抱える問題、すなわち疾病・障害発生以前から存在する栄養障害やフレイル・ロコモ・サルコペニアの問題、認知機能低下の問題、心不全や呼吸器疾患、生活習慣病などによる疾患や障害重複の問題など、さまざまな問題を整理し対処すること、またその生活環境(ケア体制を考慮した退院先)にも配慮してゴールを設定することである。これは患者の欲する心身や生活ニーズを念頭に、そのQOL向上をめざす臨床である。

○「リハビリ看護」で教えたこと

 「リハビリ看護」と現在のリハビリ臨床には共通点の多い事がわかった。当然であるが「リハビリ看護」教科書の主体(主語)は看護師であり、チーム医療の中でも看護師のリードが強調されている。また疾患や障害の評価も本来ほかの専門職種に委ねるべきものも看護師の評価手段として記載されている。そのあたりは誤解がないように、チームでは医師中心のラインが大切なこと(リハ医学の教科書では、“ラインとスタッフィング”として強調される)、評価はチームとしてその結果を共有して、対処を考えることが大切なことを教えた。

○これからの患者ニーズに答える病院の仕事は“ケアミックス型地域包括チーム医療”

 人口減少が進み、医療の規模縮小と集約化が喫緊の課題である。医療に従事するスタッフ自体の高齢化や看護師を含むなり手の不足も問題である。今後の地域包括ケア体制の中で病院の役割は、“ケアミックス型地域包括チーム医療”であることに異論はないだろう。その一員として期待される看護師の継続的確保も重要である。国試合格率100%の医師会看護学校を存続させるためにも優秀な学生を輩出し続けられるように微力ながら応援していきたいと考えている。

(本稿は2025年3月1日、由利本荘医師会報NO.609の連載記事『いいたい放題』に掲載した)


2025年1月10日金曜日

[IS-REC/ISSUES]『未就学児対応の外来ST』~発達障害~

  外来で扱う未就学児のうち、機能性構音障害は、5歳児健診で指摘され就学までの一定期間の指導で改善・治癒する場合が多いと述べた。これに対して言語発達遅滞・自閉スペクトラム症(ASD)などと診断される発達障害のケースは、訓練期間が長く、完全な治癒をめざすものではなく、社会生活・学校生活を送る上での折り合いを付けることに主眼をおいた指導をする。前回は当院において未就学児の認定ST(言語発達障害領域)による外来診療活動を外観した。今回は発達障害の事例を紹介し、それらを医学モデル(発達神経学の裏付け)と社会モデルの立場から振り返り、特に後者に連動する「ニューロダイバーシティー」の考え方に触れる。

●事例1:4歳男児. 診断「言語発達遅滞」

 言葉の遅れを主訴に市内小児科から紹介された。言語面の初回評価では、2語連鎖の受容、3語連鎖の一部表出が可能。動作性課題で、図形弁別10種、積み木構成、縦横の描線が可能。観察では、単語レベルの表出が多く、会話はオウム返しとなる。行動面に衝動性なく着席動作が可能。視線注視が可能で他者への関心もある。2語文レベルの表出・理解の向上を目標に課題を反復した。その結果、5歳9カ月時評価では、身近な関心事に文章レベルの自発話が増え、会話でのオウム返しは消失した。しかし話題が変わり関心事から逸れると会話は困難で、自信なく無言で通す事が依然みられた。一方で言葉を介さないコミュニケーションで他者と関わる事が増えた。

●事例2:2歳3カ月男児. 診断「言語発達遅滞」

   有意味語表出なく市保健センターを介し紹介された。受診時、喃語含む表出はまったく訊かれず。簡単な口頭指示理解も困難で、事物の操作のみ対応する。手元の図形弁別や積み木が可能。線や円の描出はST指示で困難だが、家で母親の指示で描けることがある。訓練開始当初の評価では自発的表出が身振りを含めてなく、要求時のみ大人の手を使う“クレーン現象”で行った。視線を合わせた会話は困難。行動面の衝動性を認めないが、着席などは促しに大きく抵抗する。コミュニケーション面では、待っていると視線を合わせるが不定で顔を近づけ声かけすると無意味声をあげて相手の顔を叩こうとする。遊びも一人で行う。その後の訓練は他者との関わりを楽しく行うように誘導する課題を設定した。時間を要したが6歳6カ月で時点では、文章レベルの自発話が可能となり、会話が成立し、行動面で時間中継続して学習でき、他者と楽しく交わる事が可能となって目標達成・訓練終了となった。

●事例3:3歳女児.  診断「自閉スペクトラム症」

  行動面・コミュニケーション面での評価・訓練継続のため小児療育センターから紹介された。受診時、有意味語の表出なく、口頭指示理解不能。簡単な物品操作可能。図形の弁別や積み木重ねが可能。描線は誘導や模倣でも困難。初回訓練時、表出は単音のみで喃語や身振りでの表出もない。呼びかけに応答せず会話できない。行動面で動きが多く同席の母親に抱きつき、要求が通らないと床に寝ころがり抵抗し、着席は困難。コミュニケーションで視線を合わせず、遊びは一人で部屋の隅から隅を走り回り、玩具を手にせず他者への関わりは拒否的である。その後の訓練方針は他者の存在を理解し、関わる事の楽しさを主眼に訓練を継続した。訓練開始9カ月目には明瞭な有意味語を認めないが、それらしい発語や状況に応じた身振りが視線を合わせて可能となった。会話継続は困難なままで改善なし。一方、着席動作ができるようになり、意志に沿わない事で床に転がる事はなくなった。

●症状・障害はどうとらえられているか?

 症状・障害を診断する基礎となるICD-10、 DSM-IV分類では、心理的発達障害と行動・情緒の発達障害に大きく二分されている。日常、他とのコミュニケーション障害は、心理的発達障害に含まれ、構音器官によらない言葉の表出・理解、言葉を繰る能力の障害である。また読字・書字・算数の学習障害や運動機能の発達障害(発達性協調運動症、DCD)が知られている。さらに自閉症(ASD)などを含む広汎性発達障害が同じグループに入る。後者の行動および情緒の障害には、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、選択性緘黙症(場面緘黙症)などが記載されている。

●発達障害の神経基盤*

 神経ネットワーク発達過程でのシナプス“刈り込み”遅延や未成熟が原因である。脳の正常発達には内部の神経回路ネットワークの発達が必要で、その発達を終えるのに20年程度要するとされる。脳の働きが特化する過程は、個人差と生育環境の影響があり、心理的発達障害はこのネットワークの異常で説明され、中枢性統合の障害(「木を見て森をみない」)や感覚過敏や鈍麻・共感覚などの日常生活に影響する症状を生じる。したがってその正常化には時間と教育上の様々な配慮が必要となってくる。行動・情緒の発達障害の代表であるADHDは、脳全体の時間リズムの切り換え不全の結果と考えられている。

●コミュニケーションに関する発達障害とニューロダイバーシティー**

 発達の遅れ(≒神経ネットワーク発達の遅れ)によるコミュニケーションの障害を、“能力の欠如”として捉えるか、個人の特性や多様性と捉えるかで治療者の関わり方が決まってくる。事例1~3では、受診・訓練開始時期、障害の重症度はさまざまで、再評価や終了時に“普通や正常”に届いていない点もある。しかし訓練場面では遅れを要素分解しステップバイステップに指導し、時間を要しても場を重ねる毎に外来担当STと患児のコミュニケーションは改善している。患児の示す特性の周囲理解も進めばインクルーシブな就学も可能となる。医療の基本が患者の自然治癒力を促すものであるように、外来ST場面で対応する発達障害の基本も障害治療というより患児の特性や多様性を理解尊重した「ニューロダイバーシティー」の視点からその特性を活かした学習を促し援助してゆく取り組みと考えられる。

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*:Newton2024年11月号「発達障害の脳科学」

**:ニューロダイバーシティーの推進について(経済産業省)


(本稿は2025年1月、秋田医報NO.1632「新春随想」に掲載した)




2025年1月1日水曜日

[IS-REC/ISSUES]~認知症が気になる・・

 ●親友K君が認知症専門書を出版

 親友K君はほぼ毎日のように診察室や往診先での出来事をエッセイ風にフェイスブック(Fb)にまとめている。日常臨床を手抜きなく行い、また新医協代表という要職に着きながら、まさに超人的に仕事をこなしているようだ。外来や往診で見聞きしたり体験したことを個人情報に注意しながら書き続けるのは、自身の経験からも容易ではない。まだこの本が手元にないのは残念だが、そういった苦労の結晶が、この認知症に関した一冊である。

今田隆一 (著), 阿部育実 (著), 𠮷田真理 (著)『認知症が気になるあなたへ──診察室から見たその備え』(新日本出版社、2024/11/23)

アマゾンの紹介記事には、「第一線の医師、看護師、社会福祉士が、病気の原因や特徴をふまえ、治療とケアのあり方、予防を解説します。・・事例も豊富で役立つ制度のガイドもあります。」とある。この本を手に取るのが楽しみだ。

●身近な認知症患者さんとリハビリ

 私自身も認知症のある高齢患者さんを入院や外来で毎日診察する。それは当初、認知症以外の身体疾患が原因でリハビリ科に関わった患者さん達である。そういった患者さん故からか、時に話を聞いていて、認知機能低下からくる話の堂々巡りについ声を荒らげてしまうことがある。またリハビリを通じて一定の信頼関係ができると、担当医を聞き役に止め処なく話を続け、時間に追われる身をイライラさせることもある。認知症の陰性症状や逆に陽性症状が強くなるともう対応が困難だ。認知症自体に対するリハビリは発症の早い時期であれば認知機能を改善させるさまざまな方法もある。一見関係がなさそうな身体的動作訓練やADL訓練が症状改善に有効とされる。精神科リハビリでよく行われるロールプレイを含む生活機能訓練も有効である。日常生活や職場での認知機能低下を補う手段として、記憶ノートやアラーム設定できるスマホの活用、生活場所に必要情報を張り出すなど、さまざまな補助的手段の導入を提案することもある。

●認知症になった夢

 認知症は一定水準以下の記憶検査成績や、日常の記憶力低下、物忘れの自覚だけで診断はできない。記憶であれば食事などの日常イベントそのものを忘れる場合である。そういった自身の経験はないが、ある日、学会発表のために首にネクタイを巻こうとして何度やってもうまく巻けずに焦る自分の夢をみてしまった。そして、“これは認知症の症状だ”と確信し暗然とする夢だ。認知症になった自分が夢に出るのは、やはり認知症になる自分が恐いのだ。

●認知症リスクと私の認知症対策

 最近の新聞記事(2024/11/20付け朝日新聞アピタル「認知症に14のリスク要因」)には、英国医学雑誌専門委の報告を引用して、”(14)すべてのリスクを取り除けば(認知症は)45%予防可能“と書いている。その14のリスクとは若齢期から中年期、高齢期と人生の時期により異なっている。若齢期の教育の不足、中年期の様々な生活習慣やそれに起因する罹病、高齢期の社会的孤立や大気汚染、未治療の視力低下が項目として挙げられている。それぞれ項目の重みは異なるが、多少認知症診療に関わる者として、また高齢期にある自身の体験としてこの14リスクは宜(むべ)なるかなである。特に自身の問題として気になのは情報の窓口、感覚器の機能低下である。視力低下や聴力低下(難聴)がそれで、特に最近進んできた緑内障による視力低下を気にしている。視力が低下すると、患者さんの顔など仕事で遭遇する他人の印象(顔の認知)を1回でできなくなる。さらに書類を読む折、その書面全体を一塊で短時間把握することができない、などの影響がある。また生活上の自覚はなかったが、職場健診で聴力低下を指摘され唖然とした。聴力低下には思い当たることがあった。長時間イヤホンを利用することだ。ウォーキングや交通移動時にイヤホンを常用する。調べると、“イヤホン難聴”という言葉があり、その対策としてイヤホン利用は1時間を限度、ノイズキャンセリングイヤホンを使用することとしている。そしてイヤホン使用に限らず環境音の音量を含め、身近なは音のレベルは60db程度までで70dbを超えないように注意している。認知症リスクの多くは若齢期から中年期の成育や生活環境に関わっており、現在まさに高齢期にある自分にできる認知症対策は限られている。新聞記事にあるように、しっかり持病や生活習慣病の管理をし、加えて“脳へのダメージ”を減らし、身体運動で体も脳も鍛え続けることが肝要である。また認知症リハビリで有効性が高い、記憶力低下の積極的代償手段(スマホやスマートウオッチのメモ機能やアラーム機能)導入で同僚や患者さんに迷惑をかけずスムーズに日常業務をこなすことも職業人として必要だと思っている。

(本稿は2025年1月、由利本荘医師会報NO.607(202501号)『新春随想』に掲載した)


2024年8月18日日曜日

[IS-REC/ISSUES]~リハビリと自動車運転評価~

 ●高齢者の自動車運転

 自動車運転免許更新時に75歳以上高齢者の認知症検査が義務づけられ7年が経過した。検査の結果、免許更新ができなかったり自主返納するケースも増えてきている。運転操作ミスなどで死亡を含む大事故が跡を絶たないが、車の構造上の進歩もあり、いずれAIによる自動運転でこういった問題も解決するだろう。

●リハビリ入院患者さんの自動車運転

 脳卒中などでリハビリを受け、基本動作や日常生活活動が自立に近いと、年齢に関わりなく日常生活に欠かせない手段として自動車運転を希望する患者は多い。現状では高齢者に限らず、脳損傷により多少とも身体や認知行動に影響を受けると発症前同様に運転が可能かどうかを医学的立場から評価する必要が生じてくる。特に高齢患者では加齢や元々の骨関節疾患に伴う動作全般の障害があり、自動車運転を続けるには様々なハードルが横たわっている。リハビリ入院中に身体や認知機能の障害は日常生活上の能力として繰り返し評価される。自動車運転はそれと共通した能力に加え、さらに脳の統合的能力が要求される。脳の統合的機能とは大脳連合野機能としての高次脳機能、そのうち認知と運動を結び行動の指令的役割を果たす前頭連合野機能である。

●自動車運転に必要なスキルとメンタルの評価

 必要検査として自動車運転の身体的スキルの評価は理解しやすいだろう。患者は障害発生まで日常的に運転していた場合が大半であるから五感を含む新たな障害がなければ両手両足を使った運転操作に支障ないはずである。手足の麻痺が残った場合には車への乗降、ハンドルやブレーキ、クラッチ操作などで支障があり、これらを解決するか補助する車の改造が必要である。予め対麻痺用や片麻痺麻痺用に改造され、さらに本人が使用する車椅子積載を片手で簡単にできる構造の既製車も売られている。障害と車の構造的問題が解決しても次に操縦上の問題として、反応時間が上ってくる。ブレーキは一定時間内に踏み替えと踏み込む操作が要求される(通常は0.7秒程度)。次いで注意力。注意にはさまざまな側面があり、視覚的注意・配分的注意などが評価される。注意は、高次脳のうち前頭(連合野)機能と関わり、机上検査として、Stroopテストやかなひろいテスト、TMT(A&B)などが行われる。自動車運転評価の多くは、後2者で評価される。TMT(A&B)は、注意の持続と選択を視覚的探索、視覚と手の運動協調の面から評価する。テストAはランダムな25個の数字を線で順に結ぶ。テストBでは数字と仮名を交互に数の昇順、五十音順で結んでゆく。いずれも完成までの時間、誤反応の有無を評価する。図はその実際例である。本例のテストBでは完成に要した時間も誤反応数も多く注意力の低下があると判断される。

TMT(A&B)評価結果の例

自動車模擬運転


●経験例から

 相当以前の話だが前交通動脈瘤破裂くも膜下出血の若い患者でメンタルを含む脳機能障害の回復良く、てんかんのエピソードもない例を経験した。特に本人や家族から自動車運転の是非について相談なく、私自身も指導・アドバイスの必要性を失念していた。自宅退院数カ月後、自動車運転中の自損事故で死亡したことを新聞で知り、呆然とした。現在はリハビリ医療機関と運転免許センターの密な連携があり、このような痛ましい事例はないと確信する。他方、秋田県のような広域で交通不便な環境で生活するには自家用車は生活必需品であり、特に自営業に戻る場合には仕事上も車運転が是非とも必要である。したがって退院時には運転希望の有無、運転可否について必ず確認・評価・指導する必要がある。

○自験例1(KT65歳男性):自営業。仕事上、秋田と実家のある由利本荘を頻繁に往復する必要があり、自家用運転を希望された。右内頚動脈血栓性閉塞で急性期再開通療法が成功した。しかし右半球前方域のまだら梗塞が発生したため、軽度左片麻痺と前頭葉機能障害が残りリハビリを行った。入院中に麻痺はほぼ消失した。記憶検査は正常だが、易怒的で判断力・注意力に難があり、大仙市協和の県立リハセンで自動車模擬運転評価を行った。模擬運転では状況に応じた運転が可能であったが、机上検査で全般的注意力の低下、瞬時視や移動視で左視野に見落としがあり、結果は運転不可とされた。しかしその半年後の再検査では合格となり、保留中の運転免許更新と自家用運転が可能となった。

○自験例2(SK78歳男性):10数年来の右脳血栓で左片麻痺を後遺する。廃棄物処理業自営で自家用運転も普通にこなしていた。しかしここ数カ月前から物忘れがあり、また軽微な自損事故が目立つようになった。MRI画像のフォローアップで左放線冠に新たなラクナ梗塞を発見した。自覚的に障害が悪化した意識はなく、仕事上も自家用運転が必要なため、家族や主治医の免許返上のアドバイスは受け入れ難いようであった。リハセンで自動車模擬運転評価を行った。その結果、模擬運転や机上検査で失点が目立ち、この検査結果から本人もようやく免許返上に応じてくれた。

●高齢者・障害者など移動手段弱者の問題

 障害者に対する運賃割引精度に始まり、2000年の交通バリアフリー法で公共交通機関利用時の物理的障害の一部は解決した。しかし過疎化が進んで生活に必要な公共交通手段自体が乏しくなった。高齢者や障害者はますます遠くへの移動が困難となってきている。障害の程度や有無に関わらず誰もが自由に移動できる手段が必要である。しかし目下のところ、コストに見合う有効な解決策は見当たらない。時間がかかっても一度外出したらワンストップで用を足せる町づくり、コンパクトシティー化の環境整備が必要である。また生活や仕事にどうしても車が必要な場合には、もはや夢ではない段階まで技術が進んできたAIによる危険回避・自動運転可能な構造の自家用車普及が待たれている。

(本稿は2024年8月、由利本荘医師会報NO.602「いいたい放題」に掲載した)






2024年8月17日土曜日

[IS-REC/ISSUES]未就学児対応の外来ST』~これまでの診療活動~

 ●未就学児童のコミュニケーション障害

 現職場に勤務以来、リハ医として児童のコミュニケーション障害を診るようになった。数年前からいくつか関連する書籍を漁り、その中で自分に一番役立ったのが平岩幹夫先生の教科書であった。この書籍については自身のブログ読書録で以前に紹介した(脚注)。さて当院リハ科には県内唯一の認定言語聴覚士(言語発達障害領域)の資格を持つMさんが勤務しており、彼女を頼ってたくさんのケースが紹介されてくる。今回そのようなケースで、オーダリングシステム稼働後の330例を分析したのでその結果の一部を紹介したい。

●紹介元・紹介時年齢・診断病型(図1~3)

 対象330例の紹介元をみると(図1)、Mさん自身も一部関わる由利本荘市とにかほ市の相談健診の場で該当する児がピックアップされてくることが最も多い(177名・54%)。次いで秋田県立医療療育センター小児科からの紹介84名(25%)、市内などの小児科から紹介43名(13%)、そのほかに巡回相談や就学前健診を機に紹介される場合もある。紹介時の年齢をみると(図2)、1歳6カ月から就学直前の6歳11カ月に分布し、5歳児が最も多い。診断病型(図3)は外来STを行う診療報酬との兼ね合いもあり、必ずしも厳密ではない。機能性構音障害が最も多く、192名・58%、言語発達遅滞110名・34%、自閉症・自閉スペクトラム症(ASD)23名・7%、その他5名・2%である。
図1. 紹介元

図2.当院初診時の年齢分布

図3.病型一覧


●病型ごとの特徴と訓練終了時評価(表)

 機能性構音障害は生後、正しい発音が身についていないための構音障害で、口蓋裂など口腔の器質的異常を伴わない場合、適切な指導と訓練で治癒に至るケースが大半である。また器質的異常があっても適切な治療を受けた後の予後は同等である。機能性構音障害192名中164名・85%が治癒、就学前指導としての目標達成が13名・7%であった。言語発達遅滞は県立医療療育センターで診断されたものが多く、該当110名の訓練期間は機能性構音障害より平均1年長く、終了時評価の治癒と目標達成合わせた数は65名・60%であった。ASDもそのタイプや障害要素も様々だが、該当23名の平均訓練期間は言語発達遅滞より長く平均1年10カ月、終了時評価で就学に対する目標達成は14名・61%であった。
表:病型区分と訓練予後

●機能性構音障害

 ある音の発音が正しくできない状態があると、単語レベルから意図した内容が伝わらず家庭や保育園でのコミュニケーシがうまくゆかず何らかの対応が必要となる。そして3歳児や5歳児健診で指摘され小児科医院などに相談が寄せられる。これらは生後、正しい発音が未獲得の構音障害で、機能性構音障害と診断され、“ハビリテーション”(“リハビリ”ではない)が行われ当院外来STでも最も多い。誤りのタイプには子音の省略(sa,ta,ka→a)・子音の置換(ka,sa,si→ta.ta,chi)が多く、音の歪みや付加などもある。これらは訓練開始前後に行う知能を含めたさまざまな検査で予後を図りながら訓練プランが立てられる。誤りのタイプに沿ったプログラムはあるが、児童の発達や障害の程度に合わせて個別的訓練メニューが決まってゆく。訓練予後は最も良い病型である。

●言語発達遅滞とASD

 2022年の文部科学省調査では通常学級で「発達のでこぼこ」のある子が約8.8%(小学生のみで10.4%)を占めるという。病気ではなく、その子が折り合いを付けていく「特性」((京都教育大教授・小谷裕実)と考える。機能性構音障害は治癒に至るケースが多い。一方、言語発達のでこぼこでは言葉自体の発達が遅れ、緘黙状態であったり表出があっても単語レベルで幼児語に留まっていたりすることがある。相手の言葉の聴理解も遅れるている事が多い。訓練開始に合わせた観察や評価で言葉以外も含めた発達のでこぼこを見つけて個別プログラムを立てる。言葉の表出・理解、書き取り、事物操作、などを遊びの要素を交えながら進める。時間を要するが就学前に支援目標に半数以上が達している。さて、自閉症・自閉スペクトラム症(ASD)の診断例が増え、当院外来STへの依頼も増加している。言葉が出にくい、落ち着きなく動き回る、視線を合わせられない、他の子供と遊べない、等の言葉以外の症状も目立つのがその典型例である。ASDは外来STでの包括的支援のみで困難だが、担当STはその子の特徴や発達の度合いを総合的にみて対応を検討する。言葉が出せなくても人と関わる力をつけると意欲が出て生活力がつき課題のおおまかな改善が図られて指導目標達成に至る事が多い。無理に話させるとかえって失敗するので言葉によるコミュニケーションにこだわらないように親や学校にアドバイスする。比較的短期間で外来STが終了する場合があるのはこのためである。

●地域完結型医療として

 総合病院より専門病院、一病院完結型から地域完結型病院へと舵が切られている。リハビリの中でも小児に十分対応できる施設は限られており、特に精神・身体面、言語コミュニケーションに関わる小児発達障害を扱える施設は秋田県に限らず非常に数少ない現状である。当院では専門性高い分野の資格と知識・経験を持つSTが常駐する。当院リハ科外来で小児コミュニケーション障害も取り扱い可能であることを是非知っていただきたい次第である。

---------(脚注)-----------
https://akitanoichirosayama.blogspot.com/2018/04/is-recbook.html

(本稿は2024年8月、秋田医報NO.1627「銷夏随想」に掲載した)




[IS-REC/ISSUES]『働き盛りの息子・娘に負担かけたくない!』~医療・介護の家族サポートとケア考~

 ●遠隔地のキーパースン

 公務員退職後も長らく現役社会人だったH氏(94歳)が倒れた。急性期病院治療後に当科紹介、廃用症候群として原病治療継続とリハビリを行う予定であった。しかし転院後に原病に伴うさまざまな続発症や合併症を起こして死地を彷徨った。その都度、東京在住のキーパースンであるH氏長男に直接来院していただいた。電話連絡で済ませられる場合もあったが生死に関わる事が多く遠隔地からの来院要請は致し方なかった。H氏長男は年齢的にも要職に着くエッセンシャルワーカーであり、時間のやりくりは相当大変だったに違いない。20数年前に両親を亡くしている私とH氏長男とではケアされる世代の私とケアする側の彼とで立場はまったく異なるが、とても人ごととは思えなかった。自分がH氏のようになった場合、多忙な遠方の息子・娘は果たして仕事を放って当地まで駆けつけて来れるだろうか?

●家族介護の現実

 団塊世代が75歳を過ぎ、75歳以上人口は2000万人を超える。厚労省の推計で2040年に生産年齢人口(15歳~64歳)が現在より2割減少し、いわゆる「8がけ社会」となる。2050年には高齢一人暮らし世帯が44%、2060年には65歳以上高齢者の3人に一人は認知症で何らかのケアが求められるようになる。高齢化や過疎化進行が全国平均よりずっと前をひた走る秋田県。日常、障害を抱えリハビリを行い、その後も外来で治療を続けるたくさんの患者さんをみていると、介護保険があっても経済的に施設利用も在宅サービスも困難、一方家族による介護力も乏しいといった悲惨な現実に突き当たる。夫と二人暮らしで外来通院中のS(89歳)さんは受診時に決まってケアする夫への愚痴や不満を繰り返す。起立・移動が困難なSさんを在宅で介護する夫の負担は相当だろう。しかし介護保険の自己負担額を考えると施設や在宅サービス利用は困難なのだ。同様な例は、退院先や退院後のサービスを検討するリハビリカンファランスでもしばしば話題となる。家族の介護力から在宅ケア主体の自宅退院が困難と判断されても、経済的理由から在宅を選択する家族がしばしばみられる。また家族介護のために息子・娘が離職して遠隔地から当地に戻るケースも数多い。家族の負担を最小限とするはずの介護保険が少子高齢化と「8がけ社会」の現実を前に機能不全を起こしつつある。

●ヤングケアラーとビジネスケアラー

 ある大手半導体メーカーの正社員を対象に親の介護について調査したところ、現在既に親の介護をしている 割合が12%、将来的に親の介護のため離職を考えているが65%だったという(朝日新聞、けいざい+『増えるビジネスケアラー』2024.6.12)。中堅社員を多く抱える大企業では親の介護の問題を相談できる仕組み作りも進んでいる。介護に関する最近の話題は、高齢者増加と高齢者・障害者家族を介護するヤングケアラーやビジネスケアラーの問題である。ヤングケアラーの問題は子の将来に関わるため深刻であり法律上、行政支援の対象となった。しかしその実態把握は不十分で支援体制の地域間格差は大きいという(毎日新聞2024年6月28日社説)。ビジネスケアラーでは、仕事と介護を両立させるタイムマネジメントが大変である。今後、介護される高齢世代が増加し、働きながら介護する人が確実に増えていくだろう。また生産年齢人口を構成する若い世代が東京一極に集中しているため、遠隔地の故郷に戻って家族介護に当たるベテラン社員の介護離職が中央の中・小・大企業で生じて来るだろう。これは職場内に限らず、現役世代が減少を続ける社会全体の大きな問題である。

●ケアされる側と、する側の問題、そしてACP

 医療と介護の現場で仕事に従事し、医療と介護に関わる周辺家族の現実、医療と介護を受ける患者の状況を第三者の立場でみる習慣がすっかり身についてしまっている。しかし今後の医療と介護の問題は無論人ごとではない。自分自身の行く末を考えると、加齢や持病・疾病併発で健康寿命が尽き入院医療や介護が必要となる時が必ずやってくるだろう。また様々な手続きや意思決定が困難になると、遠方の息子・娘の直接・間接のサポートも必要となる。そんなディストピアに映る近未来で医療とケアを受ける自分と、それを支えるケアラーとしての家族(息子・娘)を具体的にイメージすることは辛いことだが避けては通れない。いつも他人事と感じているアドバンス・ケア・プランニング(ACP)も身近な自分と家族の問題として検討していかねばならないだろう。

●それでも健康長寿の元気老人を続けたい

 高齢でも元気で現役を通した日野原先生や瀬戸内寂聴さんの紹介本。最近では4回の月曜連載記事(読売新聞)で紹介された『「人生100年の歩き方」天野恵子さん(内科医)』の記事。カスピ海ヨーグルト創始者、家森幸男先生の近著『80代現役医師夫婦の賢食術』(文春新書)。いずれも健康で仕事を続ける自らの日常生活や食事のノウハウ、心構えを披露している。こういった健康情報で得た知識でわれわれ夫婦もすっかり、“健康お宅”である。妻は認知症予防にハングルを学び続け、ピアノレッスンを受けるのも欠かさない。多少の身体不自由を抱えるが毎日水中ウォーキングにでかけている。また朝市に通い、新鮮な野菜や魚を求めて朝の食卓に供している。私も現役医師を続けながら1日1万歩以上の運動ノルマを果たしている。一方、身近なところで友人や知人の脳卒中・心筋梗塞・ガン罹患や急逝の報を聞くことが多くなった。誰しも決して予期していなかった事に違いない。現在の境遇と健康に感謝する気持を忘れず、「働き盛りの息子・娘に負担はかけたくない!」の気持ちで健康長寿を全うしたい。
(本稿は2024年8月、由利本荘医師会報NO.602「銷夏随想」に掲載した)



2024年4月3日水曜日

IS-REC/ISSUES]楽園『悩める中高年に贈る 養生のヒント82』

 秋田県の無料広報雑誌「楽園」(平成22年~)は、中高年向けの健康記事を掲載しています。冊子は、 県内(銀行、図書館、宿泊施設、協力医療施設)および県外のアンテナショ ツプに設置されています。本稿はその82号(令和6年4月1日号)に掲載されたものです

ロコモ・フレイルを予防し 健康を維持する工夫


○ヒトはだんだん不精になる!

歳をとると程度の差はあれ自分からすること、新しく始めることが億劫になります。自ら計画して行動する段になると事は思うように運ばず無為に時間を過ごしがちとなります。以前からの習慣を別として、新しく始めることがからきしダメなのです。健康のために運動を含めた良い習慣を始めようと思っても、“まあ、まだ今日はいいか・・”という悪魔のささやきが、行く手を邪魔します。受動的でさほど努力なしでできる事を除いて、新しい習慣を獲得するまでこの億劫な気持ちがすべてを支配します。加齢により身体能力や集中力が落ちることも影響しています。しかし行動開始以前に、考えることすら億劫になれば、これは認知症の一歩手前か立派な認知症です。

○ロコモ・フレイル“を防ぐ今すぐできること

日常生活の中ですぐにできることもあります。建物内移動に階段を使う、屋外歩行は早足歩きをする、などはすでに皆さんも実践しているでしょう。少しハードルが高くなる健康習慣についてはどうでしょうか?

○“行動不精・運動不精”に陥りやすい課題の習慣化

食習慣については暴飲暴食を避け、飲酒・喫煙を節制する、運動習慣については一日8000歩以上のウォーキングや有酸素運動、筋肉トレーニング、ストレッチなど柔軟体操を行う、こういった課題を習慣化するには一工夫が必要です。市や町で主催する講座や企画に参加したり、ご近所誘い合ったウォーキングやスポーツ、ゲームがあればこれは継続できる良いきっかけになります。お金をかけてスポーツクラブやリハビリ教室に通えば、運動継続の力になるでしょう。しかし仲間を集ったり行事に参加するのが苦手、運動機会にお金をかけたりするのが困難な場合も多いでしょう。でも大丈夫です。心がけやかけ声だけではロコモ・フレイル・認知症を予防できませんが、一人で始める工夫はいくらでもあります。

○ロコモ・フレイル予防を一人でも始める工夫

毎日決まった時間に体重計にのったり、血圧を図ったりして記録しましょう。生活習慣病で通院中の皆さんは病院でも勧められますね。毎日測定して自分の健康状態に関心が及ぶとそれが次の行動につながります。“食べ過ぎや塩分取りすぎに注意”、“体重を落とす運動を続けよう”そういった食事や運動に対する動機付けができればチャンスです。息が弾む程度の運動(3メッツ以上の運動)を1時間も続ければ確実に1kg以上の減量が可能なことを実感してください。体重計とにらめっこしながらする運動が楽しくなります。ラジオやミュージック・プレイヤーで番組や音楽を楽しむ、あるいは“聴く読書”しながらのウォーキングは多くの人がすでに実践しています。“ながら運動”は認知症の予防にも有効で、ウォーキングに出かける大きな動機付けにもなります。スマホヤスマートウオッチを持たれる方も多くなりました。ご存じのようにこういった機器には、運動機能を即座に表示したりGPS機能を使って現在地表示や歩行距離を表示する機能があり、また一定時間以上の安静が続くと運動を促す機能もあります。上手に利用すれば運動を楽しみながら行う動機付けツールとなるでしょう。




2024年1月10日水曜日

IS-REC/ISSUES]『スマートウオッチと遊ぶ』

●大学同期会

 コロナ流行数年前の開催以来5年以上を経て、つい先頃大学医学部の同期会が開かれた。卒業から半世紀近い年月を過ごし古希をとうに越しているにも関わらず同期入学・卒業の半数に近い面々が元気に参集した。個々人のスピーチは卒業後の足どりと近況が主であったが、多忙さから一段落した我々の年齢では仕事以外の趣味やボランティア活動に触れた内容も多くなった。世代は皆一様なのだが仕事以外のそういった話はつい熱が籠もって若さを感じる。そして学生時代の生活からは想像に難い多彩な趣味やボランティア活動に打ち込んでいる旧友の話を聞くと、自分もまた楽しく、誇らしく思ってしまう。体型や風貌は人それぞれで大病を患った話も聞いたが、それとは別に何かに打ち込んで生活している姿にはつい若さと元気を感じてしまう。そして仕事に振り回されず自分の好むところに打ち込める時間や期間、空間は既に限られているだけに多忙極める自らの現在の姿を恨めしく思ったりもする。

●趣味の遍歴

 時間の多くを仕事に費やす生活は職業柄、致し方なかった。しかしこれまで仕事一筋だったかと問われれば決してそうではなかった。仕事に利用するとの口実で、パーソナルPCやワープロはそれが出始めた頃から嬉々として使っていた。デジタル原稿や学会スライド作成、また症例データベースの作成、健康ドック対象者のカルテ作り等も手がけて結構楽しんでいた。また、“ノマドワーカー”よろしく、デスクトップPCやノートPCを何台も揃えて同一環境を構築して仕事をこなし悦に入っていた。そのうち、自作PCに凝りだし、マザーボードと筐体をあれこれ組み合わせ最速・最強PC作成に打ち込んだ。昔は脳外科医としてマイクロサージェリーを行ったが、歳とともに視力は衰え、マイクロの眼も指先もすっかり駄目になった。自作PCの細かい作業はもう困難となった。

●健康管理とガジェット

 歳をとって生活習慣病に悩まされることが多くなった。リハビリ医となって、一般の方々や患者さんに健康講話をしたり、診療場面で生活上の健康アドバイスをする。自分の健康管理もできないで患者の指導もないだろうと、健康関連の本を読み漁ったり、雑誌や新聞の切り抜きをするようになった。紙媒体のデータベースをPC上に作り、それを機会ある毎にスライドや講話にまとめた。自分の趣味との接点では、体重や血圧・脈拍、運動指標の歩数・歩行距離・消費カロリー・脂肪燃焼量など記録するようになった。記録手段はノートなどに書き留めるのではなく、測定機器から直接スマホに記録する方法で、データを一括管理できるように測定機器は概ねオムロンに統一した。数年前、クラウドファンディング(CF)で理論上、経皮的、非侵襲的に血糖を持続モニタリング(CGM)可能なことを知り、そういったスマートウォッチ型の機器開発が手がけられていることから早速CFに応募した。見本も完成していてすぐにも実用化されるものと期待した。しかし精度管理上の問題がクリアできないらしく3年以上も経った今もも市販はされていない。

●持続血糖モニタリング(CGM)

 糖尿病管理や食事管理、体重管理には持続血糖測定(CGM)が有効である。スマートウオッチで非侵襲的にCGMが可能となるのを目前にしている。しかしそれを待ちきれずにCGM可能なFreeStyle Libre(Abbott社)とNight Rider(Ambrosia社)を使ってCGMを開始した。スマホとスマートウォッチに同時に5分毎の血糖値が数値やグラフで確認可能である(写真)。食後高血糖や食べ過ぎの高血糖時間間延長、長時間運動時の低血糖などをスマートウォッチで簡単に知ることができる。高血糖や低血糖のアラームも可能である。

●スマホからスマートウオッチへ

 スマホについてはいつしか人並みに携帯電話やメールのやり取りに使い始め、現在はさまざまな辞書機能・治療薬・臨床ノートの参照機器として、趣味より仕事や日常に欠かせないツールとして使用している。一方で活動量測定など、健康機器として使い始めたスマートォッチは、機能が飛躍的に進歩して、その便利さ、多機能さから今の自分をまったく虜にしてしまった。今、同系統機種の最新版「TicWatch Pro 5」を使用している。シンプルで見やすいなデザイン、快適でサクサクした操作性はまさに遊び心をくすぐるガジェットである。Wear OSの機能で必要な機能のインストールも可能で、定番のスケジュール機能と付随するリマインダーやアラーム機能、メールやニュースの通知機能など、ポピュラーな機能の視認性は当ウオッチが抜群である。健康管理機器として不整脈検出可能な脈拍・心拍数計測、酸素飽和度などがあり、基本的なバイタルチェック、体調管理に活用している。またスポーツウォッチとして運動種目に応じた運動量測定が可能で体操や筋トレ・トレッドミル走など、楽しさより継続に多少の努力が必要な運動にもモチベーションを維持する役割を担ってくれている。スマホを鞄やポケットから出し入れするのは格好よいものではない。スマートウォッチをそれとなく眺めて時間や情報を確認したり、アラーム機能をセットしてスケジュールを時間通りに行動する。私お好みのスマートウォッチは仕事と両立した上に自分の遊び心を大いにくすぐる必須アイテムである。

(本稿は2024年1月、秋田医報NO.1620「新春随想」に掲載した)





(写真説明)スマートウオッチの持続血糖モニタリングの表示結果画面. 
5分おきに血糖値がグラフと値で表示されている.




2024年1月7日日曜日

IS-REC/ISSUES]『ながら運動とオーディオブック』

 ●運動・食事と健康長寿

 ウォーキングの効用が繰り返し強調されている。健康寿命延伸には身体的フレイルを予防する、そのためには適切な運動と食事が必要である。ウォーキングはその最も有効な手段であり、“1日8000歩で病気予防、そのうち20分間を大またで力強く歩く、歩数や頻度が増えても死亡の減少率はほぼ同じ”(朝日新聞「知っ得・なっ得、正しい歩き方2・歩くとどんな効果が?」2023年11月25日号)などと具体的に目標と方法が書かれている。医学雑誌やその関連記事を読んでもおおよそ同じである。日常の身体活動量低下が問題であり、身体的フレイル予防にウォーキングなど有酸素運動や筋力トレーニング継続が有効である。また食事については良質な高タンパク食の摂取が勧められている。しかし食事はともかく、結構まとまった時間を要する運動を続けるのは決して容易ではない。私自身はリハビリ医として障害のある患者さんや高齢者に障害予防や健康維持の必要性、そのノウハウを話す機会が結構多い。そんな時、自らどれだけ実践しているかがいつも気になる。好きなだけ食べ、肥満して筋力衰え、動作ものろのろしているようでは、たとえそれが加齢の影響であっても誰も話に耳を傾けてくれないだろう。障害の悪化予防や健康長寿を伝えるにはその理屈以上に自ら実践しているという心身の張りや自負、自信が必要なのだ。

●運動継続の工夫

 運動継続にはそれを“習慣化する力”が必要だ。しかし多少でも辛いと感じる事は気合や掛け声、まして他人の促しでできるものではない。時間が限られる現職生活では尚更だ。誰かと一緒に運動するのも一つの工夫。朝早く夫婦や仲間を集ってウォーキングするのをよく見かける。私は娘婿の早朝ラジオ体操や筋トレ習慣を真似て、メールで互いに励まし合いながら毎朝実践できるようになった。しかし仕事から帰り、その日の歩数を万歩計で確認すると、せいぜい3000歩程度。8000歩にはほど遠くガックリ。帰宅してからの運動や何かにと予定の入る事が多い週末に運動をプランするのはやはり時間的のみならず精神心理的にも負担が大きい。運動を習慣化するには何らかの“奥の手”が必要だ。

●“読む”から“聴く”読書へ

 読書は若い頃からの習慣で、水上 勉や松本清張、高村 薫、宮部みゆきなどの社会派推理小説、五木寛之、遠藤周作、三浦綾子などのロマン派長編小説を読み、また仕事がらブルーバックスの脳科学など、サイエンスものもよく読んでいた。しかし視力の衰えとともに、最近は“ツンドク”はやっても通常の読書はだんだん億劫で難しくなくなってしまった。そんな頃、“耳で聴く読書”を知った。当初、 遠藤周作『沈黙』や水上 勉『雁の寺』などの名作をCD-ROMで購入し聴いた。夢中になり床についても聴いて寝不足になったが、確実に読書に代わる新しい趣味・習慣となった。そのうち、ネット上のオーディオブック、特にアマゾンのaudible.comから日本語版が出るようになり、有料会員となった。audible.com日本語版の収録作品が増え、一時収録作品が読み放題であったため、吉川英治の『新・平家物語』や『三国志』など歴史小説の大著を次々と聴いていった。そしてこの“聴く読書”と屋外ウォーキング、自宅でのトレッドミル運動とが自然に結びつくこととなった。屋外ウォーキングは市内の子吉川河川敷を本荘インター付近からその河口近くまで10数キロを2時間ほどかけて、ネックスピーカーからのaudible作品を聴きながら歩く。そして犬の散歩やサイクリングを除いて、同じウォーキングをしている多くの人もそういったmusic playerを聴きながら歩いているのに気づかされた。

●運動しながら“聴く読書”:認知症予防のDual Task

 毎日運動を継続する秘訣は私の場合、このaudible.comを聴く楽しみと運動を組み合わせた事だった。相当以前に秋田セントラルクラブで本を読みながらトレッドミルに上がって運動している強者をみかけたが、トレッドミル上を歩いたり、河川敷を歩きながら“聴く読書”はずっと容易に運動と読書のDual Taskを可能にしてくれた。帰宅して夕食後のトレッドミルも聴きかけた作品の続きが聴きたくて全く苦にならなくなった。毎日1万数千歩の歩数と距離も現在は当たり前となって、fltnessにも成功した。また最近物忘れが多く、自身の認知症を心配したり相談を受けたりするが、運動と“聴く読書”のDual Taskはその予防にも多少貢献しているのではないかと密かに思っている。

※本稿は、由利本荘医師会報NO.595「2024年新春特集号」“新春随想”に掲載した




IS-REC/ISSUES]嚥下障害と胃瘻造設

●当地域と当院の現状

  秋田県の高齢化と人口減少が進んでいる。最近、秋田市の人口総数が自然減で30万を割った事が報じられた。由利本荘地域では、2021年~2023年の2年間で由利本荘市7.5→7.18万人、にかほ市2.5→2.27万人と5000人以上の自然減がみられ、また超高齢化も進んでいる。要介護者や要介護者に占める認知症高齢者も多く、由利本荘市の統計では、2022年12現在で要介護認定5695人、集計時期は多少ずれるが、2023年7月までの要介護者認知症判定3528人で6割程度の要介護者が認知機能低下を合併している。この要介護認定に前後してリハビリを含む入院治療が当院に期待されている。入院目的はさまざまだが、急性疾患や外傷・骨折などで寝たきり、在宅生活が困難となって、その後の社会生活の道筋をつけること、入院治療・リハビリに多少なりとも介護やケアの軽減を期待されたものである。他方、全身状態が不良か、若しくは老衰状態で看取り目的の入院となるケースも半数以上を占めている。一月当たりでみると、死亡を含む退院患者が入院を上回る出超の月も多い。看取り以外の入院患者では紹介もとからの治療継続とともに、寝たきりによる廃用とその予防を目的に身体リハビリが行われる。また嚥下機能低下による栄養失調や誤嚥性肺炎治療後の栄養改善、嚥下評価・リハビリ目的の入院も多くなっている。

●嚥下障害入院の現状

 2022年10月から2023年10月末までの13カ月間に、嚥下障害・嚥下困難(ICD10でR13)の診断で入院対応した延べ総数は、入院総数465名中、67名(14.4%)であった。うち当院併設の介護医療院入所を含む入院ないし療養中は19名。現時点での転帰は死亡22名(33%)、経鼻胃管17名(25%)、嚥下調整食による経口摂取回復15名(22%)、胃瘻造設(PEG)9名(13%)、静脈栄養4名(6%)であった。嚥下障害患者は原則、嚥下評価として嚥下内視鏡(VE)、可能であれば嚥下造影(VF)を行うが主治医の判断で嚥下評価う行わない場合もある。胃瘻造設を行った例は全例、造設前にVEを行い、PEG後の栄養改善で車椅子座位がとれるようになったケースでは、VFを実施して気晴らし的となるが安全に経口摂取可能な食材・食種や食形態を検討している。認知機能が低下して経口摂取を拒否したり望まなかったりするケースはPEG栄養のみとなる。しかし身体機能が改善して座位が可能となり食思のあるケースでは、嚥下評価と造設後の嚥下訓練で何かしらの経口摂取が可能となっている。

●嚥下訓練とPEGの果たす役割

 嚥下障害が脳卒中急性期にみられるケースでは、当初経鼻胃管栄養を行っても、時間経過で十分な経口栄養を取り戻すことが多い。回復の予測は病変の広がりや陳旧性脳病変の有無、発症時年齢で予測可能である。しかし、むせ込みや嗜好の変化、体重減少などの嚥下障害の兆候が認められて数カ月以上経過しているケースでは、紹介時の脳画像で脳萎縮による両側島回の露出、硬膜下水腫、ラクネの多発を認めることが多い。臨床的には偽性球麻痺であり、嚥下障害に加えて構音障害や嗄声があり、認知機能低下を伴っていることが多い。このような場合、経口栄養のみでの生活体力維持は困難と判断される。ある程度の経口摂取が可能で身体機能の著しい低下がないケースでは、嚥下訓練で嚥下調整食(軟食やトロミ食などの嚥下治療食)で退院出来る場合も多い。しかしその後に再び誤嚥を起こすことがあり、その場合、栄養の安全弁にPEGを造設を勧めている。

●嚥下障害の予後

 嚥下障害の原因や発症後の期間、年齢や認知症の有無でその予後はさまざまである。しかし生命や体力維持のために何らかの栄養手段が必要である。重度の認知症や意識障害でない限り、生命維持に必要な栄養を手足を抑制して経鼻胃管や静脈栄養で行うことは患者に苦痛を強いる事になり賛成出来ない。また抑制を良しとしない施設入所も困難である。たとえ高齢であっても、また終末期であっても意識がある限り、苦痛を与えない緩和医療としてPEGは最良の方法であり、PEGは施設での看取りを可能とする有効手段でもあると考えている。

※本稿は、由利本荘医師会報NO.595「2024年新春特集号」“いいたい放題”に掲載した



2023年8月18日金曜日

[IS-REC/ISSUES]『大人の発達障害とリハビリ入院の接点』

 大人の発達障害については近年、話題性に富むテーマである。しかしその診断は精神科領域でもかなり難しいらしい。精神科診断で、“性格環境因性”という要素がある時に発達障害を可能性のひとつとして考えるようだ。ただ大人の発達障害は近頃さまざまな情報から社会生活上の困難があると、自ら“自分は発達障害ではないか?”として精神科を受診するらしい(宮岡 等・内山登紀夫著『大人の発達障害ってそういうことだったのか』医学書院2013年)。最近、リハビリ入院のケースに相次いでそういった事例を経験した。以下、ケースが特定できない範囲で自験例を紹介する。


事例A:40代男・高校卒独身


 実母が付き添い、急性期病院から脳出血後リハビリ目的に転院した。前医情報や付き添う母親の説明では既往に特記なく、介護職などの職歴もある。運動失語・右片麻痺の前医診断だがいずれも軽微。転院後短期間に歩行も可能となり、排泄を除く病棟生活も自立に近づいたが、言葉のやりとりだけは興奮しやすく困難であった。理解障害や言語表出に錯語はないため失語とは異なる情緒異常によるコミュニケーション障害と判断した。排尿困難が続き、留置カテーテル状態で退院。排泄の問題を除けば日常生活の自立度が高いため、復職の道筋を示した。しかし母親を仲立ちにした意思疎通で自ら障害者の軽作業所利用を希望した。


事例B:50代男・大学卒独身


 近県から紹介。既往に心疾患や高血圧・糖尿病あり。秋田県内に姉夫婦が在住し、姉を頼って来県した。生活歴では大学卒業後、職を転々とし最近は派遣職員として全国各地で生活していた。最終的に近県に在住、その折に姉が訪ねると居住先アパートはジャンクフードの山で、いわゆるゴミ屋敷同然であったという。背景疾患治療が不規則であったらしく出張先の屋外で転倒、そのまま起き上がれず近医へ入院した。糖尿病性ケトージスとサルコペニアの診断で前者の治療後、勤め先のある近県かかりつけ病院へ転院。治療とリハビリが行われた。当院へは継続リハビリ目的に紹介。入院時、低タンパク・低アルブミン血症とサルコペニア・筋力低下著しく、高タンパク食で低栄養改善と筋力回復を図った。しかし糖尿病性網膜症・白内障もあって歩行補助具は外せない状態で施設入所退院となった。


事例C:50代男・大学卒独身


 頭部打撲による脳挫傷後7週目にリハビリ目的で紹介。転院時、意識・見当識良く認知機能良好。筋力低下や体幹失調による開脚歩行傾向、手指巧緻障害がわずか指摘できる程度。両側前頭葉障害の影響で反復的行為あるが注意機能低下は目立たず、指示されれば自己行動制御も良好。後日の高次脳機能精査で遂行機能に軽度の障害あるが知識や記憶検査は正常であった。脳挫傷後遺症が心配され、前医でも予後は厳しいと説明された。約2カ月半の入院中、病棟生活は規則正しく訓練にも熱心で優等生レベル。但し過剰に礼儀正しい事や病棟廊下の頻回周回行動がやや異常に感じられた。ほぼ身体能力が回復した時点で今後の復職について相談した。返答は予想以上に消極的で結局、障害者福祉施設作業所の利用を自ら希望して退院となった。


若年のリハビリ入院では発達障害も背景にあるかも知れない

 3事例に共通する点は高卒以上の学歴に関わらず独身で就業に難があったこと、不足を親族が補っていたが生活管理上の問題を抱えていたこと、自己肯定感や自己高揚感に乏しいことなどが挙げられる。前述成書によれば大人の発達障害はその履歴をたどるのが難しく“性格環境因性”を証明できないことが多いという。以前、若年脳卒中患者を検討したことがある。該当3分の1は、血管異常(解離性動脈瘤・脳血管奇形・モヤモヤ)であったが残る3分の2は高齢者脳卒中と同様の原因であった。当時の検討では、大人の発達障害についてまったく眼中になく、背景因として検討しなかった。しかし今考えればそのようケースもきっとあったのだろうと考えられる。老リハ医となってもまだまだ実臨床から学ぶことが多いようだ。

由利本荘医師会報NO590『銷夏随想』

2023年8月14日月曜日

[IS-REC/ISSUES]高齢者の活動を支えるICTとモニタリング手法

○リハビリ入院する患者さんから思うこと

 
   高齢で要介護度の高いリハビリ入院患者さんが多くなっている。また地域で介護保険のお世話になっていない高齢者もさまざま持病があり、身体リスクを抱えてプレフレイル・フレイル・サルコペニアから要介護状態に陥る場合も多いだろう。健康寿命、男72歳・女75歳で寿命を終えるまで更に男9.0年・女12.4年の期間がある。この健康寿命を超えた時期にリハビリを希望して入院するから、患者さんや御家族に納得ゆく退院を提示するのはなかなか難しい。また入院する患者さんは、経済的支援や医療介護面での支援を必要とする背景、家族構成でいえば高齢二人世帯や、“80-50(80代親と50代子の同居)問題”などを抱えていることが多いので、そうなると障害の軽減・回復を図るリハビリ医療だけではもうお手上げ状態である。そこで、ある程度経済的に恵まれ、自ら障害の発生や進行を予防するヘルスリテラシーを持った高齢者を念頭に介護予防戦略を夢想してみる。


○健康維持やフレイル予防に役立つICTやAI機器の活用

 
 健康寿命延伸を目的にさまざまな地域の取り組みがある。コロナ感染の蔓延でそういった取り組みは一時下火となったが、それとは別にネットを利用した相互情報交換の場を事業として提供した自治体レベルの成功事例がある(宮寺ら、総合リハVol.51、2023年)。この取り組みでは自主学習や自主トレーニングを主体に、LINE活用によるネットでの相互学習効果が成功の鍵となっていたようだ。スマホ世代が増え、今後はこういった情報交流が社会的孤立を防ぎ、健康志向を生む結果につながってゆくのかもしれない。

○疾患増悪や障害発生を予防するモニタリング手法

 
 さまざま持病を抱え治療を受けている高齢者は多い。疾患を重複して抱え、多種の内部障害があっても元気に暮らしているケースは決して稀ではないのだ。いわゆる“無病息災”や“一病息災”である元気老人も確かに数多いが、大半は背景疾患を重複して持つ高齢者社会である。こういった高齢者も適切に疾病やバイタルサインをモニタリングできれば体力や筋力を維持向上することができる。リハビリ医学の領域では、フレイル・サルコペニアの診断と治療的介入から、1)体組成、2)心拍モニター、3)加速度モニター、を利用するようになっている。体組成は日内変動もあり、一定時間帯に電気インピーダンス法によって正確な測定をすることが望ましい。しかし個人向けで簡便に測定できる体組成・体重計もあり、精度の限界を知った上で上手に利用すれば結構参考となるだろう。心拍モニターや加速度計の機能は今のスマホやウエアラブルデバイスであるスマートウオッチにはがたいてい備わっている。操作法さえ知れば決して難しくはない。加速度計はいわゆる“万歩計”として多くの高齢者が利用している。スマートウオッチにある心拍モニターは突発性心房細動を検出できる。可能であれば利用したいものだ。


○血糖モニター、“フリースタイル・リブレ”


  I型糖尿病やインスリン注射が必要なII型糖尿病患者では持続血糖モニター(CGM)ができれば治療コントロールがとても容易となる。糖尿病に限らずハードな運動をこなすスポーツ選手などでも運動時のカーボローディイグを検討する上でCGM活用は有効だろう。最近、CGM機能を謳うAbbott社の“フリースタイル・リブレ”が市販もされるようになって一般にも普及しつつあり、世界的にも注目されている。これは皮下に細い留置針の電極を置いて組織間液の糖度をモニターするもの。血糖値との相関は良好で、その測定結果は血糖値として表示される。糖尿病の有無に関わらず、長時間運動を行う高齢者では“フリースタイル・リブレ”の活用を考えてみても良いだろう。


○医療者として高齢者の活動を支える

 
 高齢者が安全に運動を行い、フレイル・サレコペニアを予防して健康寿命を延ばすにはやはりそのリスク管理が大切である。そのためには専門領域の身近にあるさまざまなICT手法やモニタリング手法を宝の持ち腐れとせずに医療専門職として一般に広く紹介・普及させてほしいものだ。

 秋田県医師会報NO.・2023年8月銷夏随想から




2023年6月25日日曜日

[IS-REC/ISSUES]~“活かす医療”とモニタリング

●リハビリ科入院現況

 入院患者さんは平均寿命をとうに越した高齢者が多い。病院の主要な役割は病気を治療して元の生活に戻すこと。しかし実態はリハビリ入院であっても生活機能を回復して自宅に戻る例は多くない。加齢や疾患による嚥下機能低下は栄養失調やフレイル・サルコペニアの原因でリハビリ以前の問題である。リハビリ医療は最低でも患者さんを“活かす医療”であり、治療方針が自然な経過に任せる”看取りの医療“に振れない限り、とてつもなく大変な作業工程である。“リハビリ科”を標榜するとは、患者さんの機能回復、QOLや尊厳の維持を目標とすること。しかし最近はこの生命を取り戻すという最低限の要請に精一杯である場合が多い。

●治療の流れとモニタリング

 死期が近い場合や急変時には酸素吸入を行い、心電図や呼吸、血中酸素濃度のモニターを行う。この辺りはほとんど事後報告を前提にベテラン看護師の判断で行われる。これに対して採血・採尿検査や心電図・心エコーなどの生理検査、胸部レ腺、CTなどが入院時に行われる。これは、“活かす”か、“看取る”かの判断、入院治療の方針決定のために行われる。医療として当たり前の流れであるが、患者の活動(activity)を働きかけるリハビリの分野ではさらにリスク管理も念頭に入れたモニタリング手法が求められる。


●リハビリのモニタリング指標1:体組成計

 電気インピーダンス法により体組成を測定できるInBody®は、栄養や運動効果の客観的指標として欠かせない機器である。体重増加や減少が体組成の何によって生じているのか、特にサルコペニアの栄養と運動による治療効果判定には是非欲しい評価機器である。InBodyS10®は、立位・座位・仰臥位で体組成を測定できるので、嚥下障害による栄養障害を治療に掲げる歯科医院の報告がyoutube動画にもアップされている(https://www.youtube.com/watch?v=dgwavLciRco)。体組成計により大腿四頭筋など局所筋量増加を数値化し体力や動作耐久性の向上を筋量の増大として客観的に捉えられるのはすばらしい。


●リハビリのモニタリング指標2:嚥下機能

 嚥下障害の評価により経口栄養で生命維持できるか?、代替栄養としての胃瘻は必要か?、気晴らし的に経口摂取可能な食形態はどんなものまで許容できるか? これらは嚥下内視鏡VE、嚥下造影VFで評価され、今や数多い誤嚥性肺炎の既往ある嚥下リハビリに欠かせない手技である。


●リハビリのモニタリング指標3:心拍数と活動量

 スマホは年齢に関わらずその普及がめざましい。これに対してスマートウオッチを利用している高齢者はまだ多くはない。しかし活動量の指標でもある万歩計を利用する高齢者は多いだろう。今や安価なスマートウオッチでも心拍数と活動量をみる加速度計を備えていることが多いようだ。心拍と加速度を運動時にモニターすれば非常に有効な運動負荷時のリスク指標となり、リスクを抱える高齢者の日常活動監視(その例に不整脈監視機能が挙げられる)や適切な運動負荷判定が可能となる。リハビリ医療での運動負荷モニターに有効なのはいうまでもない。最近は導電性の着衣から活動計測(心拍と加速度)を行い、脊損患者など歩行不能なケースでも歩行量に代わる動きの指標、体幹運動指数を測定記録して活動性の回復をみる、“hitoe システム”がリハビリ現場でも報告されている。


●血糖モニタリング:フリースタイル・リブレ

 糖尿病治療での血糖測定の意義は大きい。最近は血糖を持続モニターするさまざまな機器が利用可能となり、医療現場ではI型糖尿病やインスリン療法を必要とするII型糖尿病で持続血糖モニタリング(CGM)が行われている。その目的で利用される、Abbott社の“フリースタイル・リブレ”は皮下に細い留置針の電極を置いて組織間液の糖度をモニターするもので血糖値との相関も良好で、測定値は血糖値として表示される。リブレはアマゾンで機器一式購入可能であり、糖尿病患者のみならずマラソン選手などでも利用されている。食事や運動に合わせて任意の時間にスマホを電極付近にかざせば簡単に血糖測定が可能である。針を刺さずにCGM可能なスマートウォッチもフランスのPKvitality社が開発中で K'Watch Glucose(ケーウォッチ グルコース)として近々市販されるそうである。CGMが簡単に可能となれば糖尿病管理が容易となり食事療法や運動療法にも一大革命となる。


●重複障害を持つ高齢者を“活かす”リハビリ医療

 心不全や腎不全、心筋梗塞後や脳卒中後、骨関節疾患を合併後の重複障害はハイリスクで従来であればリハビリ医療の対象外であった。しかしさまざまなモニタリング手法が利用されて、高齢者重複障害でも適切な運動療法で疾患自体の改善までもが期待できるようになった。リハビリ医学は今、“Adding life to years and years to life”を合い言葉に進歩してきている。









2022年11月15日火曜日

[IS-REC/ISSUES]:~リハビリ科入院、“生涯の終章を決めるもの”~


●当地区(由利本荘)診療圏概況と当院

秋田県と由利本荘地区人口動態統計調査によると、当該診療圏の総人口は95254人(2022年9月現在)、高齢化率38.3%(75歳以上で20.1%)である。世帯概況では高齢者のみ世帯割合32.7%(うち要介護者割合28.5%)、世帯主高齢者で一人暮らし世帯18.1%(同32.7%)、二人以上世帯14.6%(同23.3%)、すなわち全世帯の3分の2が高齢者のいる世帯であった。全世帯での世帯人数は平均3人未満で、高齢者が障害や重度慢性疾患を抱えると、その在宅介護力は介護保険利用を考慮しても期待が難しい状況と考えられた。当院は当診療圏の慢性期医療を担う医療機関として地域への復帰を目指すリハビリと、入院治療継続が必要な医療機能、そして終末期の看取りを行っている。本年1月から9月末日までの入院患者の実態を調査した(表1)。入院者は在宅や施設入所の地域復帰を目標としたリハビリの有無で大きく2群に分類された。リハビリあり147人・なし175人(総数322人)で後者には看取り目的の入院も含まれる。いずれの群も80歳代が4割で年齢の中央値は84歳・88歳であった。退院時転帰をみると、リハビリあり群では施設を上手に利用しながら自宅退院する割合が最も多く30.6%、次いで施設入所24.5%、死亡10.9%であった。ここでは在宅復帰割合が地域包括や療養病床に求められる7割以上からほど遠い数値であることに留意が必要である。入院時からリハビリを行わなかった群の理由はさまざまである。看取りのケースを別とすれば多くはリハビリに耐えられない全身不良か高齢、またはレスパイトを含む短期調整入院である。半数以上の100人(57%)が死亡退院であった。

●入院患者栄養の問題

 本年1月以降、毎月の栄養補給方法をみた(表2)。経口栄養・非経口(経管)栄養・静脈栄養の割合をその実数でみると、2:2:1の割合で変わらなかった。経口栄養のうち、嚥下調整(困難)食提供割合は30%前後で、特に最近は増加傾向である。超高齢者が多く、リハビリ実施困難が相当数おり、また看取りのケースが含まれることを考えると納得される数値である。

●超高齢入院者の飢餓・低栄養

 当院入院患者の多くが、数値上、低栄養・飢餓状態であり、体重減少、かつサルコペニアが多い。地域復帰を目標に行われるリハビリ実施例は徐々に機能障害が進行した、“廃用症候群”を病名とする場合が多く、リハビリ開始と並行して栄養障害を治療ターゲットとする必要がある。全身疾患に配慮しつつ、摂取カロリー量のアップ、蛋白摂取割合の増加(具体的には高タンパクゼリーの追加)を図っている。超高齢者の低栄養、慢性疾患関連低栄養は、オーラルフレイルや脳機能低下に伴う偽性球麻痺性嚥下障害が多い。そのほか、慢性炎症が関わるもの、疾患に起因しない栄養摂取不良(飢餓関連低栄養)があり、特に後者は加齢・薬剤性・精神心理的変化による食欲不振が多い。

●入院患者の生命・生活機能維持の栄養管理

 昨年から開始した、“嚥下評価入院”では、チームアプローチにより問題抽出とその解決を図っている。VE、VFなど嚥下機能の直接評価に加えて、食べやすさと栄養諸量を考慮した食材の提供(栄養科)、身体機能と口腔嚥下機能訓練(リハスタッフ)、服用薬剤チェック(薬剤科)、家族環境と精神心理的サポート(連携室と病棟看護チーム)を行う。まだ評価入院依頼のケースは少ないがそれ以外の入院患者を含めて成果は挙がっている。栄養障害がそれまでの独居、孤食などの環境要因が主たる原因であれば、要素的な嚥下困難は少なく、仮性認知症で障害は見かけ上にすぎない場合が多い。生活時間の工夫、上手なデイ利用などの環境調整、食材の工夫、サプリの利用で栄養の改善と生活機能の回復を図る事が可能となる。

●生涯の終章を決めるもの

 高齢化でもたくさんの元気老人がおり、新聞の“お悔やみ”欄を占める物故者年齢は90歳以上がその大半である。その“お悔やみ”欄の中には当院で亡くなられた方も散見される。“ピンピン・コロリ”と逝ったのか、それとも当面はその広告に載ることなく地域復帰を果たしたのか、その場に立ち会う機会のあった者として考えてみる。ヒトの生涯の終章を決めるものは何か? 癌死など寿命を損なう疾患死を除けば、やはり栄養の問題が大きいと思われる。高齢でも経済的にそこそこで、周囲に良い関係を持った家族縁者・知人・友人がおれば、こころの栄養は満たされる。身体の栄養も医療者の知恵を借りて何とか解決できるものだ。生涯の終章は、生きるに足りる栄養を維持した上で、“コロリ”と決めたいものだ。

※当院入院に関わる資料、栄養に関わる資料は地域連携室(岡本)および栄養科(東海林)の協力を得た。





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