堤 未果著「(株)貧困大国アメリカ」(岩波新書)と合わせて読みたい一冊
先進国の中では食料自給率が最も低い日本。日本は国防面のみならず食料でも大きく米国に依存している。そして、地球規模での人口増加は近い将来、食料や水の不足を招き、大きな問題となることを国際機関や様々な識者、報道が伝えている。そして地球温暖化現象はこの事態を更に深刻化している。いまや、“食料は戦略物資”という認識に誰も異論はないだろう。以前読んだ堤 未果著の「(株)貧困大国アメリカ」で大きく紙面を割いた、グローバル企業による食の世界支配、鈴木の本書はさらに国際農学研究者の立場から「食の戦争」として食料自給の低い日本の現状に警鐘を鳴らしている。
生産力や“害虫に強い”遺伝子組み換え(GM)農産物の国際的市場支配と地場産業(伝統農業)への影響
堤や鈴木の本では、自然条件や“害虫駆除の農薬”にも強いGM種子が世界的に普及し、結果的に伝統的に栽培されてきた農産物が駆逐の憂き目にあっていること、農家は毎年このGM種子や農薬を購入しないと農業を維持していけない仕組みができつつあること、などを繰り返し指摘している。伝統農業や小規模地産農家が営々と維持し続けてきたその土地固有の農産物とその種子はGM農産物によって今まさに消滅の危機に瀕している 。
最近の新聞報道で、アルゼンチン首都近郊に予定されていたグローバル企業(モンサント社)のバイオ工場建設が地元農家や環境団体の差し止めを求める裁判で中止を余儀なくされたという。この工場の目指す目的はGM食料生産拠点であった。じわじわ入り込むGM食料や飼料、堤や鈴木の本の中で、食の安全が担保されず、家畜飼料を含めてGM食料の危険性を指摘するデータや報道が情報操作により一般の目から世界レベルで隠されてしまっている様々な事実が示されている。
日本に浸透するGM作物とTPP
TPP交渉は昨年暮れに決着つかず、日本政府は今なお米を含む主要農品目について米国に譲歩を要求しているという(2014年1月21日付け朝日新聞)。しかし、歴史的に米国に従属し続けている日本政府が譲歩を勝ち取るとは到底考えられない。堤の“(株)貧困大国アメリカ”で明らかにされているように、米国政府自体がその政策決定まで国内のグローバル企業に金で買われ、牛耳られている。アメリカにとってのTPP交渉はアメリカで農業経営に直接携わる米国民の要求では決してない。鈴木はノーベル経済学賞学者のスティグリッツ教授の言葉を借りて、“TPPとは人口の1%の1%による1%のための協定であり、関係各国の国民大多数を不幸にするもの”と述べている。
日本政府が譲歩を引き出せず、かといって交渉撤退もせず、何らかのまやかしにより国民の目を欺いてTPPが妥結する可能性は高い。現在ですら大豆など、加工食品に用いられる輸入食材にはすでにGM作物が多く使用されている。牛肉のBSE問題についても米国の事情に合わせた輸入が大手を振ってまかり通っている。また、GM種子で作られた農産物や農薬が無制限に日本に入ってくる可能性も高い。TPP妥結の結果は、更に日本の食料自給率の低下と、地産地消の地場農業や畜産業を破壊し、“食の戦争”に敗れて、国民の多くが決して望んではいないはずの、マネー資本主義・グローバル化の波に呑み込まれる結果となりかねない。
食について日本はどう進むべきなのか?
本書の終章で鈴木は、“日本の進むべき道、「強い農業」を考える”と、本書のまとめにふさわしい内容で締めくくっている。農産物の価値をアップグレードして高価格設定でも地産の食料品を迷わず購入するスイスの事例。そのキーワードは、“ナチュラル”、“オーガニック”、“アニマル・ウエルフェア”、“バイオダイバーシティー”、だという。日本もこれに学ぶ必要があるというのだ。農業の国家戦略でも国内食料生産基地をフルに活かして質の高い農産品をセールスポイントに、その販路拡大を図る必要がある。“フード・マイレージ”や食料生産で必要な“水資源”をも考慮した地産地消運動などと連携して、国民全体から受け入れられる農業政策がいま求められている。そして、“食の戦争“に勝ち残り、食料自給率を挙げて、グローバリズムの波に抗するには、みかけのコストが安い輸入食品に手を伸ばさない、国産や地場の農作物、畜産物をコスト高でも第一に選択して購入する、こういった国民一人一人の価値基準や態度がこれからの日本に求められているということのようだ。